四 到着

 マルタとも、キロウさんたちとも、もう二度と会うことはないだろうな。ぼくはそう思いながら、窓の外を見た。

 大きな赤い夕日が沈むところだった。夕日とぼくとの間には、さえぎるもの一つない。明日また、お日さま、ごきげんよう。烏の群れが地上から飛びあがった。薄紫の夕空には、バラ色の雲がたなびいた。それを見ていたら、母を思い出した。遅めの夕食をたべてから、母に手紙を書こうと思って、食堂車へ行った。食堂車は昼間と同じように、ガランとしていた。僕は、

「ライスカレーをください」

 と、ロシア人給仕のお姉さんにお願いした。

 食卓には、電燈が明かるくついている。給仕のお姉さんが、ぼくの顔を覚えていて、にこにこしながらライスカレーを運んでくれる。ライスカレーはとても美味しかった。食堂車は、時間がもう遅いのもあって、来ている客は僕以外誰もいない。給仕のお姉さんが、なにか持ってきた。封筒のようだ。

「どうぞ。あとで読んでみて」

 といって、給仕のお姉さんは笑顔を残して厨房のほうへ去っていった。



 どこか知らない駅に停車した。大きな木の上に星が光っている。「あじあ」のしるしのはいつた用紙に手紙を書いて、昼間押してもらったスタンプの片方を入れて、ボーイに頼んだ。そしてついでに、給仕のお姉さんがくれた封筒を開けてみた。中には、きれいな文字でこう書かれていた。




「マナブ君へ


私は、君が昼間してくれた話にすごく感動した。きみはきれいで強い心の持ち主だ。過去にあった辛いことが、きみを強くしているんだと思う。君は強い。絶対負けないで。がんばって、強く生きていってちょうだいね。


ライチェより」




 席に戻ると、急に眠くなってきた。今日起こったいろいろな出来事で、多少疲れたらしい。最後に時計を見たときは、二十時十二分だった。次にふと気がつくと、「あじあ」はいつのまにか町へ入って、町中の線路を走っているところだった。そうして、時間表通り二十一時三十分に、ハルピン駅にぴたりと停車した。ぼくがホームへおりると、突然、

「やあ、よく来たね。一人でよく来たね」

 と、おじの声。ぼくの手は、がっしりと握られていた。真冬のように寒い夜だ。空には、半月もかかっていた。

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