第21話 戦失の魔王
「ライグリや、後はそなた達にこの場を任せよう。ワシとアオイとミドリコは別の戦場の後片付けをしに行くでの。」
一先ず高みの見物を終了し、アオイ達に合流したワシ。
あらかた終息したし、こっち側はまあもうよいじゃろう。
今はバシルー達のことが気になるでの。
『世界眼』で見た限りではまだ魔王が表に出てきておらん。
まさか・・・
寝ておるのか?
「わかりましたわ。私に任せなさい。おーほっほっ、痛い!」
調子にのって高笑いを決め込もうとしたライグリの頭をチャコルはポカッと殴った。
本当にこやつらの主従関係はどうなっておるのかのう。
いや、最早ライグリも貴族ではないからな。
主従も何もないのじゃ。
これからは姉と妹のような関係に落ち着きそうじゃの。
「いってらっしゃいませ魔女様。後はお任せを。」
頭を下げ、ワシを送り出すチャコル。
ルスカもそれに習って頭を下げた。
うむうむ。
礼儀が正しくて好感が持てるのう。
ライグリも元の性格ならキチンとしておったことじゃろうに。
まあそれはさておき・・・
「うむ。ではアオイ、ミドリコ。行くぞ。」
「はいぃ!」
「ピィ!」
ワシは二人を連れ、空間移動でアサワハヤイ王国の北西に向かった。
・・・
・・・
「これはぁ、凄いですねぇ。」
キロイがやったと思われる広範囲の地面の抉れを見て、アオイは感心したように言う。
そうじゃな。
さすがは攻撃力3000といったところか。
魔族の軍勢程度では太刀打ち出来んかったことじゃろう。
力尽きた兵共があちこちに倒れておるわ。
勝負は決しておるようじゃな。
そして、そんな終息した戦場を見ていたワシ達の元に、キサラム達は手を振って近付いてきた。
ふむ。
心配しておったキロイは元気そうじゃな。
笑顔を見せ、真っ先に抱きついてきたぞ。
多くの兵を屠ったのじゃ。
思うところもあるじゃろうに・・・
本当に強い子じゃ。
「お母様。こちらは大体片付きました。軍を先導していた者もこの通りです。」
そう言って捕らえた魔族勇者をワシに見せるキサラム。
魔法の縄でぐるぐる巻きのそやつは意識がハッキリしているようで、無礼にもワシを睨んでおるわ。
生意気じゃのう。
少し懲らしめてやろうか。
じゃが・・・
「こら!そんな態度をお母様にとるんじゃない!」
キサラムは魔族勇者の頭をゴツンと殴る。
暴力的じゃのう。
まあこの場合魔族勇者の方が悪いのじゃから仕方ないか。
そこに今度はバシルーが不審な表情でやってが来た。
「戦失の魔王がいたらこうは簡単にいかなかったんだけどね。あの馬車から一向に出てこないんだ。どういうつもりなんだろ。」
頭に疑問符をつけながら首を捻るバシルー。
もしやと思ったが・・・
ワシは皆を引き連れ馬車まで行き、そしてその扉を開いた。
そこにいたのは・・・
「えぇ~、まさかぁ、この子がぁ魔王なんですかぁ?それにぃ、何かぁ寝てますねぇ。」
戦失の魔王の容姿と態度を見て驚くアオイ。
そうじゃよな。初めてロウカーを見たものならばそうなるじゃろう。
容姿を知っておるバシルーはさておき、キサラムとキロイも驚いておる。
まあそうは言っても、見た目幼子じゃからといって今回の件を有耶無耶にするつもりはない。
ワシは少しだけ魔力を解放しロウカーを起こした。
そして横たわるロウカーを見下ろし、威圧の籠った言葉を放つ。
「覚悟は出来ておろうな。ロウカー。」
その声を聞いて、漸くワシの顔を見るロウカー。
しかし恐怖ですくんでいる様子はない。
寧ろ嬉しいような表情をしておる。
「ん~?な~に~?・・・あれ~?姉ちゃ~?これって夢~?いい夢だな~・・・」
そう言って二度寝しようとするロウカー。
「これ、寝るでない!」
どんだけ眠いんじゃ!
