第2話 謎のドラゴン


 ワシの遠に過ぎてしまった誕生日を祝う会が終わって一月が過ぎた。

 その一月の間、シロクの誕生日を祝ってやったり、キロイに新しい魔法を教えてやったりしたのう。

 ダラダラはあまり出来んかったが、それなりに充実しておったわい。

 じゃが今日は1日だらけさせてもらうぞ。

 アオイは日課の散歩に出掛けておるし、取り敢えず昼寝でもするか。

 ワシは異空間収納から簡易ベッドを取り出すと、庭のど真ん中に置いた。

 そしてシロクを呼び(勿論獣魔の姿でじゃ)ベッドの上に寝かせる。

 よし、準備は整った。

 後はシロクをだきまくらにして寝るだけじゃ。

 ワシはウキウキしてベッドに向かう。

 が、その時じゃ。


 !?


 ミドリコの気配が消えおった。

 どういうことじゃ?

 今はアオイの気配しかないぞ?

 どうしたというのじゃ。

 っと思っておったら早速アオイが転移の指輪を使って帰ってきた。

「主様ぁ!大変ですぅ!ミドリコがぁ!ミドリコがぁ拐われちゃいましたぁ!どうしましょうぅ・・・どうしましょうぅ!」

 慌てふためくアオイ。

 ここまで取り乱すとは・・・

 オロオロしているアオイをワシは抱きしめる。

「落ち着けアオイ。どういうことか順を追って話せ。」

 ワシの腕の中。

 少しして落ち着いてきたアオイはゆっくりことの経緯を話始めた。

「私とぉミドリコはぁ今日もぉいつもとぉ同じルートでぇ散歩してましたぁ。でぇいつも通りぃ適当にぃ襲ってくるぅ魔獣をぉ半殺しにしてはぁミドリコにぃ止めをささせていたんですぅ。ですかぁ・・・急にぃ魔獣のぉ気配が一切ぃ無くなんたんですぅ。そしたらぁ・・・大きな手が出てきましたぁ。」

 言いながら顔を真っ青にするアオイ。

 手じゃと?

 何を言っておるんじゃ?

 そんなものが現れたらワシが感知せん訳なかろう。

 幻術の類いか?

 ワシは疑問を抱いたが、アオイは話を続ける。

「その手はぁあっという間にぃミドリコをぉ掴んだとぉ思ったらぁ一瞬でぇ消えちゃったんですぅ。剣をぉ抜くぅ時間すらぁありませんでしたぁ。私はぁ目の前でぇ連れ去られるぅミドリコをぉ助けられませんでしたぁ。私はぁこの世界でぇ初めてできたぁ友達をぉ助けられませんでしたぁ。私はぁ・・・」

 その場で座り込んで泣き出してしまうアオイ。

 余程目の前で何もできなかった自分が許せなかったのじゃろう。

 今まで見たこともないほど号泣しておる。

 じゃがともかく、ミドリコが連れ去られてしまったという事実を受け止めねば。

 幻術にしろ実体にしろ、ワシの監視をすり抜ける程の何物かがいるのじゃ。

 油断は出来ん。

 もしかすると『裏』の奴かもしれんからな。

 いや、その線が濃厚か。

 もっと情報が欲しいの。

「アオイや。その手に何か特徴はなかったか?例えばどんな種族のものじゃった?」

 泣いておるアオイには申し訳ないが、今は時間が惜しい。

 せめてどんな奴がミドリコを拐ったかだけでもわかれば居場所を突き止められるかもしれんからな。

「確かぁ・・・黒い鱗みたいなのに覆われてましたぁ。爪もぉ尖っててぇ。空間をぉ裂いたように出てきたんですぅ。あの手は大きかったぁぁミドリコのぉ手にもぉ似てましたぁ。」

