第6話 ごめんね?

 間宮がリーダーとなり、明日の対抗戦に向けてひとまずの作戦を立てるところまではまだ順調と言えた。作戦と言えるかは怪しいが。

 ただ、それでもチーム結成当初からの悪い空気は夜になってもなくならなかった。

 陽はすでに沈みきっており、辺りは薄暗い。

 遠くの方に、光の塊が点々と見える。


「これ、本当にチーム? チームワークなんて皆無じゃない」


 バラバラの光の塊を見ながら、絵馬はため息を吐き出す。

 陽が沈み始めた頃になって、食事や寝床の話が出てきたもののすぐに打ち切りとなった。

 そもそも仲良くするつもりなど毛頭ないのか、自然と全員バラバラの行動を取り出したのだ。

 食事も寝床も個人でどうにかする。それがこのチームの方針らしい。


「仕方ないのかもな。一応リーダーの間宮もあんな調子だし、何よりゲームの性質を考えたら仲良くしづらいだろ」

「えっと、ジョーカーがいるかもしれないからよね?」


 俺は頷く。


「ジョーカーが潜んでいたらそのチームはどうやっても負けるからな」


 ジョーカーの一人勝ちだろうと、ジャッジされて正体がバレようとも、ジョーカーのいるチームに他のメンバーが得るメリットは一切ない。

 勝つためには、相手チームだけじゃなく自チームも疑わなければならない。


「けどさ、さっき皆でエアを見せ合ったわよね? あれで解決したんじゃないの?」

「ジョーカーの証拠となるものがエアだけとは限らない。フーちゃんもその部分はハッキリさせなかったからな」


 もちろん可能性として高いのはエアだろうが、断言できない以上さっきの確認だけで安心できるわけじゃない。

 だからあの時、間宮はデザイアをフルに使って仲間の潔白を証明しきるべきだった。

 それをしなかったのは、できなかったからだろうが。

 すると、絵馬はどこか落胆した様子を見せ始めた。


「何か今回のゲーム、頭の良さが必要になってこない?」


 自分じゃ力になれない、絵馬はルールを聞いた時からそう思ってしまったのかもしれない。

 確かに、フーちゃんの言っていたように知恵は必要になってくるだろう。


「考える役目は俺がやるから絵馬は気にしなくていい。それに、必要なのは知恵だけじゃない。実力だって重要なはずだ」

「あ! 対抗戦に勝たないといけないものね!」


 絵馬が思い出したように指を鳴らす。


「そうだ。戦いなら俺より絵馬の方が得意だからな。頼りにしてるぞ」

「わかったわ! 任せなさい!」


 胸に手を当て、自信溢れる顔を見せる絵馬。

 その反応を見ると、やっぱりさっき間宮たちの前で見せた嘘の意図が気になるな。


「なあ、さっきどうして本当のデザイアを隠したんだ?」


 俺はその部分を尋ねる。


「ああ、あれ? 何ていうか、そうした方がいい気がしたのよね。直感みたいなものかしら? 徹だって隠してたじゃない」


 自分でも何であんな嘘をついたのかわかっていないのか、不思議そうな顔をする。

 言葉通りの直感みたいなものか。まあ、結果的にはナイス判断だ。


「あ、ちなみにだけどさ――」


 その言葉とほぼ同時に、俺の目の前から絵馬が消えた。

 直後瞼が柔らかい何かに覆われる。


「だーれだ?」


 後ろから絵馬のそんな問いかけが聞こえてくる。

 すぐに答えるのは簡単だが、少しからかってみるか。


「誰だろうな。ただ、背中に当たってるぞ」

「当たってる? 何が――――っ⁉」


 自分が何をしでかしたかに気づいたのか、後ろから慌てた気配が伝わってきた。

 晴れた視界で後ろを振り返ると、両腕で胸元を隠している絵馬がいた。


「と、徹のむっつりスケベ!」

「何でだよ! 今のは絵馬のせいだよな!」


 何もしていないのにこの言われようときた。からかったのは俺だけども。


「う~~! って、そ、そうじゃなくて! 今の通り、あいつ自慢のデザイアを『コピー』してやったわ!」


 照れながらもドヤ顔をしてみせる絵馬。


「そういえばあの時間宮に触れてな」

「その言い方、あたしから触ったみたいで嫌なんだけど」


 力強くその部分を否定する。

 間宮のような男を絵馬は嫌いなんだろうな。


「それで、コピーした感想は?」

「うーん、パッと使った感じはコアの消費量が多いって感じ? 時間を止めている間は、ずっとコアが駄々洩れになっているし。正直あたしのデザイアとは相性最悪よ」


 絵馬は呆れ交じりに間宮のデザイアをそう評価する。

 やっぱりか。

 予想通り、間宮の時間停止はコアの消費量が大きいようだ。

 間宮が先ほどデザイアを使った身体検査を避けた理由。

 それは連発を避けたかったからだろう。

 強気な態度の中、弱点を曝け出せるはずもない。

 本人は気づいていないだろうミス。


 そしてもう一つ、間宮は運悪く別のミスも犯している。

 それが絵馬に触れてしまったこと。

 絵馬のデザイアは「ナユタ」と呼ばれる力。

