第43話 変身! 咲枝vs.シムラクルム!

 パリン。

 何かが砕けたような音。同時に、静寂。


 シムラクルムが全裸となった志村胡夢に吸収されていく。ゆらゆらと蜃気楼のような風が彼女を包み込む。広げて伸ばした両手首に、赤と金のブレスレット。


 その色は変色していき、黒みが掛かった強い紫色になっていく。


「…………どうだい」


 幼い少女の柔肌が、蜃気楼に包まれていく。鏡の水面のような透明な衣装が現れる。それが、どす黒いエナジーに侵蝕されていく。


 瞳を閉じて。


 次に開いた時には、不敵な笑みを浮かべた、紫水晶のような瞳に変わっていた。


「初代エナジーウォーリア『戦木恵那そよぎえな』の血……初代ミラージュウィンド『結城理亜ゆうきりあ』の肉体。そして初代カルマボス『ダークオーラ』と同じ暗黒エナジー。……全てを掛け合わせた最強のハイブリッド。戦前の日本政府……いや大和朝廷が遥か昔に目指したエナジー研究の最終到達点。人類の夢。それが僕だ」


 禍々しいドレスに身を包まれた、シムラクルムが中空に浮いていた。蜃気楼のように、身体の端々が穏やかに揺らいでいる。


「……人間の研究をその成果物が完成させるんかい。シンギュラリティって奴やな」

「感謝しなよ? 人間」

「…………どないやポポ? 正直、アタシこれ割りと分が悪い思うで」


 咲枝は、シムラクルムから漏れ出るエナジーの量と濃度を感覚的に察した。確かに言うだけのことはある。ストームフォームの咲枝より、強力であると。


「……確かに、ちょっとヤバいディね」

「しかもアレ、身体は胡夢ちゃんなんやろ? 怪我させる訳にもいかんやんか」


 そして、そんな超強力なシムラクルムに、ダメージを与えてはいけない。あの肉体は10歳児の少女のものだ。操られているだけ。何の罪も無い子供。そして『本来の3代目エナリア』。


「行くぞ。エナジージュードー。ここには僕らだけ。仲間は全国に散って、助けは来ない」

「……!」


 突っ込んでくる……のではなかった。ゆらりと、シムラクルムの姿が消える。


「いっ……!」

「フフンっ!」


 次の瞬間、背後に現れたシムラクルムの裏拳で、咲枝の身体が浮かび上がった。


「ごぇ……」

「ハァッ!」


 空中で身動きの取れない咲枝に、シムラクルムの回し蹴りが炸裂する。地面と水平に吹き飛んだ咲枝は、受け身を取れない状態でビルに激突した。


「サキエっ!」


 ポポディが慌てて飛んでいく。


「ははっ。快適だ。暗黒エナジーもよく馴染む。これはミラージュのお陰だな。圧倒的なエナジー量もウォーリアの器なら受けきれる。ふたつのブレスレットも、そもそも志村胡夢に適性があったものだ。全てががっちり、歯車のようにハマっている。爽快だ」


 シムラクルムは、空中に浮いて高笑いをした。何も意識しなくとも、高濃度の暗黒エナジーが溢れ出てくる。ここがウインディアであれば、もうエナジーアニマルは全て侵蝕され、国は滅んでいただろう。