 アオイは必死に思い出しながらワシに情報を伝える。

 空間を裂いて現れた。

 黒いドラゴンのような手。

 そしてミドリコを何なく捕らえるその力。

 ・・・

 なるほどの。

 やはりそうか。

 となると・・・

「アオイや。ミドリコがどこに連れていかれたかわかったぞ。」

「!!本当ですかぁ!」

 ワシの言葉に希望を見たのじゃろう。

 アオイは顔を輝かせた。

 しかし安心するにはまだ早い。

 場所が場所じゃからのう。

「うむ、ミドリコはこの世界の『裏』に連れていかれたのじゃろう。実はの。この世界には表と裏、2つの世界が存在しているのじゃ。ワシ達がいるこの世界は表。そして三大神の一人、カーリアが統治する世界が裏世界と呼ばれておるのじゃ。おそらく、いや、間違いなくミドリコはその裏世界のドラゴンに拐われたのじゃろう。」

 でなければワシが見逃すはずがない。

 裏世界の、それもカーリアの加護を受けておらん限りワシの目を掻い潜ることは出来んからな。

 つまり・・・

 強敵というわけじゃ。

「主様ぁ、お願いしますぅ。ミドリコをぉ助けてくださいぃ・・・」

 悲痛なアオイの頼み。

 じゃが・・・

 そういうわけにもいかんのじゃ。

「すまんなアオイ。ミドリコを助けに行ってやりたいのは山々なのじゃが、こればかりはワシにも難しいのじゃ。」

 そう。

 ワシは裏世界に行くことは出来ても長時間滞在できんのじゃ。

 ワシがこの世界から離れると均衡の森の結界が解け、魔獣達が人里に押し入ってしまう。

 なので離れることができたとしてもほんの一時間程度じゃ。

 それくらいの時間ならワシがおらんでも何とか結界を維持できるでの。

「そぉ、そんなぁ・・・」

 絶望してしまうアオイ。

 しかし手が無いわけでもない。

 要はワシじゃない誰かを送り込めばよいのじゃ。

「じゃからアオイや。そなたが助けにいくのじゃ。」

 ワシはアオイの肩に手を置き、ジッとその目を見る。

 裏世界は表世界よりも凶悪な魔物が存在する。

 決して簡単にはミドリコを見つけられないじゃろう。

 後はアオイの覚悟次第じゃ。

「・・・行きますぅ。私がぁミドリコをぉ助け出してぇみせますぅ!」

 アオイはガバッと立ち上がり、決意の籠った瞳を見せた。

 うむ。

 よく決心したの。

 ならばワシもその為の準備をするとしよう。

「よし!行ってこい!じゃが勿論一人で行けとは言わん。キチンとパーティーを組んでやるでの。」

 一度家の中に戻ったワシとアオイは直ぐ様キサラムとキロイ、そしてバシルーに連絡をとった。

「お母様、アオイさん。微力ながらお手伝い致します。」

「ミドリコちゃんを助ける為なら喜んで力を貸すよ!」

 そして即座に集結してくれるキサラムとキロイ。

 うむうむ。

 やはりこの二人は愛い娘達じゃのう。

 ワシも母として鼻が高いわい。

 そしてバシルーは・・・

 ・・・

 面倒くさい奴じゃのう。

 ワシは強制的にバシルーを空間移動させた。

「な、何だよ!私は一緒に行くなんて同意してないぞ!上司と同格の神が治めるあんな世界に行きたくない!」

 そう言ってバシルーは逃げようとする。

 やれやれ。

 拘束魔法で捕らえるか。

 っと思っておったが、アオイがバシルーに声をかけた。

「バシルーさんん。お願いしますぅ。力をぉ貸して下さいぃ。今もぉこうしている間にぃミドリコがぁ酷い目にあってるかもぉしれないんですぅ。そう考えるとぉ私ぃ・・・お願いしますぅ!この通りですぅ!」