もう一度魔力の圧をかける。
すると、ロウカーはやっと上半身を起こした。
「ん~?あれ~、ここどこ~?」
辺りをキョロキョロ見回した後、ロウカーは再びぼーっとし始める。
ん?
まさか・・・
「まっ、いっか~。もう一眠りしよ~。」
予想通り、起こした身体を再び倒し早々と寝息をたてるロウカー。
相変わらずマイペースじゃの。
「これこれ。じゃから寝るでない。」
ワシは仕方無くロウカーの体を支え、キチンと座席に座らせた。
全く世話が焼けるのう。
中々話が進まん。
じゃが、これで今度こそ先に進めるじゃろう。
ワシは事の真相をロウカーに尋ねた。
「ロウカーや。そなたが戦争を起こそうと思ったわけではないのか?」
何となくじゃが答えがわかっている質問をロウカーにするワシ。
そして返ってきたのは、やはり案の定の答えじゃった。
「ん~?戦争~?何~それ~?僕はその子が人族の国に遊びに行きたいから一緒に来てくれって言われただけだよ~。でも~、僕眠かったから~、馬車に乗せて勝手に運んでねって言ったんだ~。で~、起きたら今~。」
眠い目を擦りながらフワフワと話すロウカー。
ハァ・・・
やはりそういうことか。
こやつが自ら争いを起こすなど考えられんかったから、これで納得がいったぞ。
しかし自分の部下に乗せられるなぞ魔王としてあってはならんことじゃ。
あまり怒りたくはないが、その辺は説教せねばならんの。
じゃが・・・
そうならんようにこやつには側近がついておったはずじゃが・・・
何かあったのか?
「ロウカーや。そなたの側近はどうしたのじゃ?姿が見えんようじゃが。」
ワシの言葉を聞いて、ロウカーは思い出すような表情を現す。
どうやら近くにいるのが当たり前すぎて忘れておったようじゃ。
「あれ~。本当だ~。お~い、シャジャー?」
辺りをキョロキョロ見回すロウカー。
しかしどこにもシャジャーの姿はない。
その様子を見て、魔族勇者は低く笑った。
「クックックッ・・・あの娘なら俺の罠にはまって今頃あの世に行ってることだろうよ。ざまあないな。ハハハハハー!」
捕らわれているのにも拘わらず、調子にのって高笑いをする魔族勇者。
こやつ、自分の立場がわかっておるのか?
早く殺してほしいのかのう。
それに・・・
そんなことをしてロウカーが黙っているとでも?
ピリッ
一気に場の空気が変わった。
変えたのは・・・
勿論ロウカーじゃ。
「ねえ・・・シャジャーに何をしたの?」
先程の眠気眼はどこへやら。
目を見開き、魔族勇者を凝視しておる。
こうも雰囲気が変わるとはの。
ロウカーが怒ったのを見るのは700年振りくらいじゃ。
流石のその圧に、魔族勇者は口を開くしか無かったが・・・
「あの娘なら・・・俺の・・・部下達と一緒に・・・ダンジョンに・・・何だこれ・・・力が・・・」
両膝を地面に付け、脱力していく魔族勇者。
こやつはロウカーのことを甘く見すぎじゃ。
ロウカーは四大魔王の一角じゃぞ?
レベルは1400を越えておるし、他の魔王にはないスキルも持っておるのじゃ。
そのスキルの名前は『虚脱』。
相手の力と体力を極端に下げる反則スキルじゃ。
有効範囲は魔力次第で任意に決められる為、その気になれば一個軍隊を無力かさせることができる。
自分より格上や同等の相手には効き目が薄いというデメリットはあるが、それでもロウカーのレベルなら四大魔王以下の生物に対して効果はテキメンじゃろう。
見てみい。
この場にいるワシとアオイとキロイ、そしてバシルー以外の奴等は皆『虚脱』の効果を喰らっておる。
キサラムは何とか耐えておるようじゃがステータスの数値は3分の2程に下がっておるわ。
「ふ~ん。で?そんなことして、これから自分がどうなるかわかってるよね?」
スキルに加え、同時に魔力の圧を魔族勇者に叩き込むロウカー。
これは効くじゃろうな。
触れてはならん虎の尾を踏んだのじゃ。
戦失の魔王のことをしっかり知っている魔族なら、こんなことは決してしないじゃろう。
年月が流れ、今の若いもんには周知されておらんようじゃな。
「お、俺は・・・勇者・・・なんだぞ・・・勇者は・・・魔王より・・・強くなるんじゃ・・・」
最早立ち上がることすら出来ない魔族勇者。
こやつは本当に何もかもわかっておらんようじゃな。
ロウカーも呆れておるわ。
「何を勘違いしてるかわかんないけど、魔王も勇者もただの職業だからね。特別なスキルは手に入るけど、ステータスは努力次第じゃないと伸びないよ?特に君はまだレベル300にも満たないじゃない。そんな君が、本当に僕と渡り合えるとでも?」
地面に顔を付けている魔族勇者を冷たい目で見下ろすロウカー。
まるで床に落ちているゴミを見ているようじゃ。
「く・・・そ・・・こんな・・・はずじゃ・・・た・・・助けて・・・」
自分の浅慮に今さら気付いたのか、恐怖で顔を歪ませ命乞いをする魔族勇者。
もう喋ることもままならん状態じゃ。
にしても・・・
こんなことをしておいて許してもらえると思っておるのか?