「…………くっそ。ヤバいでほんま。どないしたらえんや」

「サキエっ! 大丈夫ディか!?」

「あー……。ストームフォームの衣装がアホほど頑丈やからな。そこまでダメージはあらへんけども」

「サキエが……初めて敵から攻撃を受けたディ」

「ていうかまともに『戦い』になっとんが、ナギ戦と今のシムラクルム戦しかないんちゃうか」

「確かにそうディね……」


 ガラガラと瓦礫を押し退けて。突っ込んだビルのエントランスで咲枝が立ち上がる。


「ビルって破壊力表現するための舞台装置ちゃうでほんま。誰が弁償するんやこれ」

『国だ。心配しなくて良い。思い切り暴れて良い。人類の為に』

「……そうかい。都合えね」


 通信も健在だ。咲枝は肩をぐりぐりと回し、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。


「さぁて。気合入れよか。なんぼなんでも、今アタシがやらなアカン。アタシ以外に止められへんもんな。弱音は無しや」

「いけるディか? 勝てるディか?」

「知らん。やるしか無いだけや」


 話している間に。ビルの中にシムラクルムが入ってきた。


「まずは、エナジー適性のある人間は全て殺さないとね」

「へぇ。裏返せばあんた、いずれ『噛み付かれる』いうこと恐れとるんやな」

「どうとでも。さあ死んでくれ」


 また、姿が揺らぐ。どこへ移動するかは、咲枝には分からない。適当に手を振り回すが、当たらない。


「外れだ」

「……っ!」


 斜め上から。シムラクルムの膝が咲枝の顔面を捉えた。


「うごぁっ!」

「ビルも良いけど狭いだろう。バトルステージ変更だ」

「っ!!」


 そして、再度の回し蹴り。今度は斜め45度に吹き飛んだ咲枝は、北側にある山の方へと飛ばされた。


「サキエ――!」


 為す術なし。











 咲枝の吹き飛んだ先は、とある山の温泉街だった。ポポディが見付けた時には、温泉に浸かってビショビショになった咲枝が居た。


「サキエ!」

「ああ、まだ生きとるよ。……防御力はあんねんな。ストームフォーム。やけど、速度が付いていかれへん。あいつを捉えられへん。捕まえんと、アタシの柔道は役に立たん。『殴る蹴る』はアタシ下手で、そんな技術なろてへんねん」

「そんな……」

「しかも時間掛かるほど不利や。このストームフォーム、長期戦向きや言うても燃費は悪いしな」

『……ザ』

「?」

『ザザ……!』


 遠くの空に、シムラクルムが見える。すぐにこちらへ来るだろう。

 その時。

 通信にノイズが走った。


「三木さんか?」

『…………だって』

「ん? 三木さん?」

『……わんだって』

「は? 『わんだって』?」


 ノイズは、少しずつ大きくなり。


「楽しいサンドバッグだ。春風咲枝!」

「うおっ! 来るでポポ、離れとき!」


『わんだって! わじわじーすることくらいあるさぁ! このフリムン!!』


「えっ――」


 その声は。いつもは可憐で清楚な――


「っ!!」


 咄嗟に、何かに気付いたシムラクルムが防御態勢を取る。だが、関係無く。咲枝の見ている横から、視界に捉えられない速度で衝撃がやってきて。


 隣の温泉宿に急角度で突っ込み、爆発した。


 ズドン。温泉の飛沫が高く上がる。虹が掛かる。咲枝は。


「…………綾水?」

『咲枝さん! お待たせしましたわ!』


 イヤホン型の通信機が装着された右耳に手を当てて、目を丸くして確かめた。


『手の空いたナギさんに助けて貰いましたわ! ご心配お掛けして、申し訳ありませんでしたわ!』

「……! いや、それはえねんけど……! 大丈夫か? なんや変なことされんかったか?」

『ええ! 毎日3食ひじきの煮物でしたわよ! それより! 今からわたくし、「狙撃」にて助太刀いたしますわよ!』

「……!」


 元気な声。咲枝が一番聞きたかった声だった。


「いや、ほいでも、胡夢ちゃんに怪我……」

『問題ありませんわ! わたくしのエナジー銃、改めエナジーライフルは、元々「怪人以外には非殺傷」ですわよ!』

「! 本当ほんまや! そういやそうやんけ! よっしゃ! 胡夢ちゃんアタシが拘束して、シムラクルムだけ綾水に撃ち抜いてもろたらえねんな!」

『流石話が早い。その通りですわ! そしてそれは……』


 勝てる可能性が。勝つ算段が。

 現れた。


「そうや。アタシと綾水の十八番オハコや」


 にやりと。咲枝は笑った。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回予告!


〈咲枝〉:……で、さっきのなんなん。わじわじーとかなんとか。沖縄方言? 綾水の方言初めて聞いたわ。


〈綾水〉:……はっ。……恥ずかしいので、聞かなかったことにしてくださいまし……。


〈咲枝〉:なんて言うたんや〜?


〈綾水〉:…………っ。もうっ。


〈ふたり〉:次回!

『美少女エナジー戦士エナリア!』

第44話『変身! 決戦! エナリアvs.シムラクルム!』


〈綾水〉:ほ、ほら、最後の戦いですわよ。


〈咲枝〉:おーし。ほな、やるか。

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