第6話 ナナを連れて宿屋に向かった


2日目1



街に帰還するかを問われ、▷YESを選択した瞬間、周囲の情景が切り替わった。

赤茶けた地面。

少し離れた場所から射し込んでくる街の灯り。

頬を撫ぜるやや冷たさを感じさせる夜風。

見上げると、満点の星空。


……


間違いない。

ここは『封魔の大穴』、1層目への降り口だ。

という事は……

やった!

戻って来られた!

仲間だった者達に裏切られ、囮にされたけれど。

モンスターにおもちゃにされた挙句、穴の底に投げ落とされたけれど。

訳の分からないまま、1000層のフロアマスターと戦う羽目になったけれど。


とにかく俺は生きて街に戻って来た。



―――ぐうぅぅぅ……



安心すると、お腹がいている事に気が付いた。

今日は朝ご飯をあいつら【黄金の椋鳥】と一緒に食べてすぐ、『封魔の大穴』40層に向かった。

その後何も口に出来ていなかったし、腹が鳴るのも当然だ。

しかしどうしよう?


あいつらとパーティーを組んで2年目、つまり2年前、俺達はその日暮らしの宿屋生活に終止符を打ち、念願のパーティーハウスを手に入れた。

パーティーハウスとは、パーティーメンバーが共同生活を送る一軒家の事だ。

通常はパーティーメンバーの総意のもと、パーティー資金で購入する。

で、当然ながら今朝まで俺はあいつらと一緒に、そのパーティーハウスで寝泊まりしてきた。

しかしパーティーから追放され、あんな目に合わされた今、のこのこパーティーハウスに戻るわけにはいかない。


という事は、今晩はとりあえずどこか宿屋を見付けないといけないな……


そんな事を考えていると、隣でぼーっと突っ立っているナナの存在に気が付いた。


そうだ。

こいつを穴の底(?)で仲間にしたんだった。


俺は彼女に話しかけた。


「なあ、ここって見覚え有る?」

「……?」


ナナは小首を傾げる仕草をした。


「一応聞いとくけど、お金……持ってないよな?」

「お金……?」


今度は声を出したけれど、やっぱり彼女は小首を傾げるばかり。

まあ、あんな真っ白な世界で出会った謎の少女が、お金持っていたら逆におかしいか。


俺は、自分のリュックサックマジックボックスの中身を確認した。

最低限のポーション類と小物、あとはお金35,000ゴールド。

ついでに時刻を確認すると、いつの間にか日付が変わっている。


確か冒険者向けの宿屋、安けりゃ1泊1人3,000ゴールドから泊まれたっけ……?

