第31話 イネスに『ござる』野郎の話を聞かせてみた


5日目3



イネスとベネディクトの二人は、俺とナナが近付いて来るのに合わせて立ち上がった。

イネスが俺に頭を下げて来た。


「冒険者カース殿ですね。昨夜はありがとうございました」


そんな彼女の様子に、俺は少し戸惑ってしまった。


「顔を上げて下さい。俺、なんか頭下げてもらえるような事、しましたっけ?」


最終的に【殲滅の力】で魔族を斃す事が出来たけれど、イネスが助けに来てくれなければ、俺は動転したまま、あっさり殺されていたかもしれない。

むしろ頭を下げるのは、俺の方のはず。


顔を上げたイネスが微笑んだ。


「瀕死の私を街まで運んでくれたではないですか。つまり、あなたは私の命の恩人です」


隣に立つベネディクトも言葉を添えた。


「イネス殿の申す通りじゃ。もう少し手当てが遅れておれば、命に関わっていたかもしれん。わしからも改めて礼を申そう」

「いやそんな、助けてもらったのは寧ろ俺の方ですし……」

「何はともあれ、魔族と邂逅かいこうして二人とも無事だったのは僥倖ぎょうこうじゃ。神がそなた達二人を護ってくれたに違いない」


ベネディクトに促されて、俺とナナも席に着いた。

時刻は午前10時前。

『無法者の止まり木』の主要客層である冒険者達は皆出払っており、周囲に俺達以外の客の姿は無い。

強いて言えば、耳がダンボになっているのであろうゴンザレスが、わざとらしく近くのテーブルや椅子を丹念に拭き上げている位だ。


ベネディクトが口を開いた。


「早速じゃが、カースよ。昨夜の高台での出来事、改めて詳しく聞かせてもらっても良いかな?」


問われて俺は、昨夜、ベネディクトに語ったのと同じ内容をそのまま繰り返した。


高台でいきなり魔族に襲われた事。

イネスが助けに入ってくれた事。

彼女が何か詠唱した後、真っ白になって気絶して、気付いたら魔族は消えてイネスが倒れていた事。

彼女を抱えて街まで戻って来た事……


話を聞き終えたベネディクトが、俺に問いかけて来た。


「なるほど。ところでおぬし、あの時分、高台で何をしておったのじゃ?」



―――ぎくっ!?



それに関する言い訳は考えていなかった。


「え~と……夜の散歩? みたいなものです」


ベネディクトの目が細くなった。


「散歩……実はおぬしが猛然と高台に向けて駆けて行った、と話す者がおってな。散歩なのに、全速力で走って行ったのか?」


誰だ? そんな余計な事を……

はっ!? 

まさかゲロンか?

そういや昨夜の帰り道、やつがそんな事を口にしながら絡んできてたっけ?


「え~と……実は、鍛錬も兼ねて……」

「鍛錬?」

「あ、いや、俺、モンスターとの戦いに役立つような魔法もスキルも持ち合わせていないんで、せめて体力だけはつけとこうかと、時々走り込みしたりしているんですよ」


これは半分本当だ。

実際、【黄金の椋鳥】の連中と一緒に冒険を続ける中、(皆から馬鹿にされる度合いを減らしたいっていう不純な動機ながら)、こっそり魔法や剣術の練習をしていたのは事実だ。

とは言え、高台まで走って行ったのは、俺をつけてきていた『ござる』野郎を振り切る為だったわけだけど。


「なるほどのう……」


ベネディクトは、一応は納得したように頷いた。

彼は、隣に腰掛けるイネスに顔を向けた。


「イネス殿はカースに聞きたい事は無いかの?」


イネスは首を振った。


「今の所は何も」

「そうか」


そろそろ話も終わりな感じだ。

少し心に余裕の出て来た俺は、逆に問いかけてみた。


「ところで、イネスさんはどうして高台に?」


そう。

なぜ彼女はあんなナイスタイミングで、俺を助けに来る事が出来たのだろうか?


俺から問いかけられる事を予期していなかったのか、彼女は一瞬目を見開いた後、すぐに微笑んだ。


「あなたと同じです。鍛錬を、と思いまして」

「そうですか……」


答えになっているような、なっていないような。

なんだかはぐらかされている雰囲気だけは伝わって来た。


それなら……


俺はあの話を持ち出してみる事にした。


「実は高台から下りて来る途中、妙な奴が現れまして……」


話しながら、二人、特にイネスの様子をそっと観察してみた。

今の所、二人の表情に大きな変化は感じられない。


ベネディクトが聞き返してきた。


「妙な奴とは?」

「目元以外の全身、周囲に溶け込む感じの装備を着込んでいる奴です。そいつがイネスさんを抱えていた俺に、“お嬢様を放せ!”と」


どうだろう?

