第7話 今度は私の番だよ

「9時になったらゲームスタートだよ。それじゃあ、頑張ってきてねっ」


 フーちゃんに見送られ、間宮たちが島へと降りていく。俺と絵馬もその後に続いた。


「見た感じ、同じ島?」

「みたいだな。島ごとに有利不利は設けないんだろう」


 用意された戦う環境下は同じ。

 けど、侵略側と防衛側で違うものがある。

 それが待ち時間を利用した事前準備。

 今俺たちの前には誰一人としていない。

 Bチームは今頃島のどこかに潜み、Aチームの動向を窺っているはずだ。

 そして奇襲のタイミングを狙っていると考えられる。

 エアの画面に表示された時刻が9時を迎えた。


「さて、狩りを始めるとするか」


 間宮が動き出す。

 どこから狙われているかにもかかわらず、間宮の歩調に迷いは見られなかった。

 余裕綽々な態度。見る者によっては格好の的となる。

 次の瞬間、島の上部が一瞬だけ光った。

 直後に空気を引き裂くような音とともに一対の矢が飛来してきた。

 矢の狙いは間宮。Bチームは剥き出しの的を潰しにかかる。


「はっ、ザコめ」


 間宮が嘲るように笑った後、矢が間宮を射抜いた――ように見えただろう。

 矢は間宮に当たらず地面にクレーターを作って突き刺さった。


「見た目あんな細い矢なのに馬鹿みたいな威力だな」

「当たったらなかなかにグロテスクな光景になりそう」


 そんな感想を絵馬と交えつつ、俺はもう一度島の上部を見た。

 第二矢は飛んでこない。

 おそらくすでに間宮は矢を放った人物を捕えていることだろう。


「あいつだけにいいところ持ってかさせないわ」


 宮崎が体に炎を纏いながら島の内部へと進んでいく。それに続くように他の仲間もついていった。

 各自が好き勝手に暴れるだけの作戦であって作戦でないようなもの。

 ジョーカーがいるかもしれない以上、チームで協力をするのはどうしても難しい。

 幸いなのが、このチームのメンバーには強力なデザイアを持った人が多いことかもしれない。

 協力せずとも、個人の力で相手を圧倒できてしまうだろう。



 各自が相手チーム撃破に向けて動き出す中、絵馬と別れた俺は一人森の中を歩いていた。

 ある目的があって、絵馬とは別れている。

 やることは決まっていた。

 適当な人物に狙いを絞って仕掛けるだけ。可能なら、宮崎あたりが望ましいところだ。

 ――だが、そんな考えは目の前の人物と相対した時に消し飛んでしまった。



「……お兄、ちゃん?」



 か細く紡がれた俺を呼ぶ声。

 その瞬間、雷にでも打たれたかのような衝撃が襲った。

 ど、どうして?

 目の前にいる人物。それは俺のよく知る女の子だった。

 忘れられるはずがなかった。

「全て」がどうでもよくなった今でも、その顔は記憶に残っている。


時雨しぐれ……?」


 乾いた口で何とかその名前を言う。

 俺の二つ下の妹、相良時雨が目の前にいた。

 もう7年も会っていない妹との再会。

 黒髪を左右に短く結った髪型は変わっておらず、顔立ちはだいぶ成長しているものの、7年前の面影は残っていた。

 時雨は俺を見て驚いている様子だったが、やがて胸に手を当てて息を吐いた。


「よ、よかった、無事だったんだね、お兄ちゃん……!」


 目尻に涙を浮かべる時雨。

 対する俺は全然冷静になんてなれなかった。


「どうして、時雨がここにいるんだ?」


 心臓の鼓動が激しくなったまま、まるで収まらない。

 ここにいるなんて思わなかった。いるわけがないんだ。

 だって時雨は――


「……幽衣さんと零士さんが参加しなさいって。それでだよ」


「あの二人」のことを思い出したのか、顔を俯かせる時雨。

 時雨は7年前にワケあってあの二人の元から離れられた。

 以来、俺は時雨と会っていない。

 けど、それでよかったはずなんだ。時雨までもが、俺のようにあの二人に利用されないで済んだんだから。

 なのに、俺を売った今、あの二人は今度時雨に魔の手を伸ばした。

 変わって、いないんだな。

 時雨の事情を知りながら、あの二人は変わらない価値観で時雨を利用した。そんな二人に俺は怒りよりもずっと、悲しい気持ちを抱いていた。


 けど、時雨は違うようだった。


「私、幽衣さんたちが許せない! お兄ちゃんを散々利用しただけじゃなく、最後にはお金のために売ったんだから! 久しぶりに見た幽衣さんたちは、何も変わっていなかった……っ」


 時雨は悔しそうに両手を握りしめる。

 時雨は昔から正義感が人一倍強かった。

 間違ったことは間違っていると、正直に言えるだけの強さを持っている。誰にでも持てるようで、持てない強さだ。

 だからこそ、あの二人の価値観に納得なんてしなかった。

 それは間違っているから。

 けど、その正義感を持ってしても、時雨があの二人に敵うことはなかった。


「お兄ちゃん、ここは危険なの! だから――」

「まさかお前もこのゲームに参加しているとはな」

「――っ⁉」


 不意に聞こえたその声に、時雨の顔が硬直した。

 この声、嘘だろ?

