第8話「ボスゴブリン②」

 敵の多さから回避に専念するあまり手数も少なくなってきた。このまま消耗しょうもう戦をしてもボスまで辿り着いていない蓮達に勝機はなさそうだった。


 一瞬カードでこの場から退避する事も頭をよぎったが、まだやれると本能的に思ったのか俺はすぐ立ち上がった。


 (やるしかない……よな)



「葵っ! 今からチェインを使ってボスもまとめて攻撃する!」


「え!? でもそんな事したら盾まで壊しちゃうんじゃなかったの!!」


 戦闘中にも関わらず一度こちらの方を見て何言ってるんだと言わんばかりの驚いた表情を見せた。


「そうなるな! 今は長々と話してる暇はないからチェインを使った後すぐに俺がボスに攻撃するタイミングで葵も合わせて出来る限りの攻撃を重ねてくれ!」


 次から次にくる攻撃をいなしながら蓮はロングソードに現在掛けている改変を上書きした。


「カスタマイズ[改変]ATK+、チェインをロングソードへATK +、AGI+をナイフへ!!」


 両手からそれぞれの効果に応じたサークルが出現する。


 蓮はAGI +により機動力を上げて即座に敵をかき分けボスを囲うゴブリンの前に出た。


 これでボスまで辿り着ければ良かったのだが、ここから先は守りが固くて入り込めない。


 突破して敵の集団の真ん中へ入ったとしてもボスからの攻撃範囲内に入るのは危険が高すぎる。


 周りを一度見回し敵の距離を把握する。


 (この距離なら……)


 意を決して先頭に出てきたゴブリンに対してチェインが掛かっているロングソードを思い切り突き刺した。


「だぁぁっ!」


 攻撃は伝播でんぱして周りのゴブリン全てにダメージが入った。


 ゴブリン兵士は盾持ちの敵であるが、自慢の盾もチェインでの攻撃の対しては意味は無く、身体が消滅するのと同じく、盾も消えていった。


 周りのゴブリン兵士二十体ほどを巻き込んだ攻撃はボスゴブリンにも到達した。


 まず目に入ったのはボスゴブリンが持つ大きな丸い盾が音を立てながら破壊された光景だ。


 本体にも少なからずダメージは入っているようだったが一撃で倒す程ではなかった。


 その辺の雑魚モンスターとはステータスの値がそもそも違うのでここまでは想定範囲内である。


 (やっぱり、この一撃じゃ倒すことは難しいか……)


『グゥッ、グアァァァァォォォォッ』


「「っ!?」」


 蓮と葵は目の前に広がるおぞましい雰囲気に一瞬たじろいだ。


 盾が壊されたボスゴブリンの体全体から赤いオーラの様なものが現れたのだ。


「おそらくこれがステータス上昇の合図……」


「葵! いくぞっ!」


「分かってるっ!!」


 葵も直感でこのタイミングしかないと思ったのか既に敵目掛けて全速力で走っていた。


 自らの声を合図にチェインが掛かっていたロングソードに再度スキルを発動し、チェインからAGI +の能力に素早く切り替えた。


 ゴブリンが叫び終えた時には既に攻撃可能な距離まで二人は近付いていた。


 側から見たら一瞬で移動したかに見えるくらいのスピードで迫っていた為、敵も一瞬見失っていた。


 視界から消えた様な錯覚におちいっていただろうから仕方ない。


「今だぁぁぁぁっ!!」


 敵の目の前に出た二人はそれぞれサイドテップを一度挟み敵の側面に移動した。


 左側にステップした蓮は左上方に剣を振りかぶると風切り音がする程の速さで剣を斜めに振り下ろした。


 同タイミング、右側面に移動している葵はロングソードよりリーチが無いため、更に1歩踏み込んで敵の右脇腹に高速の突きを四発叩き込んだ。


『グハッ、フゥッフゥッ、ドフゥ』


 この攻撃を受けてもボスゴブリンは消滅せずギンッと鋭い視線でこちらを睨みつけると右手に持つ大きな斧を水平に振り回してきた。


 二人とも攻撃を繰り出した直後で避ける余裕はなかった。


 ((――避けれない!))


 蓮はロングソードとナイフを交差して防御の構えを取り、葵も同様にナイフを相手の攻撃に上手く合わせて攻撃をいなした。


 ――キィーーーーン


 防御していても衝撃はすさまじく後方へ軽く飛ばされた。


 これまでの敵なら先程の攻撃で倒せていたがボスの元ステータスの高さか致命傷を与えることはできなかった様だ。


 すぐに立ち上がり態勢を立て直すと、もう一度攻撃を仕掛ける。


「もう一度だっ!」


「私が敵の態勢を崩すからその間に蓮はお願い!」


 葵は攻撃をいなした時のせいか手に痺れが残っていたが、ナイフを離すまいと手にギュッと力を入れた。


 正面からの斧による攻撃を避け、するりと足元に滑り込んだ。


 その勢いで股を抜けながら敵の両足健の部分にナイフを斬りつけた。


 するとボスゴブリンの上体が大きく揺らぎ態勢を崩した。


「今っ!!」


「分かった!!」


 体勢が崩れると蓮はすぐさま攻撃を入れた。


 両手に持つ武器を交互に斬りつけ相手の胸には切り傷がいくつも重ねられていく。


 葵の連撃のような効果は無いが同じ箇所にあれだけの攻撃を入れればダメージは相当なものだ。


「はぁぁぁっ! これで倒れろーーーっ!!」


 蓮の流れるような連続攻撃が最後まで入った時、ボスゴブリンはこちらへ反撃する素振りを見せたが大きな悲鳴と共に消滅した。


「やった……のか?」


「終わった……の?」


 二人の目の前に現れたレベルアップのウィンドウと共に、その喜びは確かなものとなった。


「よっしゃーーー!」


「やったぁぁぁ!」


 ボス討伐の喜びが込み上げ二人は大の字になってその場に倒れた。


 それと同時に部屋の奥からはガチャンッと扉の鍵が外れたような音がした。


「次の階層にも行けるみたいだけど今日はこのまま帰ってパーッと飲むか!」


「そうだね! さすがにヘロヘロだぁ」


 こうしてタワーへ入ってから三か月も経たぬ内に5階層のフロアボス討伐に成功した。


 これはタワーが出現してからの最速記録である。


 タワーから出て一度家に帰ると18時を回っていた。


 そのまま服を着替えて葵と再度合流し、今日の出来事について話している。


「これからどうしようね?」


「まあ次の階層からはモンスターのレベルも上がるし苦戦するかもしれないからゆっくりレベル上げしながらって感じだな」


「そーいえば最近ちらほら噂では聞くんだけど10階層へ登った人達が出てきたらしいよ」


「みたいだなー。なんか人を集めて大型のパーティーを組むって話もあるみたいだぞ」


「えー、そーなんだ……それなら!」


「いや、俺たちにはまだ無理だって! さっき5階層突破したばっかなんだから」


「ちぇっ」


 現に5階層と10階層では天と地程の差がある。5階層突破時の倍以上のレベルが10階層付近では必要とされるからだ。


 とはいえ、蓮のスキルではレベルの概念がよく分からない状態になっているので一概にこの型にははまらないかもしれないが……


――話し始めてから2時間程経ち、次会う約束をするとこの日は解散した。

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