第3話 心配する魔女


 ・・・


 ・・・


 暗い森に差し込む黄色い朝日。

 ワシは今、庭で椅子に座り空を眺めている。

 アオイ達が裏世界に行ってもう一月になるのう。

 ミドリコの情報を手に入れることはできたじゃろうか。

 ・・・うむ。

 心配じゃのう。

 こちらから得られる向こうの情報は少ない。

 精々アオイ達の生命反応くらいじゃ。

 取り敢えず皆元気そうじゃが・・・

 ちゃんと食べられているじゃろうか。

 まあそれはアオイがいれば大丈夫かの。

 しかしはぐれていなけらばいいが・・・

 フゥ・・・

 いくら考えても仕方無いか。

 今はとにかく無事を祈るしか無いのう。

 何はともあれ・・・

 朝食にするかの。

 ワシは異空間収納から『焼き鮭定食』を取り出した。

 こういうこともあろうかと、ワシはアオイに頼み異空間収納にアオイの出す料理をストックしておったのじゃ。

 1日3食だとすると・・・

 大体半年くらいはもつかの。

 それくらいで帰ってくればよいが・・・

 中々難しいじゃろうのな。

 もう一月二月したら調整して食べるようにしようかのう。

 ワシはそんなことをを考えながら朝食をよく味わって食べた・・・


 ・・・


 ・・・


 さて、今日は何をするかの。

 一先ず魔法を使って洗濯と掃除をして、それから日向ぼっこでもするか。

 ワシは早速取り掛かると、あっという間に洗濯と掃除を終わらせてしまった。

 いかんいかん。

 いつもアオイとミドリコが散歩から帰ってくる前に終わらせておったからの。

 ついついその感覚でやってしもうたわ。

 まあよい。

 昼までダラダラするとしよう。

 ・・・

 ・・・

 暇じゃな。

 この一月そうじゃったが、どうもアオイ達がいることに慣れてしまっているらしい。

 何かが物足りんのじゃ。

 ついついアオイの名前を呼んでしまう時もあるしのう。

 こんな感覚はがいなくなって以来じゃ。

 まあ、それはともかく・・・

 シロクでも呼ぼうかの。

 ワシは空間移動を使って、シロクをワシの前に呼び寄せた。 

「シロクや。黙ったままでもよいから話し相手になってくれんか。」

「・・・はい。」

 久しぶりに聞いたシロクの声。

 気を効かせて人化しておるところがにくいのう。

 こうしてもう一脚用意した椅子に座るシロクを見るのもいいものじゃ。

 ワシは一方的にじゃがシロクに話しかけ、不安を鎮めた。


 ・・・


 いつもなら頷くだけのシロクは、たまに相づちを打つ声を出してワシの会話を聞いてくれた。

 本当に気を使ってくれていることがわかる。

 ワシがアオイ達を心配しておるように、シロクもワシを心配してくれておるのかのう。

 永い付き合いじゃしな。

 何も言わんでもワシの心の機微を察してくれたのじゃろう。

 有り難いことじゃ。

 ワシもシロクが沈んでおるときはそっと側にいてやるとしよう。

 そんなこんなで時間はもうお昼前。

 そろそろ昼食の支度でもしようとしたその最中、突然ワシの伝達魔晶玉が異空間収納の中で反応をする。

 ん?

 誰からじゃ? 

 ワシは異空間収納から伝達魔晶玉を取り出す。

 相手はチャコルからじゃった。

 早速応答するワシ。

「おお、久しぶりじゃな。どうした・・・」

「魔女様!助けてください!ライグリ様が!ライグリ様がーー!」

 珍しく取り乱しておるチャコルの声。

 どうしたというのじゃ?

 まさか・・・

 ライグリの身に何か起こったのか?

「チャコルや、落ち着け。今すぐ行くからの。」

 ワシはシロクを部屋に戻し、直ぐ様チャコルの元へ向かった。


 ・・・


 ・・・


「大丈夫か!何があった!」

 パッとチャコルの前に現れたワシは現状を確認する。

 そこにはオロオロとするチャコルとアワアワしておるルスカ、そして床に倒れているライグリの姿が目に入った。

「ライグリはどうしたのじゃ!何かの攻撃でも受けたのか?」

 顔が床に向いておる為ライグリの表情はわからん。

 一先ず回復魔法をかけてみる。

 じゃが・・・

 反応は無し。

 もしかすると遠隔呪術の類いかもしれんな。

 勿論それも治してやれるのじゃが・・・

 取り敢えず経緯を聞いてみるか。

「チャコルや。説明せい。」

「はい。実は・・・ルスカさんの手料理を食べたら倒れてしまったんです。」

 ・・・

 ・・・

「はぁ?」

 何じゃ?

