鏡の水、雨の中 参

 雛子は子供の遊びが好きだ。

 

 座敷に閉じこもってできる、大人しい手遊びを特に喜ぶ。お手玉、おはじき、知恵の輪に人形。外に出るのは鞠をつくときくらいで、大抵は屋敷の中にいる。

いつだったか、一人きりで双六を広げていたのを見たときは驚いた。ひとり淡々とさいころを転がし、三が出れば三つ進み、二が出れば二つ進み、進んだ先で『最初に戻る』に止まって淡々と駒を最初に戻す。いくらなんでもあんまりだと思い、お相手を務めるとなつかれてしまった。以来、ご機嫌伺いに伺うたびに、ユキちゃんユキちゃんと歓迎してくれる。


――ねえユキちゃん、あやとりをしましょう。

――ねえユキちゃん、お人形を作りましょう。


 吸い込まれそうに真っ黒な瞳をきらきらさせて熱心に誘いかけてくる。青白くて華奢で、人によって好みが分かれそうなところではあるが、それでもこの子はとてもきれいだ。まとわりつかれて悪い気はしない。

 今日は折り紙をご所望だ。

 鶴にやっこ凧、紙風船。雛子は鋏まで持ち出して何やら複雑に折っていたかと思うと、小さな鶴が輪になって四羽も繋がった大作を一枚の紙から作り上げて見せた。


「すごいですね、これ。どうやって作るんですか?」

「連鶴というの。きれいでしょう。」


 ここまで来ると名人芸だ。手のひらに載せてもらってよく眺めても、どこをどうしているのかさっぱりわからない。雛子は痩せっぽちの指を器用に動かして、次々と奇妙な鶴を折っていく。二羽が鏡合わせに繋がったもの。親鶴の上に子が載ったもの。

 

「ユキちゃんは他に折り紙ができる?」

「あとは…、そうですね、手裏剣とか」

「他には? 何か雛子が知らないものを見たいな」

「たぶん雛ちゃんの方がずっと詳しいです」


 真っ黒なセーラー服の腕が伸びてきて、紫の千代紙を一枚とった。


「わたし、百合の花が作れますよ」


 いつのまにか座敷に上がり込んできたセーラー服は、ごく自然な態度で雛子の隣に座り、膝を崩して折り紙を始めた。雛子は雛子で驚いた様子もない。


「いらっしゃい。早かったねえ。水のおかわりをもらいに来たの?」

「ええ、あとでいただきます。――百合の花、折れますか?」

「ううん、雛子には折れない。見てみたい」

「薔薇とチューリップもできますよ。たくさん作って花束にしましょう」


 雛子は人懐っこくセーラー服に寄り添って、興味深げにその手元を見つめている。セーラー服は顔を上げ、僕を見て嫌な笑顔を浮かべた。勝ち誇ったような、見下すような、腹の立つ顔だが妙に魅力があった。

 僕は気圧されて黙り込み、取り残された気持ちで二人を見つめた。

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