第40話 変身! 激突、ナギvs.クルム!

「うおおっ!」


 ギギ、と。錆び付いた風の音が鳴り響いた。防がれたのだ。ナギの一撃が。


「……っと」


 後方へ勢いよく飛ばされたクルムは、着地までに変身を済ませ、くるくると回転しながら距離を取った。


「……フフン。確かに、変身中に攻撃してはいけないなんてルールは無い。あっても守る義理なんか無い。……分かるかい? ナギ姫。君から始めたんだ。これは『もう』じゃないぞ」


 しゃなりと。

 銀色に艶めく不思議な生地の衣裳だった。暗がりの夜道、その街灯に反射して、キラキラしている。エナリアとはまた違った雰囲気の変身だった。


「それが、ミラージュウィンドか?」

「そうさ。理亜お婆ちゃんのお下がり……じゃないよ。そりゃ勿論、デザインは一新してる。あくまで雰囲気は保ったまま。そして当然、機能は強化されてる」


 問答の間にも、ナギはクルムへ詰め寄る。風の一歩で、即座に目の前だ。


「【風薙ぎ】」

「!」


 口に出した。その動きは、さっきの一撃とは比べ物にならないほど鋭く、正確無比にクルムの命を捉えた。


「【ファントムガード】」


 だが。


「……!?」


 確実に捉えた筈の、肉を裂く感触はせず。ナギの剣は空を切った。

 クルムの姿はぼやけ、霧のように散った。


「……! ミラージュウィンドの能力かっ」

「危ない危ない。そうさ。ナギ姫」


 背後から声がした。即座に首の位置を刎ねるように振り抜く。だが、また空振り。


 クルムは電信柱の上に立っていた。


「【技名】を言ったな、ナギ姫。普通の剣での攻撃に、技名なんか要らない。つまりさっきの一撃は、『特別』な攻撃だったのかい」

「……知りたいなら、食らってみよ」

「フフン。あはは。なるほどね。でも、僕も使うさ。切り札だ。このエナジーフィールド下で、僕の実体を捉えられる者は居ない。今君が睨んでいる僕も、虚像。幻影さ」

「…………」


 タン、と踏み出してジャンプ。ナギは片足跳びで電信柱をするりと登り、クルムを斬り裂いた。


 だが、またしてもクルムの虚像が霧散するだけに終わった。


「あはは。無駄だよ。もう準備は整った。君はここで、僕を見付けられずに死ぬだけさ。ああ命乞いをしてくれれば、ザイシャス達の性奴隷として生かしてあげるよ。彼ら、君の水着姿を見ただけで鼻血出す程なんだぜ?」


 その声は、どこから聞こえたか分からなかった。見れば、いつの間にか霧が濃くなってきている。数メートル先の視界も、白く塗りつぶされていっている。


「…………幹部2匹が居ない。回収したか」


 白い霧に包まれる。ここはクルムのエナジーフィールドの中。彼女の腹の中と言って良い。辺り一帯に彼女のエナジーが満ちており、ナギはエナジーを辿って索敵することもできない。

 この濃い霧の中で。目視による索敵しか、できない。


「あはははっ! 必死だねえ! ナギ姫! 良いかい、『怒った悪役』より『笑った悪役』の方が『上』感あるだろ? 僕の方が黒幕なんだよ!」

「…………【夜薙ぎ】」

「!」


 一閃。

 真っ直ぐ綺麗に引かれた線が、霧を斬り裂いた。夜空が見える。星の光が届く。


「え……」


 その先に。ナギの目線の先――剣の先に。隠れていたクルムが露わになった。


「ちょっ! なんだそれ!?」

「上から目線の安全地帯から高笑いで煽る『悪役』よりは。『必死な王』の方が強いのは当たり前だ」

「待っ――」


 エナジーフィールドごと。斬り裂かれていた。クルムはもう、幻影を出すことはできない。


「『上感』などという意味不明のまやかしには興味が無い」


 ナギは駆け出した。


「エナリア戦は手を抜いていたのか!? なんだこの能力!?」

「……わらわはカルマの王。全ての風を喰らい尽くす『なぎの巫女』。……ハルカゼサキエとの戦闘時は、『満腹』であったからな」

「……! ラスボスがマジックキャンセル能力とか、反則だろ……!」

「くだらぬ。わらわは既に、お祖父様より強い。エナリアも居らず、ミラージュ貴様だけで勝てると思い上がるな」


 一陣。

 ヒュッ……と。風が吹き抜けた。ナギはクルムの遥か後方で、剣を振り抜いた姿勢で残心を取る。


「…………!」


 ぞわり。全身の産毛が逆立つ。クルムは1ミリたりとも、身体を動かせない。

 既に斬られたと、分かっているからだ。


「……殺人罪だよ普通にこれ。しかも、か弱い女の子をさあ。君ひとりだけ、世界観違うってば」

「『味方を殺せば』罪になる。だが『敵を殺せば』善行でしかない。そも、わらわは怪人。人間の法など『知らぬ』と一蹴だ」

「くそ…………」


 シン。

 風が止んだ。雲ひとつない夏の夜空。しばらくして、ごとりとクルムの頭部が地面に落ちる音がした。


「…………ミキに連絡を。『カルマ斥候を洗脳しキタグスクバルアヤミを誘拐した「シムラクルム」を名乗る者を始末した』と。なお、キタグスクバルアヤミの居場所は聞き出せなかった、と」