 ルスカが誤って料理に毒でも入れてしまったのか?

 いや、しかし。

 闇の神の使徒になったライグリに毒は効かんはずじゃが・・・

 もしや、バシルーが裏世界に行ってしまったことでその効果が薄れているのかもしれん。

 じゃがそもそも心優しいルスカがライグリに毒を盛るとも思えんしのう。

 ・・・いや、そうとも言い切れん。

 チャコルと二人きりになりたいが為、一服盛ったのかもしれんの。

 本人に聞いてみるか。

「ルスカどういうことじゃ?」

「は、はい!私、今日は気合いを入れて少し早い昼食を作ったんです。メニューはスネークオンの姿焼きとフェアリービーの密入りスープでした。ライグリ様はそれはもう喜んで食べてくれました。見た目グロテスクなのにあんなにガツガツ食べてくれるなんて・・・凄く嬉しかったです。でも・・・まさかこんなことになるなんて・・・」

 まるでもうライグリが他界してしまったと言わんばかりにシクシクとなきだすルスカ。

 なるほどの・・・

 原因はわかったぞ。

 ライグリは呪いを受けた訳でも毒を盛られた訳でもない。

 バフ状態なのじゃ。

 しかも過剰なほどにの。

 ライグリのレベルではそれを受け止めきれんかったのじゃろう。

 身体がオーバーヒートを起こしておるのじゃ。

 この状態を回復させるには・・・

 逆の魔法をかければよい。

 つまりデバフの魔法じゃ。

 ワシはライグリに滋養強壮を収める魔法をかける。

 しかし全部は取り除かん。

 ちと考えがあるでの。

「・・・あれ?私、何で・・・あら、クロアさん。お久しぶりですわ。今日はどうなさって?」

 自分の身に何が起きていたのかわかっていないライグリ。

 そして程なくして自分の身体の変化に気付く。

「あら?私何だか身体が火照って・・・ルスカさん・・・私といいことしません?🖤」

 色っぽい声を出し、ルスカを誘惑するライグリ。

 そしてドン引きするルスカ。

 こりゃいかんな。

 早速こやつを完全に直さんかった理由を話さねば。

「ライグリや。そなたはその料理を食ろうてバフ状態にあるのじゃ。ちと過剰摂取で気を失ってしもうたが、ワシが6割程抜いておいたからの。安心せい。そして残しておいた4割の効果を使ってそなたを強くしてやる。このままダンジョンにいくぞ。」

 ワシがザッとそういうとライグリはポカンとした顔を見せる。

 ルスカもチャコルもワシが何を言っているのか理解が追い付いていないようじゃ。

 じゃが折角バフがかかっておるのじゃ。

 これを利用しない手はないじゃろう。

「ちょっ、ちょっとお待ちになって!私のレベルでダンジョンは自殺行為ですわ!チャコルも止めなさい!」

 空間移動を使おうと思ったワシから距離をとり、ライグリはごねてしまう。

 フゥ・・・

 本人がこの調子では連れていっても無駄か。

 少し諦めの色を見せたワシじゃったが、意外にもライグリ以外の二人は乗り気じゃった。

「ライグリ様、行きましょう。これは今後の為のことなのです。」

「そうですよ!私も一緒にダンジョンに行きますから。二人で強くなりましょう。」

 チャコルもルスカもよくわかっておるではないか。

 今後もこの森で生活するには今よりもっと強くならなければならん。

 何年かかるかわからんが、素のレベルで魔王と同じくらいにはなってもらわんとの。

 流石のライグリも二人にここまで背中を押されたら行くほかあるまい。

「わ、わかりましたわよ!この昂った気持ちをルスカさんではなくダンジョンで発散させますわよ!」

 観念したライグリと更にドン引きするルスカ。

 ライグリめ。

 アオイとバシルーの悪いところが似てきおったな。

 まあよい。

 取り敢えずダンジョンに向かうか。

 ワシは3人を連れてヒルウゴク帝国に近いダンジョンに転移した。


 ・・・


 ・・・


 ダンジョンの入口に現れたワシ達は早速中に入ろうとする。

 しかし後ろから何やら見知った気配を感じた。

 ん?