相変わらずベネディクトの表情に変化は感じられない。

しかし、イネスの顔には明らかな動揺の色が浮かびあがってきた。

やっぱりあの『ござる』野郎、少なくともイネスの知り合い!?


ベネディクトがイネスに話しかけた。


「イネス殿には何か心当たりでも?」


しかし意外な事に、イネスは首を振った。


「いえ、何者でしょうか?」


あれ?

拍子抜けする俺に、ベネディクトが声を掛けてきた。


「それで、そいつはどうしたのじゃ?」

「何かゴチャゴチャ言っていましたが、急いでいましたし、その……両手が塞がっていましたので、体当たりを食らわせたら吹っ飛んで行きました」

「吹っ飛んで!?」


俺の言葉を聞いたイネスが、なぜか驚いたような声を上げた。

ベネディクトが、イネスに怪訝そうな視線を向けた。


「どうかしましたかな?」

「あ、いえ……」


イネスは取りつくろうかのような笑みを浮かべた。


「とにかくその者に関しては、私の方でも調べてみます。ベネディクト殿」


彼女がベネディクトに声を掛けた。


「そろそろ参りましょうか」



二人を見送った俺は、一旦、ナナと共に2階の自分の客室へと戻る事にした。

今日は朝から神経を使う行事がテンコ盛りで、精神的な疲労感が半端ない。

ちなみに、ナナは先程の席にも同席していたけれど、高台での出来事に関しては当事者では無かったためであろう。

特に何か聞かれる事も無かった。

そして彼女自身も、いつもと同じ感じでぼーっと座って、ただ俺達の話が終わるのを待っているだけだった。


客室に戻った俺がベッドの上に横たわると、ナナも俺の傍でベッドの端にちょこんと腰かけた。


珍しく、ナナから俺に声を掛けてきた。


「カース……疲れた?」

「ん? まあな」


答えた俺の頭に小さな手が添えられた。

そしてその手がゆっくりと俺の頭を撫ぜ始めた。


「ナナ?」


俺の小さな疑問に、ナナが小さく微笑んだ。


「前に頭……撫ぜてもらったら……元気……出たから……」


……うん。

ナナは良い奴じゃ無いか。


改めてナナに視線を向けてみた。

彼女はいつも通りの白っぽい貫頭衣を着用している。


そういや、ナナに服、買ってやろうと思っていたのに、なんだかんだで先送りになってしまっている。

確か、昨日の報酬で今の手持ちのお金、5万ゴールド弱になっているから、そんなに高くない服なら、二三着、買ってやれるかもしれないな。

後で服屋に連れて行ってあげよ……う……

…………

……

……ンコン


「お~い、カース! 生きているかぁ!?」


ん?

ゴンザレスの声?

いつの間にかひと眠りしていたらしい俺の意識が、急速に覚醒した。

ちなみに、ナナは俺が眠る前と同じ場所にちょこんと腰かけている。

とりあえず、客室の外から扉を叩かれても、自分で対応するという選択肢は、まだ彼女の中には存在しないらしい。


「カース? いないのか?」

「いるよ! 今開けるから!」


扉の向こうに怒鳴り返しながら、俺はベッドから起き上がった。

扉を開けた俺に、ゴンザレスが、ニヤニヤしながら言葉を掛けてきた。


「なんだ? 昼間っからお楽しみか?」

「なんでそうなるんだよ!? ちょっと昼寝していただけだよ!」

「なるほど。お楽しみの後、疲れて寝ていたんだな?」


このセクハラおやじめ。

そんなんだから、ずっと一人独身なんだよっ!

あれ?

ずっと一人独身だから、こうなったのか?


「だから違うよ! で、何の用だ?」

「ああ、お前に何か来ているぞ?」


ゴンザレスが、封書を1通差し出してきた。

なんだ?

またギルドか何かの呼び出しか?


手に取ってみたけれど、表にも裏にも差出人を示す何物も表記されていない。


「誰からだ?」

「さあな。なんかどこかの使用人みたいな感じの男が届けに来ていたぞ?」



ゴンザレスが去り、客室の中に戻った俺は、ベッドの上でその手紙の封を切ってみた。


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