正確にはここ2年、宿屋なんて泊まる機会無かったけれど、そんなに物価が急騰したなんて話は聞いていない。

とりあえず、2年前まで長期滞在していた宿屋『無法者の止まり木』に行ってみよう。


俺はナナをうながして歩き出した。



『無法者の止まり木』は、冒険者向けの宿屋が密集する通りに面して建つ3階建ての建物だ。

1階が酒場、2階と3階が宿泊者用の客室になっている。

扉を押して中に入ると、時間帯もあってか、1階の酒場は大勢の冒険者達で賑わっていた。

俺はナナを連れ、彼等の間を縫うようにして、奥のカウンターへと向かった。

カウンターの向こう側には、この宿の主人、ゴンザレスが手持無沙汰な感じで座っていた。

ドワーフみたいにガタイはいいけれど、彼は一応ヒューマンだ。

元冒険者で、十数年前に膝に矢を受けたとかで引退して、この宿の経営権を買い取ったと聞いている。

近付いて来る俺達に気付いたらしいゴンザレスが顔を上げた。

初老の年代に差し掛かっている彼の顔が笑顔になった。


「誰かと思えば、カースじゃねぇか。元気だったか?」


俺とあいつら、パーティー【黄金の椋鳥】は、結成以来、この宿を拠点に『封魔の大穴』の攻略を進めてきた。

元々、面倒見の良い性格だったらしいゴンザレスは、駆け出し冒険者だった俺達に、なにくれと便宜を図ってくれた。

俺達がパーティーハウスを手に入れ、この宿を去る時には、盛大なお別れ会を開催してくれたっけ……

ただ、この宿を出てからは同じ街だし、その気になればいつでも会えるだろうという安心感からか、ついぞここを訪れる機会は無かったけれど。


そんな事を思い出しながら、俺はゴンザレスに話しかけた。


「おやじ、今夜部屋空いている?」


ゴンザレスが一瞬怪訝そうな顔になった。


「ん? お前等、パーティーハウス手に入れて、今はそこに住んでいるんじゃなかったのか?」

「ちょっと色々あってね……」


色々あり過ぎて、今更パーティーハウスに帰れないって説明は、今夜の宿泊場所を確保した後でもいいだろう。

しかしゴンザレスは、俺の隣に立つナナに視線を向けた後、勝手に何かに納得したような顔になった。


「なるほどな。いいぜ、ちょうど一部屋空いている」


俺はチラッとナナに視線を向けた。

見た目、俺より少し年下に見えるけれど……


「なあ、同じ部屋でも構わないか?」

「?」


俺の問い掛けの意味が分からないのか、ナナが小首を傾げた。

同時に、ゴンザレスがやや呆れた感じで口を開いた。


「おいおい、連れ込むなら、その辺、ちゃんと確認してからにしとけよ」

「連れ込むって……」


俺はハッと気が付いた。


ゴンザレス的には、

俺がナナと今夜一緒に過ごしたい。

⇒【黄金の椋鳥】のパーティーハウスにパーティーメンバーでは無い異性を連れ込むのは恥ずかしい、或いは禁止されている。

⇒仕方なく、昔馴染みのここに来た。


って構図!?


「あ、いやいや、じゃなくて……」


言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。

どのみち、ナナの事を詳しく突っ込まれても、説明が難しい。

ならば、ここは相手の“誤解”に乗っかっておくか。

幸い、ナナも俺との同室、嫌がっている感じじゃないし(単に何も考えていないだけかもしれないけれど)。


ゴンザレスがニヤリと笑った。


「ま、あんまり羽目を外し過ぎるなよ? ウチは知っての通り、壁が薄いからな」



俺とナナの宿代、5,000ゴールドを支払って部屋のカギを受け取った俺達は、2階の客室に向かった。

2階の客室は、もちろん、昔俺が2年過ごした部屋とは別だったけれど、家具の配置やベッドの位置に、そう大きな相違は無かった。

おかげで、若干の懐かしさを感じてしまいながら、俺はベッドに腰掛け、一息ついた。

しかしナナは戸惑ったような表情のまま、入り口付近で立ち尽くしている。

俺は苦笑しながら、ナナに声を掛けた。


「君も座りなよ」


ナナはおずおずといった感じで、俺の隣にちょこんと腰かけた。


「なあ、なんか思い出した事とかある?」


ナナはふるふると首を振った。


「そっか。まあ、焦る事無いよ。ところで、お腹、空いたよね?」


ナナは小首を傾げた。

もしかして、あんまりお腹空いていない?

そういや、彼女は最後に何をどこで食べたのだろうか?

ほっそりとした見た目だけど、別に骨や筋が浮いている感じじゃないし……?



―――ぐうぅぅぅ……



お腹が鳴った。

もちろん俺の。

とにかく、彼女に関する詮索よりも、今は飯だ。


俺は彼女を促すと、再び階下に下りて行った。



冒険者達で賑わう酒場の隅に二人掛けの席を確保した俺は、黒パンとシチュー系の料理を二人分注文した。

ありがたい事に、料理は数分で運ばれてきた。

俺は黒パンにかぶりつき、スプーンでシチューをすくって口に運んだ。


うまい!


元々『無法者の止まり木』、料理が美味しいことで評判――それは“俺達【黄金の椋鳥】”が2年も長逗留した理由の一つ――だったけれど、加えて今は空腹が最高のスパイスになっている。

と、俺は目の前に座るナナが、全く料理に口をつけようとしていない事に気が付いた。


「食べないの?」

「食べ……る?」


ナナが小首を傾げた。


いやいやいや、小首傾げているけれど、どういう事だ?

まさか、“食べ方”すら忘れて無いよな?


俺は、黒パンをちぎって、彼女に差し出した。


「口、開けて」


彼女が素直に口を開けた。

餌をねだる雛鳥みたいで、若干可愛いな……

妙な感想を抱きながら、俺は彼女の口に黒パンのかけらを放り込んだ。


「噛んで」



―――むしゃむしゃむしゃ……



まさにそんな擬音通りの感じで、ゆっくりと咀嚼し始めた。

…………

……

三分近く経過したけれど、まだ咀嚼している。


「……そろそろ飲み込んだら?」



―――ごっくん



……

こうして俺達の“奇妙な”食事の時間は過ぎて行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る