 この気配は・・・

「あっ、魔女様。お久しぶりです。」

 草むらから現れたココン達。

 どうやらこやつらもダンジョンに入るつもりじゃったらしい。

「おお、久しいな。皆息災じゃったか?」

 相変わらず愛らしい獣人達。

 顔色も良さそうじゃしベストコンディションじゃということがわかる。

「はい。魔女様のお陰で皆幸せに暮らしております。でもこれから何があるかわかりませんし、レベル上げはしておきたくて3日に一度はこうしてダンジョンに来ているんです。」

 自分達の状況と、ここに来た理由を説明するココン。

 おお、そうじゃったか。

 わかっておるではないか。

 ライグリ達とココン達には訳あって『均衡の森の魔女の加護』を付与しておらんからのう。

 森の魔獣達がこやつらを襲いかねん。

 定期的に魔獣避けの魔法はかけてやっているが万が一ということもある。

 自身のレベルを上げておくに越したことはないじゃろう。

 それに努力しているのはステータスを見てもわかるからのう。

 ココン達のレベルは今、70に達しようとしておる。

「うむ、ではワシ達と一緒に来るといい。この3人の、特にライグリとルスカのレベル上げに付き合ってくれんか。」

「勿論です!是非ご一緒させてください。魔女様にあたし達の努力の成果を見て頂きたいです。」

 ニパッと弾ける笑顔でワシの手を取るココン。

 愛い奴め。

 ・・・そういえばアオイもたまに、こういう無邪気な笑顔を見せてくれたな。

 ・・・うむ。

 ワシも大概アオイに依存しておるらしい。

 まあ実際には煩わしいことの方が多いのじゃがの。

 今は一先ずこやつらのレベル上げに集中せんとな。

「どれ、では入るぞ。ついて参れ。」

 ワシは8人を引き連れ、ダンジョンに入っていく。


 ・・・


 ・・・


 12階層までたどり着いたワシ達。

 道中はチャコルの指導の下、ココン達とルスカは着実にレベルを上げていた。

 じゃがライグリが・・・

 逃げ惑うばかりでいっさいレベルが上がらん。

 全く・・・

 もうバフ状態が切れかかっておるぞ。

 ・・・仕方無いのう。

 このままでは埒があかんから強制的にレベルを上げさせるか。

「ライグリや。そなた『天衣無鎧』を纏って下に魔力波を放て。」

「えぇ~、何故私がそんなことを・・・わかりましたわ。やりますよ!やればいいんでしょ!」

 渋りそうになるライグリをワシが睨むと、仕方無くといったように天衣無鎧を纏った。

 そして下に手を広げ、魔力波を放つ。


 ドゴーーン!


 凄まじい炸裂音とともに地面に穴が開き、おそらく最下層辺りまで魔力波が届く。

「あ、とっと・・・」

 空いた穴に落ちそうになるところをチャコルに助けられ、ライグリはそのまま地面に座り込んだ。

「これでよろしいんですの?」

「うむ。上出来じゃ。ステータスを確認してみい。」

 ワシに言われてステータスを確認するライグリ。

 そして驚きの声を上げる。

「何ですのこれ!レベルが80を越えてますわよ?ステータスの不具合なのかしら。」

「いや、それは間違いなくそなたのレベルじゃ。今の魔力波で、たまたまおった運の無いモンスターや最下層のダンジョンボスまでも倒してしまったからのう。」

 そう、この低レベルなダンジョンであったとしても、小物やボスもまとめて倒せばこれくらいのレベルは挙がって当然じゃ。

 まあレベルが上がれば上がるほど次のレベルまでに獲得しなければいけない経験値が増えるため、これ以上はこのダンジョンでは役不足になるじゃろう。

 チャコルを見てみればわかる。

 レベル100を優に越えておるこやつはこのダンジョンで1もレベルが上がっておらん。

 次はもっと高レベルのダンジョンに行かなければな。

「おめでとうございますライグリさん!あっという間にレベルが追い抜かれことは悔しいですが、ライグリさんの力は凄いと思います。尊敬しちゃいます。あたし達ももっと頑張らなくちゃ!」

 ここに来るまで散々醜態を晒していたライグリに憧れの視線を送るココン達。

 しかし流石のライグリも心苦しいらしい。

「い、今のは反則紛いのものですわ。私もあなた達に倣って、ちゃんとレベル上げをすることに致します。」

 ココン達の純粋な心に触れたライグリは考えを改めた。

 そうじゃな。

 能力に溺れるのではなく、謙虚になれるところがこやつの良さじゃ。

 これからもちょこちょこ色んなダンジョンに連れていってやるとするかの。

 ・・・アオイやミドリコも、もっとレベルを上げさせてやるべきじゃったな。

 いつ何が起こるかわからん。

 こうして後で後悔するよりも、その時出来ることをその時してやるべきじゃったのじゃろう。

 ミドリコのレベルが高ければ裏世界のドラゴン何ぞに後れは取らんかったはずじゃ。

 ・・・フゥ。

 後悔は先に立たんもんじゃな。

 もうこんな心配をしなくてもいいよう、ライグリ達やココン達をしっかり鍛えてやらんとの。

 何せ・・・

 ワシは全能では無いのじゃから・・・

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