鏡の水、雨の中 弐

 来客は真っ黒なセーラー服を着て現れた。

 

 年の頃は僕よりいくつか下くらい。見かけ通りなら学生だろう。胸元に結んだりぼんだけが白く、残りは上着もスカートも黒い。葬式の幕のような色の服だ。制服であれば仕方なかろうが、この格好の女生徒が広い場所にずらりと並んだらさぞ嫌な光景だろうと思われた。

 化粧っ気のない青白い顔に、思いつめた表情を浮かべている。細くて青白くて華奢な印象だが、ぎゅっと結んだ口元や吊り上がった眉は少し癇性なようにも見えた。

 卓を挟んで向かい合う雛子は、薄い水色に白い花模様の着物を着て、手のひらに賽子を転がしている。にこにこしているが、あまり楽しそうではない。この子は僕以外にあまりなつかない。

 セーラー服の少女が「七、」と呟く。

 卓の上に賽子を放る。上を向いた目は五だ。少女は表情を変えず、「もう一度お願いします」と言ったが、雛子は首を横に振った。

「当たるならね、みんな当たるの。当たらないならね、何度でも一緒」

「――でも、」

「何度も続けるのは良くないよ。運試しは何度もするものじゃないもの」

 セーラー服は俯いて黙り込む。

「どうしてもどうしても当てたいの? 途中で止めることはできないし、雛子は飲んだことないけれど、とてもつらいとみんなが言うよ」

「構いません。お願いします」

「止めておけばよかったとみんなが言ったよ。そう言わなかった人を、雛子は知らない」

「――構いやしません。お願いします」


「ええ、それならあげましょう!」


 雛子は急にとろけるような笑顔を浮かべ、セーラー服の手を取った。セーラー服はびくりとたじろいだが、身を引くことはしなかった。

 はなやかな着物の袖から伸びた手が、実用一点張りの黒服の手に小さな薬瓶を渡す。透明な瓶に透明な水が、半分ほど溜まって揺れていた。

「二日に一度、眠る前に飲んでね。飲む前の日は赤ん坊に触らないで。飲み始めてからは犬や猫に嫌われやすくなるけれど、しばらくすると寄って来るようになるから」

 薬瓶を見つめていたセーラー服が、不意に顔をあげ、目が合った。

 なんだか、嫌な目をしていた。子供が玩具を人に見せびらかすような、見下すような嫌らしい目だ。むっとして睨み返すと、すぐに目を伏せた。

 雛子は、なくなった頃にいらっしゃい、と言った。

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