 アオイは両手両膝を床につけ、頭を下げる。

 所謂土下座というやつじゃ。

 それを見たバシルーは流石に逃げるのをやめる。

 そして罰が悪そうにアオイのその姿を見つめた。

「や、やめてよ。私はただ・・・わ、わかった!わかったよ!一緒に行ってあげるよ!だから頭を上げて!」

 アオイの真剣な気持ちを目の当たりにしたバシルーは覚悟を決めたようじゃ。

 しかしアオイは凄いのう。

 大切なものの為なら自分のプライドを捨てられるんじゃな。

 この姿をミドリコが見たら涙を流すことじゃろう。

「バシルーや、そなたの不安もわかる。じゃが、ワシも全然参加せんわけではないからの。アオイや。これを持て。」

 ワシはアオイに琥珀色の石が組み込まれているネックレスを渡した。

「これはぁ何ですかぁ?」

「これはの、裏世界からワシと一度だけ連絡が取れるマジックアイテムじゃ。そなた達だけではどうしようもないような強敵と出会ったときに使うとよい。少ない時間だけじゃがワシが駆け付けてやるでの。」

 ワシだって直ぐにでもミドリコを助けに行ってやりたいのじゃ。

 このもどかしさがわかるか?

 これが表世界じゃったら簡単に救い出すことができたのにのう。

 今回の件はアオイ達が鍵となるじゃろう。

 じゃからもう少しサービスしてやるかの。

「裏世界では使えない表世界の魔法がある。きっと戦力が激減することじゃろう。じゃからそなた達には新しい装備をくれてやる。特にアオイ。そなたの細剣はおそらく、ミドリコを拐った奴には効かん。なので・・・これをやろう。」

