第5話 扉の向こう側で【殲滅の力】を使用した


1日目5



あれから歩き続ける事さらに小一時間程度で、ようやく見える情景に変化が現れた。

ナナが教えてくれた通り、“扉”が見えてきたのだ。

と言っても、扉の周囲に壁なんて気の利いたモノは見当たらない。

近付いてみると、高さ10mはあろうかという巨大な扉だけがそのまま地面の上に鎮座していた。

くすんだ茶色のその扉を埋め尽くすように、何かの装飾が彫り込まれていた。

俺はナナにたずねてみた。


「これ、どこに通じているんだろう?」

「……?」


しかし、ナナは小首を傾げるのみ。


仕方ない。

この白一色で何も無い空間に唯一現れた変化だ。

扉の向こうに何が待っているにせよ、開けるという選択肢以外は考えられない。

俺は一度深呼吸してから、その扉を手でそっと押してみた。



―――ギィィィ……



扉はその大きさを感じさせない位の軽さできしみながら、観音開きに向こう側へと開いていく。

扉の向こう側は、文字通り、一寸先も見通せない程の暗闇に包まれていた。

俺は少し躊躇した後、結局、ナナと並んで扉の奥へと足を踏み入れた。

二三歩進むと、背後で扉が勝手に閉まる音がした。

漆黒の闇が視界を奪い、同時にポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



【時間が経過し始めました】

【本日中に、【殲滅の力】を使用して、ナナの力を解放して下さい】

残り05分18秒……



なんだ、このポップアップは!?

いやそれより、暗闇の中に閉じ込められた!?


あせるのも束の間、突然ボッと音がして灯りがともった。

その灯りは、どうやらこの場所を囲むように並べられた、俺の背丈を越える位大きな燭台にともされたもののようであった。

そのまま身構えていると、他の燭台にも次々と勝手に灯りが点されてく。

全ての燭台に灯りが点り、俺とナナが今いる場所が、天井の高い大広間のような場所だと認識出来た瞬間、声が響き渡った。


「人の身でありながら、初めてこの地に至りし汝のたけき力、我に示すが良い!」


次の瞬間、凄まじい咆哮が、大気を震わせた。



―――グオオォォォ!!



視線の先、50m程のところに、巨大な黒いドラゴンが一体出現していた。

まるで大蛇のように細長い体はとぐろを巻き、紅く燃える様な瞳を宿した頭部を鎌首が持ち上げている。

俺を射すくめるかの如く、紅い瞳が向けられた時、俺は全てを理解した。


こいつは完全なる強者だ。

古代の英雄や勇者達ですら、こいつを斃せるとは思えない。


足がすくみ、全身が金縛りにあったように硬直した。

ドラゴンが再び咆哮を上げると同時に、再度ポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪


【警告! 残り時間が3分を切りました】

【【殲滅の力】を使用しますか?】

▷YES

 NO


残り02分48秒……



なんだ?

【殲滅の力】?

使用したらどうなるんだ?

というか、残り時間って!?


状況の理解に、混乱する頭が全く追い付かない中、ドラゴンが大きく口を開いた。

白い光が、ドラゴンの口の中に収束していく。

ブレスか魔法を使用しようとしている!?


やばい、やばい、やばい!


すっかり焦った俺は、ダメ元で、目の前に立ち上がっているポップアップの▷YESを選択した。

次の瞬間!



―――カッ!



凄まじいまでの閃光が、俺の視界を埋め尽くした。

何もかもが真っ白に塗りつぶされていく中、別のポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



『ウロボロスを斃しました』

『経験値8,300,660を獲得しました』

『ウロボロスの魔石が1個ドロップしました』

『ウロボロスの衣が1着ドロップしました』

『レベルが上がりました』

『Lv. 40 ⇒ Lv. 312』



―――ピロン♪



1,000層のフロアマスターを斃しました。

このまま魔神の試練に挑みますか?

▷YES

 NO



視界を埋め尽くしていた白い光が消え去った後、俺の目の前には、とんでもない文言が書かれたポップアップが立ち上がっていた。



魔神の試練?

そんなもんに参加するわけ無いだろっ!


俺は慌てて▷NOを選択した。

すると、今度は別のポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪


街に帰還しますか?

▷YES

 NO



街に……帰還? 出来るのか?


