第30話 ニンジャについて説明を受けた


5日目2



トムソンに促されて、俺は『ござる』野郎の容姿――と言っても、目元以外、全身カメレオンスーツみたいなので覆っているけれど――と、昨日奴に付き纏われた件について説明した。

話している内に、夜、高台への行き帰りにも奴が現れた事を思い出したけれど、それは話がややこしくなりそうなので、あえて触れなかった。


話を聞き終えたトムソンの目が細くなった。


「聞いている限りじゃ、そいつは東方の島国ラポニア人のみがつくという職、ニンジャかもしれんな」

「ニンジャ?」


聞いた事の無い職名に、俺が首を捻っていると、トムソンがニンジャについて説明してくれた。


「なんでもニンジャの職についた者は、サトと呼ばれる場所で厳しい掟のもと、集団生活を送るらしい。彼等は俺達冒険者ギルドのように、外部からの依頼を受けて任務を遂行する。彼等は千変万化、ニンポウなる魔法やスキルとは異なる不可思議な術を使う。そして最大の特徴は、喋る時、語尾に『ござる』という言葉を付ける点だ」


確かにトムソンの語るニンジャとあの『ござる』野郎は、特徴が一致する。


「ただ少し妙なのは、ニンジャ達は基本的に国家や大きな組織からの依頼でしか動かないっていう所だ。もし本当にニンジャがお前を尾行していたとすれば……」


トムソンが難しい顔で黙り込んでしまった。


ミルカが声を上げた。


「やっぱりあんた、何かやったんでしょ?」

「やってねぇよ!」


しかしトムソンの言葉通り、もしあの『ござる』野郎がニンジャだとしたら、【黄金の椋鳥】如きの依頼で動くのは妙な気がする。


俺は昨晩、イネスを抱えた俺の前に現れた『ござる』野郎の言動を思い出した。



「お嬢様に何をしたでござる!?」

「お嬢様って……イネスさんの事か? お前は何者だ?」

「拙者は闇に生き、闇に死せる者。身命を賭してでも、お嬢様をお守りするのが拙者の使命!」



……って事は、深淵騎士団とかその上の帝国とかがあのニンジャの雇い主!?

だとしたら、俺が何を……

まさか、俺の【殲滅の力】が早くもバレて……!?


心臓がにわかに2ビートを奏で始める中、俺は他の可能性について一生懸命考えを巡らせてみた。


「そいつがニンジャのコスプレ野郎だって可能性は、無いですかね?」


俺が、ようやく思い付いた一つの可能性を口にしてみると、意外な事に、トムソンが俺の言葉を肯定した。


「なるほど。その可能性の方が高いかもな」

「そうですか?」


その可能性について先に口にしたはずの俺が聞き返してしまった。


「よく考えてみれば、本物のニンジャが、察知系のスキルも持っていないレベル40のカースに、容易に気配を悟られるとは思えない。とすれば、そいつはやはり、カースの事をどうにかしたい誰かさんが雇った人物と考えた方が正解に近いかもしれないな」


話しながらトムソンが、【黄金の椋鳥】の連中をじろりと睨んだ。

マルコが抗議の声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! まさか俺達が疑われている? とんでもない冤罪だぜ?」

「しかしお前等、カースたちを帰り道で一度襲撃しているだろ?」


あの現場は、バーバラが色々調べてくれた第13話

トムソンもその報告は受けているはずだ。


「しゅ、襲撃なんて、なぁ……」


マルコが他の【黄金の椋鳥】の連中に助けを求めるように視線を向けた。

マルコの視線に応えてユハナが口を開いた。


「そうですよ。路地裏の一件第12話をおっしゃっているのなら、あれは話し合いがこじれて、たまたま双方がヒートアップした結果です。決して、カースさん達を待ち伏せしてどうこうという話ではありません」


いやあれ、どう考えたって待ち伏せていただろ?

