第9話「一ノ瀬 百合」

――5階層でのボスゴブリン討伐から2日後



「もしもしー、お兄ちゃんって最近実家に帰ってるー?」


「百合か。いや、夏休み終わってもバタバタしてて帰ってないな。百合こそ最近は帰ってるのか?」


 電話の相手は【一ノ瀬いちのせ 百合ゆり】。俺の妹だ。


 百合は今年から俺と同じ大学に通っている。昔から弓道をやっていた事も影響しているのか落ち着いた性格をしている。


 落ち着いた性格の反面、端から見たらお兄ちゃん子と呼ばれるくらい俺には甘えてくるところもある。


 俺が言うのもなんだが、年齢と比較すると容姿はかなり童顔で可愛らしく、噂では高校生の時に何人も妹へ告白してきたらしいが、片っ端から『ごめんなさい』と一蹴いっしゅうしていたらしい。


 まあその中には『ごめんなさい』と言って欲しいが為に、何度も挑んでくる生徒もいたそうなので正確に何人に言い寄られたかは分からない。


 そんな妹とは最近は同じキャンパス内でも会う機会がそれほど無かったので、声を聞くのも久しぶりだ。


「私も友達と最近は忙しくしてて帰れてないんだよね」


「そーなのか。……それで何か用事でもあったんじゃないのか?」


「あ、別に大した用事じゃないんだけどね。友達がタワーでお兄ちゃんに似た人を見たって言うから」


 妹には俺がタワーに入っている事を言っていない。タワーに入っている事が知れれば心配をかけるだろうと思ったからだ。


 それにタワーに関心を持って欲しくなかったというのもある。


どうしても危険が伴う場所なのでそんなところ妹には一生入って欲しくなかった。


 まあ今となっては、自分もある出来事がきっかけとはいえこうしてタワーに入っている身だから何とも言えないのだが……


「……気のせいじゃないか? だって百合も俺の能力は知ってるだろ?」


「そうだよね! ごめんね」


「それよりタワー入ってる友達がいるのは良いけど着いていったりするなよ?」


「う、うん、分かってるよ! それじゃまたね!」


 (危なかった。まさか百合にばれそうになるとは……)


 百合との電話が終わるとこの日は大学の講義も無かったのでタワーへ行くことにした。


――タワー4階層入口


「ふぅ、この辺の敵も大体片付けたな」


 今日は葵は用事があるとの事だったので一人でレベルを上げている。


 ただ、6階層以降には上がらずリスクが低いここ4階層のみでひたすら敵を倒すことにした。


「それにしても広いな。外から見たらタワー内がこんな広いなんて想像出来ないな」


 タワー内はどういった仕組か分からないが外から見える何倍も大きなフロア面積をしている。


 ざっくりだが外からの五倍以上は広い作りになっているだろう。


 今回4階層に来たのはレベル上げともう一つの理由があった。


 前に他の階層で見つけた宝箱があったが、各階層には幾つも宝箱は存在している。


 そして中に入っているアイテムは上の階層に行けば行くほどレアリティの高いものが出る寸法だ。

 

 まあその分、罠が仕掛けられていたりもするからうかつに手は出せないんだが。


 今回はその宝箱もついでに探すために来た。4階層は敵も俺一人で余裕を持って倒せるし宝箱探索にはもってこいだった。


――しかし1時間ほど経ったが一向に見つからない


「どこにも無い! てか本当にあるのか!?」


 基本的には小部屋に宝箱は出現するのだが、その小部屋がそもそも見つからない。


 (リアルラックのせいなのか……)