 この場で聞こえるはずのない声に俺は戦慄した。

 時雨の視線を追うように、俺は後ろを振り返った。

 そこにいたのはフードの人物。

 その正体は俺のよく知る男だった。


「零士、義兄さん……!」


 俺より三つ上の義理の兄である七雲ななくも零士れいじ

 幼少期に両親を亡くした俺と時雨を引き取った七雲家の長男だ。

 俺はその時に零士義兄さんのことを、妹の幽衣を知った。

 ――二人がいかに歪んでしまっているのかを。

 前髪から覗く切れ長の目が俺を鋭く射抜く。


「どうして、零士義兄さんがここにいるんだよ⁉」

「オレも時雨も、そして幽衣もゲームの参加権利を得てここにいるだけだ」


 感情の起伏を感じさせない声音で淡々と答える零士義兄さん。


「幽衣もここにいる⁉」

「ああ。……どうにも、仕組まれたものに思えるな」


 零士義兄さんは俺を見ながらそう推測する。

 ……まさか!

 俺は数分前のフーちゃんとの会話を思い出す。

 あの時、フーちゃんはこう言っていた。

「悪いことをしちゃったからね」と。

 つまり、この状況はハピネス社側によって意図的に仕組まれたもの。

 奇跡のようなありえない確率。操作でもしない限り不可能だ。

 ハピネス社は、俺たちをこの場で集わせたかった?

 いや、今はそんなことを考えている状況じゃない。

 零士義兄さんが、幽衣がこの場にいる。時雨を連れて。

 零士義兄さんたちは別に善意で俺たちを助けたわけじゃない。

 むしろ逆。自らの「道具」として利用するために引き取っただけに過ぎない。


「零士義兄さんたちが何をしようと俺には関係ない。けど、時雨にはもう手を出さない約束だっただろ!」

「幽衣の決めたことだ。オレはそれに従っているだけだ」


 七雲幽衣ゆい

 俺が用済みとなった今、約束を平気で破り時雨を利用するために動いた。

 時雨の顔を見れば、そこには怯えよりも焦りがあった。

 想定しうる中での最悪な状況。

 時雨はきっと、俺を零士義兄さんたちに会わせたくなかったはずだ。だから――


「お兄ちゃん。私のことは気にしなくていいから、お兄ちゃんはすぐにリタイアしてっ」


 そういうことを言ってしまう。

 俺が無事だと知れば、零士義兄さんたちはまた俺を利用するかもしれない。

 時雨はその事態を危惧しているんだろう。

 けど、それは聞けないお願いだ。

 俺は首を左右に振る。

 そうして時雨の顔をもう一度見た。

 絵馬を、そして時雨を助ける。

 このまま時雨を見捨てることなんてできない。

 いくら時雨が強い人間でも、「あの事情」を抱えている以上、いつか幽衣たちに壊されてしまう。

 手遅れになる前に助けなければならない。

 最後の最後で、無視のできない案件ができたな。

 けど、これが解決すればもう何も心配事はなくなるはずだ。

 俺の「やるべきこと」はそれでなくなるだろう。



 そうして、ようやく死ぬことができるんだ。



 本当なら俺は、このゲームに参加するような人間じゃない。

 賞金なんてどうでもいいからだ。

 三大欲求のような、人にとって必要な欲求はまだ残っている。それも今となっては義務感のようなものに過ぎないが。

 だが、欲求とは別もの、生きていたいと思えるほどの強い欲望が俺にはなかった。

 何を見ても何も感じない。

 何を食べても何も感じない。

  自由になったのにやりたいことなんて何もなかった。

 もう生きることに意味が見出せない。

 ただ幽衣たちに使われるだけの道具だ。

 悪いな、絵馬。俺はお前が望んでいるような人間じゃないんだ。

 俺は胸の内でそう、絵馬へと謝罪の言葉をかけることしかできない。

 それでも、やれるだけのことはやってみせる。

 俺の力が、少しでも絵馬の助けになるように。

 

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