 触れた対象のデザイアを自身の那由多ある引き出しにコピーする力。一時的なコピーではなく、永久に引き出し可能なデザイアのコピー。

 ただし、その分欠点も浮き彫りだった。

 その内一つが、コピーした全てのデザイアを把握しきることができないこと。

 絵馬が言うには、コピーしたデザイアは巨大な引き出しに収納されており、どこに何が収納されているのかを覚えるのは不可能だという。

 だから絵馬は、使うデザイアを限定している。それも、普段目にして馴染みのある友達のデザイアに限定して。

 引き出しに目印をつけ、すぐに引き出せるようにしているみたいなイメージだろう。

 もっとも、時間さえ掛けて引き出しを開けていけば他のデザイアも使うことは可能なはずだ。

 ただ、同時に不可能でもある。


「コアの消費もそうだが、まだ力の詳細が把握できていない内は実戦で使わない方がいいだろうな」

「同感ね。あたしの知らないリスクでもあったりしたらたまったものじゃないわ。というか、あいつのデザイアになんてできれば頼りたくないし」


 そう、デザイアをコピーできても、力の詳細を無条件に知れるわけじゃない。

 だからもしコピーしたデザイアに自分の知らない何かがあれば、実戦においてそれはピンチを招きかねない。

 どれだけ強力な力でも、ブラックボックスじゃ中は開けづらいな。


「リスクはあるが、何でもコピーできるのは大きいな」

「若干宝の持ち腐れ感はあるけどね。それに比べて、徹のはわかりやすい上にシンプルで強いわよ」


 羨ましそうに見てくる絵馬。

 俺のデザイア名は「リベリオン」。その力はとてもシンプルだ。


「触れた相手を一撃で倒す無敵の槍。まさに一撃必殺ね」


 絵馬はなぜか俺の力を自慢げに語る。

 防御されたかどうかは関係ない。相手に触れてさえいれば、槍は相手を食らい尽くす。

 シンプルだが、強力なデザイアと言えるだろう。

 とはいえ……


「俺のも絵馬と同じで弱点はハッキリしてるけどな」

「そう? 最強に思えるけどね」


 絵馬は俺のデザイアの力を疑わない。

 けど、それは間違いだぞ。

 俺も絵馬も敵わない相手ってやつを俺は知っている。



 翌日。

 船に乗ったAチームはBチームのいる島へと向かっていた。

 ここでも各自バラバラに陣取る中、唯一固まっている俺と絵馬の元にフーちゃんが近づいてきた。


「ヤッホーっ。なーんか重苦しい空気だね。ワタシまでテンション下がってくるよ~」


 フーちゃんはがっくりと肩を落として見せた。

 今日もナイフの刺さった左胸からは血がダボダボと落ちている。


「あ、あんた痛くないの?」


 見ている方が痛ましく感じるのだろう、絵馬がフーちゃんに聞く。


「最初は痛かったけど、もうすっかり慣れちゃったよっ。試しに刺してみる? 人を刺せる機会なんて早々ないからレアだよ?」


 道徳心の欠片もない提案だな。

 絵馬も嫌そうに顔をそらしている。

 そんな絵馬から視線を外し、フーちゃんは俺を見た。


「それにしても徹君、久しぶりだねっ。最後に会ったのは半年前だっけ?」

「そうですね。その節はお世話になりました」


 笑顔のフーちゃんに対し、俺はきっと嫌そうな顔をしているだろう。


「え? 二人って知り合いだったの?」

「そうだよっ。徹君はこれまでに我が社のゲームに48回は参加してくれてるからね。少なくともワタシにとってはお得意様みたいなものなんだよ」


 そう言って肩を回そうとしてくるフーちゃんを避ける。

 血生臭さが本当にきついから密着しないでほしい。


「ちなみに、キミたちがこれからやろうとしていることは今回のゲームに言えば有効な手立てだね」


 まるでこっちの意図を見透かしたような発言。


「有効? 何のことよ?」


 絵馬は何のことだかわかっていない様子。

 今フーちゃんが見透かしたのは、俺が考えている戦略だ。

 何で看破されているんだか。相変わらず読めない人だ。


「ううん、何でもないよ。それより、ワタシからアドバイスをしてあげる。仲間を疑うのも大事だけど、それと同じくらい仲間と協力することも大事かもしれないよ」


 俺たちだけに向けられたアドバイス。

 それはありがたいが……


「あまりアドバイスを送らない方がいいんじゃないですか? 贔屓に見られてしまうかもしれませんよ」


 運営側が参加者に個別でアドバイスなんてしたら上から大目玉を食らうだろう。

 にもかかわらず、フーちゃんは僅かほども動揺しない。


「大丈夫っ。……それに、徹君にはちょおっと悪いことをしちゃったからね。これくらいのアドバイスはボスも認めてるはずだよ」

「悪いこと?」


 フーちゃんの不穏な一言に反応せざるを得なかった。


「それは島につけばわかるよ」


 ここでは答えず、フーちゃんは回れ右をして去っていった。

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