 ワシは異空間収納から槍を取り出しアオイに渡した。

 煌びやかなその槍を受け取ったアオイは顔を輝かせる。

 キサラム達は神々しい物でも見るかのような顔をし、バシルーは驚きのあまり目を見開いていた。

「そ、それって『慈愛神オデッセアズ・スピア』じゃない!クロっち、それあげちゃうの!?」

 この槍が何か分かっているバシルーはワシに驚愕の表情を見せる。

 そうじゃな。

 確かにちょっと与えすぎかもしれん。

 じゃがこれは、この中ではワシとアオイしか使えんのじゃ。

「バシルーの言う通り、これはオデッセアからもらった槍じゃ。使い方は・・・そうじゃな。バシルー、そなたが現地で教えてやれ。」

 ワシは槍の使い方を教える役目をバシルーに丸投げした。

 今は時間が惜しいでの。

「・・・わかったよ。その代わり私にも何か頂戴🖤」

 交換条件を要求してくるバシルー。

 勿論バシルーにも、そしてキサラム達にも装備は渡すつもりじゃ。

「わかったわかった。ではそなた達の装備を一新してやろう。」

 ワシは指をパチンと鳴らす。

 それと同時に変わる各々の装備。

 言っておくがこやつらに与えた装備は全て神話級じゃ。

 他では決して手に入らん。

 値段などつけようもないほどの逸品ばかりじゃ。

「これは・・・素晴らしいですね。この装備があればおそらく魔王すら倒せるかもしれません。」

 全身を紅色の装備に包まれているキサラムは武者震いをしておる。

 そうじゃな。

 おそらくその通りじゃろう。

 付与効果能力が大きいからの。

 今のキサラムには魔王ですら勝てんはずじゃ。

「本当に凄いよ!何か身体が軽い感じがする!」

 キロイは可愛らしい緑色のワンピースに身を包み、肩から下げたショルダーバッグが浮く位のスピードでくるくる回っておる。

 うむ。

 まあ、それは勘違いじゃな。

 キロイは元々能力が高いからの。

 身体能力を強化するような付与効果は装備についておらん。

 付与されているのは範囲的な状態異常無効能力じゃ。

 後は異空間収納機能付きマジックバッグ。 

 この2つだけでもキロイには十分に活躍の場があるはずじゃ。

 後はバシルーの装備なのじゃが・・・

「え!これってクロっちの普段着のサイズと色違いじゃない?え?え?いいの?これって相当ヤバい装備じゃない?」

 驚きすぎてワタワタしておるバシルー。

 まあ、良いも悪いも無いが。

 こやつはワシのこの普段着がどういうものか知っておるからの。

 驚くのも無理はないか。

 詳しくは言えんが・・・

 ワシが言うのも何じゃが、確かにバシルーには身に余るものかもしれんな。

「私はぁいつもの格好のぉままですぅ。」

 アオイが身に付けておるのはこの世界に来たときから着ている服じゃ。

 じゃがアオイにとって、これが一番最強の防具なのじゃ。

 じゃから変えてやったのは中の方。

「そなたにはその服と同等の防御力を持つ下着を着けてやった。これでどんな攻撃を受けようとも以前のように下着だけ消滅するということは無くなるはずじゃ。」

 そう。

 アオイの最強防具はこの世界に来たときに身に付けていた服だけ。

 つまり毎日下着を洗濯していると、その最強の下着を履かない日もあるのじゃ。

 従って最低でも2着以上は下着が必要となる。

 今日履いていたのは普通の下着じゃったからの。

 じゃがやはり下着の替えは多い方がよいじゃろう。

 後もう2着同じ下着を用意して、急遽乾かした最強の下着と一緒にアオイの異空間収納バッグの中に入れておくかの。

 キロイのマジックバッグにも下着類を大量に入れておいたし、裏世界で使える通貨も10年間遊んで暮らせるくらいは入れてある。

 これでミドリコ捜索に余裕ができるじゃろう。

 よし。

 準備は整った。

 後はアオイ達を裏世界に送り出すだけじゃ。

 っと思っておったが、その前に・・・

「アオイや。これも持っておけ。」

 ワシは紫色に輝く宝石をアオイに渡す。

「これは何ですかぁ?」

「それはの、表世界と裏世界の境界を切り裂くことが出来る宝石じゃ。一回使いきりじゃからこちらに帰るとき使うといい。」

 マジマジと宝石を見るアオイ。

 これにはワシの魔力が大量に含まれておる。

 本来は強力な結界を作るのに使うものじゃが、ちょっと弄って時空破壊に使えるようにしたのじゃ。

 これで今度こそ準備完了じゃな。

「では皆のもの、頼んだぞ!必ずやミドリコを救い出すのじゃ!健闘を祈る!」

 激励の言葉をかけた後、ワシは早速魔力で空間に穴をあげる。

「くれぐれも大ケガをせんようにな。もし死んだりしたら・・・絶対に許さんからな!」

 ワシは皆の顔一つ一つを見ながら言った。

 そりゃ心配もするじゃろう?

 ワシの目の届かんところに行くんじゃからな。

 心配で心配で・・・

 ああ、これじゃから人との繋がりは面倒なのじゃ。

 関わりが深くなると、常にその者の身を案じてしまう。

 特に今回は・・・

「主様ぁ、御心配ぃありがとうございますぅ。でもぉ、私達はぁ大丈夫ですよぉ。絶対にぃミドリコをぉ連れてぇ皆ぁ無事に帰ってきますんでぇ。ではぁ行ってまいりますぅ。」

 アオイはワシを安心させようと笑顔でそう言った。

 全くこやつは・・・

 もういい!

 いざとなったら裏世界を滅ぼせばよいだけじゃ!

 この世界に高レベルの魔獣が蔓延るように成っても知らん!

 一年じゃ。

 一年経ってもこやつらが帰ってこんようじゃったらワシは行動に移すぞ!

 土地勘の無い場所に行くのじゃからそれくらいは時間がかかるじゃろう。

 それにミドリコにかけておいた防御魔法が切れるのも大体それくらいの時期じゃ。

 もしミドリコが酷い目にあうようなら・・・

 その時は何を於いても家族を守ることを優先させるからな!


 ワシはそう決意すると、覚悟の顔色を滲ませたアオイ達を裏世界へと送り出した。

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