「はいっ」


 余韻に浸る間も無く、メイドにそう指示したナギ。


「……ミラージュウィンドのエナジーフィールド。これが、キタグスクバルアヤミを探し出せなかった要因であるな。ならば……後はミキ次第、か」


 コツ、コツ。

 くるりとマントを翻し、その場を去った。











 それから。

 進展の無いまま、1週間が経った。


「ナギあんた……ウインディア空けててえんか?」

「カルマは事実上、ウインディア占領から撤退した。ララディの希望で、現王アウィウィと話を付けるまではカルマが支配していた方が都合が良いため、まだ首都に滞在はしているがな」


 怪人対策本部、会議室。

 連日連夜、綾水を捜索して飛び回っている咲枝が、ナギへと訊ねた。


「そうなんか。食糧問題は?」

「城に幾分か蓄えがある。それで賄える人数のみを残し、国外へ撤退させた」

「…………本当ほんまか」

「はい」


 余りにも早い対応。ララディが頷いたことで、ナギは本当に『侵攻を止めた』のだと証明された。


「そもそも、カルマの怪人達は他国の傭兵や防人として雇われることで特に不自由なく暮らしていました。つまり今回のウインディアと人間界への侵攻は、『利害』ではなく『感情』によるもの。『しかたなくやる戦争』ではなく『やりたいからやる戦争』でした。そしてその『理由』を解決してしまえば。さらに、ナギさんは独裁の王ですから。もうこれ以上ウインディアに血と無駄なエナジーが流れること無く。復興に向かうでしょう」

「…………こういうことアタシが訊いてえんか知らんけど……賠償はどないすんの?」


 咲枝は尚も訊ねた。何にせよ、カルマは敗戦国である。人間界と戦争をする前に、降伏した形だ。それまでの被害を賠償させる権利が、勝戦国にはある。この場合、日本とウインディアに。


「それについては、日本からはほぼ求めないことになった」

「空石さん」

「元々、日本で人的被害は無い。建物なんかはまあ、『災害』として片付けられる。怪人は特別な立ち位置なんだ。『人類以外の人間』に対する法律は今の所、日本には無い。だから、俺の一存で決めた」

「えっ」

「敵から搾り取るより。味方として取り込んだ方が良い。……まあ、三木のアドバイスだがな」

「決断をしたのは空石だ。それに……今後、『エナジー』開発は次代の技術革命を起こす。現地の専門家とは『仲良く』したいしな」

「…………そうなんか」

「ハルカゼサキエ。今はそれは瑣末事だ。問題は、『シムラクルム』が複数存在することであろう」

「ん……。せやな」


 あの後。

 岐阜の志村一輝に確認したが、特に異常は無く、娘も健在だと言った。電話にも出てもらったが、咲枝やポポディが見た限りでも異常は無かった。

 勿論、岐阜に居る志村胡夢は『シムラクルム』のことなど全く知らない様子だった。


「ミラージュの能力ちゃうん?」

「いや。蜃気楼の幻影で分身する技はあるが、あれは間違いなく実体であった。それに、そのような遠距離に分身を配置、操作することはエナジーの活動限界値的に不可能だ」

「……ナギあんた、話し方三木さんに似てきてへん?」

「通訳していないであろう? ニホンゴを覚えたのだ」

本当ほんまや! は!? この数週間でかいな!」

「サキエ。すぐ脱線するのは良くないディ。今はアヤミが一番ディよ」

「…………と、言うことで。こっちも色々と『仕込もう』と思う。ナギ女王に来て貰ったのにも理由がある。春風。よく聞けよ」

「?」






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回予告!


〈咲枝〉:いよいよか。腕が鳴るでぇ。


〈ポポディ〉:とにかくアヤミが心配ディ。


〈咲枝〉:任せとき。何が相手でもドツき回してしばき倒したる。


〈ふたり〉:次回!

『美少女エナジー戦士エナリア!』

第41話『変身! 意外な助っ人!? 総力戦開始!』


〈咲枝〉:やっぱこのコーナーにも綾水おらんと寂しいなあ。


〈ポポディ〉:ディ。

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