 蓮は心の中でハハッと笑いながら立ち止まっていた足を進めた。


 少し歩いたところで前方に小部屋らしきものが見えてきた。


「あれは……!」


 すぐ小部屋の入口に駆け寄ると中から戦闘している音と共に人の声がしてきた。


「凪! 後ろ!!」

「きゃあっ!」


「どうした!? 大丈夫か?……って、なっ!?」


 蓮が小部屋に入るとそこには軽装備に身を包んだ女性が二人いた。


 驚いたのは一人の女性が妹の百合だったのである。


「助けて下さい!……ってお、お兄ちゃん!? 何でこんなところに!」


 よく見てみるともう片方の女性がひどくやられていた。恐らく宝箱を囲うように立っている4体のコボルトのせいだろう。


「理由は後で聞く。百合、動けるなら手伝ってくれ。ひとまずここを片付けるぞ」


「……分かった! けどお兄ちゃんの能力って……」


「後で説明する! とりあえず俺が前であいつらの攻撃を止めながら相手をする! 百合は後ろから援護してくれ」 


 チェインを使って範囲攻撃をすれば一気に片が付くが前回使用からのクールタイムがまだ終わっていなかった。


 ここに来る前に小部屋が見つからないイライラからたった二体のコボルト相手にチェインをぶっ放してしまっていたのである。


 (俺のあほ……)


 蓮は改変でATK+とDEF+をそれぞれ左右の武器に付加した。


 DEFを上げたおかげか四体のコボルトの攻撃を受け止めてもダメージはそこまで受けていない。


「百合! 頼んだ!」


 蓮はもちろん、百合のスキル自体は知っていて装備も先程確認していた。


 百合は蓮からの一言で背中にある矢筒から矢を取り出し、弓へセットした。


「はっ!」


 弓から放たれた矢はコボルトの頭に命中すると消滅していった。


 続けざまに同じ動作で矢を敵へ二度放つと二体のコボルトも悲鳴と共に消えていった。


 コボルトが残り一体になると蓮はロングソードとナイフを器用に扱い、相手の攻撃を避けながら二本の刃先を相手の腹部に突き刺した。


「これで終わりだ!」


 コボルトが全て消滅すると部屋にはシーンとした静けさが一瞬漂った。


「ふぅ、終わりか。とりあえず傷付いている子を外に連れ出そう。エスプカードは持ってるか?」


「私は。けどまだ、この子はレベルが足りてなくて使えないの……」


「まあ、そうか……持っていたらあの状況ですぐに使っていただろうしな」


「一旦、三人で固まって1階層まで引き返そう」


 三人は1時間ほどかけてタワー1階層まで戻ってきた。


 百合の友達の怪我がひどかったので病院へ運び、その日はそこで解散した。


◇◇

――翌日


 蓮の部屋には百合が来ていた。


「で、どういうことなんだ?」


「結構前からタワーには入っていて、今回は想定外の事が起きてあんな状況に……」


 百合は大学入学前に友達からタワーで強くなり上の階層へ行ければ良いバイトになると言われたらしく、そこから遊び感覚でタワーへ入っていたらしい。


 最初こそ危険が低いエリアでレベルを上げていたが、レベルが上がるにつれ自信もついてきて低レベルの友達のレベリングなんかもやるようになっていたようだ。


 今回はその最中に小部屋に遭遇そうぐうし、宝箱を開けたらモンスターが複数出てきたというわけだ。それに加え宝箱のトラップダメージで友達がダメージを受けてしまった。


「けど……! お兄ちゃんだってタワーに入ってるなんて知らなかったよ! あれだけやめておけって私には言ってきたのに」


 (まあそうくるよな……)


 蓮はとある理由でタワーに入ることになってしまった事や、自分の能力の事を包み隠さず百合に説明した。


「――だいたいは分かったよ。けどそれなら私だってタワーに入ってもいいでしょ? エスプカードも持ってるし、レベルも13だから一応お兄ちゃんよりは上だよ」


 やめておけと言った自分がタワーに入っているのだから俺は何も言い返せなかった。


「分かった。けど、今回みたいな友達を危険にさらすような真似だけはするなよ? エスプカードが使える前提でのみタワー入ることを許可するよ」


「分かった! あと……今回は助けてくれてありがとね!」


「おう! それじゃ、またな」


 百合はタワーの事を兄に話せたからなのかすっきりとした表情で部屋を出て行った。


------------------------------------------------------

【名前】

一ノ瀬 百合

【レベル】

Lv.13

【ステータス】

 ATK(力)  34    VIT(体力)  30

 DEF(防御) 22     INT(知力) 28

 SDEF(スキル防御) 20  AGI(素早さ) 34


【習得スキル】

 弓撃(きゅうげき)Lv.1

 -弓装備時にステータスが上昇

 -矢の自動補充(矢筒から矢を弓へセットした際、矢筒内の矢が減らない)

------------------------------------------------------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る