そのポップアップは、さっきから立て続けに発生していた異常事態でオーバーヒート気味だった俺の心を、十二分にクールダウンしてくれた。

俺は、改めて周囲に視線を向けてみた。


壁際にぐるりと並べられた10本の燭台に点った灯りにより、煌々こうこうと照らし出される、天井の高い大広間。

先程までウロボロスがいた場所には、魔石と灰色のフード付きローブが落ちている。

そして俺の隣には、所在無げにあの少女、ナナが立っていた。


「大丈夫か?」


今更だけど、ナナに声を掛けた。


「大……丈夫……」


そう言えば、ウロボロスを斃したっていうメッセージと一緒に、レベルが異常な上がり方を見せていた。

俺はステータスウインドウを呼び出してみた。

先程のポップアップが告げていた通り、俺のレベルは312になっていた。

しかし、やはりと言うべきか、残念ながらというべきか、新しいスキルは何一つ増えてはいなかった。


俺は、再びナナに声を掛けた。


「レベル、上がった?」

「レベル……?」


ナナは小首を傾げた。

あれ?

ナナは俺のパーティーメンバーだし、獲得経験値はメンバー同士で等分されるから、当然、ナナもレベルが上がったと思ったんだけど。


「ステータスウインドウで確認してみて」

「ステー……タス?」


おいおい、もしかして、ステータスウインドウすら知らないって事は無いよな。


「心の中で念じたら、自分にだけ見えるから、確認してみて。ついでにレベルどれ位かとか、持っているスキルとか、教えといてもらえると助かる」


ナナは、頷くと、小さく「ステータス……ウインドウ……」と呟いた。

しばらく待ってみたけれど、ナナからは何の言葉も帰ってこない。

痺れを切らした俺は、再度たずねてみた。


「ステータス、確認出来た?」


ところがナナは首をふるふると振った。


「呼び出せない?」


コクンと頷くナナ。


いやそんな馬鹿な。

この世界に住む者は誰でも、物心付く頃には、自分のステータスウインドウを呼び出せるようになる。


「ステータスウインドウ、呼び出した事はあるよな?」


再びふるふると首を振るナナ。


……

どういう事だ?

ステータスウインドウを呼び出した事が無い?

待てよ。

ナナは初めて会った時、記憶喪失状態だった。

もしかして、呼び出し方そのものを忘れている? 可能性も?

仕方ない。

その内、思い出すんじゃないかな。

とりあえず、俺が供与した【完救の笏】は使用出来ていたみたいだし、今後一緒に冒険を続けていけば、おいおい彼女の能力も把握していけるだろう。


俺は床に転がる魔石と灰色のフード付きローブを拾い上げた。

魔石はモンスターを斃せばドロップする、いわば一種の討伐証拠品だ。

冒険者ギルドに持って行けば、含まれる魔力強度に応じた金額で買い取ってもらえる。

灰色のフード付きローブは……どうやら先程、ウロボロスを斃した事を告げるポップアップ中で触れられていた『ウロボロスの衣』のようだ。

生憎俺は【鑑定】スキルを持っていないので、詳しい性能を知る事は出来ない。

一応、拾い上げた『ウロボロスの衣』を、ナナに見せてみた。


「コレの性能とか分かる?」


ナナは俺から『ウロボロスの衣』を受け取ると、何かを確認するかの如く、丹念に調べ始めた。

やがて彼女は顔を上げた。


「状態異常……完全……防御……装着時……HP……持続……的に……回復……」


凄まじい性能だ。

そしてどうやらナナが【鑑定】スキルを持っているらしい事も推測出来た。

これは朗報だ。

道具屋で【鑑定】してもらったら、結構お金かかるからな。

あとは、コレも確認しておかないと。


「呪われたりはしていない?」

「して……いない……」


俺は革鎧を脱いでマジックボックスに放り込むと、『ウロボロスの衣』に袖を通した。

信じられない位軽く、着心地も良い。

さすがは1000層のフロアマスターのドロップアイテムだけの事はある。

それにしてもここが1000層って……

あのウロボロスを斃したのって、【殲滅の力】ってやつだったんだろうな。

俺のステータスウインドウの中、どこを探してもそんなスキルは習得されてはいなかったけれど。


とにかく疲れた。

帰ろう……


俺は街に帰還するかどうか確認を求めているポップアップに視線を向けると、▷YESを選択した。


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