でなきゃなんでお前ら、廃屋の屋上なんかに潜んでいたんだって話だ。


トムソンが大きく息をついた。


「まあいい。ではこうしよう。三日後の朝9時から、この“仲裁”の続きを実施する。その時までに【黄金の椋鳥】がカースの尾行者を捕えて冒険者ギルドに突き出す事が出来れば、それは“仲裁”の判断材料にさせてもらう」


まあ、仕方ないか。

俺は頷いたが、マルコが声を上げた。


「待ってくれ、カースは、俺達が尾行者を捕まえたら“仲裁”そのものを取り下げるって言っていたんだ。なあ、そうだろ?」


なあ、そうだろ? と言いながら、なぜ俺では無くユハナの方を向く?


そして、ユハナがカースの言葉の補強を試みた。


「そうです。カースさんは確かにそうおっしゃいました。その言葉はその場に居た私達全員が耳にした事実です」


ハンスやミルカもうんうん頷いている。


「おい、だから考えてやってもいいって言っただけだろ? 事実を捻じ曲げるな!」


思わず声を張り上げた俺をトムソンが手で制した。


「お前等の言い分はよく分かった。しかしこれは冒険者ギルドのマスターである俺の決定だ。双方とも冒険者である以上、俺の決定には従ってもらう。いいな?」


【黄金の椋鳥】の連中は、不承不承ふしょうぶしょう頷いた。



冒険者ギルドを出た俺は、ナナと一緒に一旦『無法者の止まり木』に戻る事にした。

道中、特に変わった事は起こらなかったけれど、いざ宿の前まで戻って来た時、俺はまたもあの奇妙な違和感に襲われた。

俺はナナに囁いた。


「『ござる』野郎、居る?」


ナナはキョロキョロと視線を周囲に向けた後、『無法者の止まり木』の屋根、昨晩と同じような場所を指差した。

目を凝らしてみたけれど、三階建ての屋根の上まで、ここからだと距離があるせいか、やはり何者の姿も捕らえる事が出来ない。


どうしようか?

というか、なんで俺は『ござる』野郎に付き纏われているんだ?

やっぱり、帝国とかに俺の秘密がバレて、内偵されているとかそういうアレか?


先程、“仲裁”の場で感じた不安が、俺の心の中で再び燃え上がって来た。


俺はナナに囁いた。


「あの『ござる』野郎、捕まえたりって出来ない?」


ナナは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「強火で……焼いて……」

「強火で?」

「動かなく……なるまで……焼いて……」


いやそれ相手、死んでいるよね?


「生かしたまま、なんかのスキルとか魔法とかで縛ったりは無理?」


ナナは小首を傾げて固まってしまった。


……うん、どうやら拘束系の魔法みたいなのは、持っていないって事だろう。

かといって、ナナの魔法で追い払ってもらっても、今までの経験上、また黒いアレみたいにしつこく湧いて出て来るだろうし……


しばらく考えた結果、とりあえず、俺は『ござる』野郎を無視する事にした。

今のところ、あっちから襲ってくる気配は感じられない。

実害生じそうになったら、その時々で追い払うなり振り切るなりする事にしよう。



『無法者の止まり木』の扉を開けて、1階の酒場に足を踏み入れた瞬間、ゴンザレスが俺に声を掛けて来た。


「カース、帰って来たか!」

「おやじ、ただいま。それで、司祭様から連絡は?」

「その事なんだがな」


カースが声をひそめた。


「ほれ!」


ゴンザレスが顎でそっと指し示す方向に視線を向けると、二人の人物が酒場の隅に腰掛けているのが見えた。

綺麗なブロンドヘアを後ろでポニーテールに結って、長く背中に垂らしている女性と、白髪、白髭を蓄えた初老の男性。

二人とも仕立ての良さそうな私服で身を包んで、こちらに視線を向けてきている。

間違いない。

深淵騎士団副団長のイネスと深淵鎮守教団の司祭ベネディクトだ。


ゴンザレスが囁いた。


「30分程前に、二人でフラッとやってきてな。聞いたら、帝都の騎士様と司祭様だっていうじゃないか。お前がギルドの用件で出掛けているって話したら、待たせてくれって」


さっきの“仲裁”でちょっとばかり気疲れしたから、正直、一度部屋に戻って休憩したかったんだけどな……

しかし来てしまっているのを無視出来ない。

こちらはしがない冒険者。

相手は騎士様と司祭様だ。


あきらめた俺は、二人の方へと歩み寄って行った。


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