図々しいにも程がある。
このまま威殺してもよいのじゃが・・・
そうじゃな。
その前にあやつを連れてくるか。
「ロウカーや、まあ待て。こやつの処分はもう1人にも決めてもらおうではないか。」
ワシは瞬時に空間移動を使いある場所まで行くとそこで一人の女を捕まえ、そして再び元の位置に戻ってきた。
連れてきたのは・・・
「ロウカー様!ご無事ですか!」
そう、ロウカーの側近シャジャーじゃ。
ロウカーの元へ来ようとしていたのじゃろう。
レベル520程度なのに、あの森の中をさまよっていたのじゃ。
もう少し遅かったら魔獣とハチ会わせておったかもしれん。
その前に連れてこられて良かったわい。
じゃが、自分の身を顧みないほどにロウカーのことが心配じゃったのじゃろう。
よい忠義心じゃ。
「シャジャー。無事だったんだね。」
安堵の表情を見せるロウカー。
こやつも余程シャジャーを信頼しておるようじゃ。
目の端に涙を浮かべておるぞ。
「はい。あなた様が欲しがっていた『安眠の護符』が炎魔の洞窟にあるという偽情報を掴まされてしまい、罠に嵌められましたが私は大丈夫です。護衛と称して付いてきた者達は全員返り討ちにしましたので。一番の困難は均衡の森を抜けることでしたが・・・それもクロア様のスキルのお陰でこうしてあなた様のところまで来ることが出来ました。本当に・・・ご無事で何よりです。」
ロウカーの前で膝をつき、その両手に自分の手を重ねて主の無事に涙するシャジャー。
うむうむ。
美しい主従関係じゃ。
連れてきた甲斐があったというものじゃな。
「姉ちゃ・・・ありがと。」
側近の無事がワシによるものじゃと知ったロウカーは、感謝の言葉を言う。
別に礼を言われる程のことをしたわけではないぞ?
じゃが、素直にそう言うということは余程シャジャーのことが大切じゃということじゃな。
お互いがお互いを大切に思っておる。
実に素晴らしい。
ワシは感動したぞ。
・・・
じゃというのに・・・
この二人の関係を壊そうなどとは。
魔族勇者、決して許すことは出来んな。
「さて・・・どうする?こやつをこの場で処刑するか?国に帰って処刑するか?相手国で処刑させるか?」
「処刑は決まりなんだね。」
ワシの選択に呆れるバシルー。
何じゃ?
これ以外の選択肢があるとでもいうのか?
「まあここは私に任せなよ。」
そう言ってバシルーはツカツカと魔族勇者の前まで行くとしゃがみこみ、その頭に手を乗せる。
そして上級闇魔法を魔族勇者に喰らわせた。
「ダークマインドブレイク。」
パァン!
空気の破裂したような音が辺りに響く。
それと同時に白目を向く魔族勇者。
バシルーは魔族勇者の精神と思考能力を破壊したのじゃ。
しかも威力からして完全に、修復できないほどに粉々にしたようじゃな。
つまり生きていても死んでいるようなものじゃ。
これは単純に処刑されるよりもきついぞ?
「これでよし!後はこのまま森の魔獣に食わせるもよし。どこかの地下牢で転がしておいてもよし。ただ単に死なせるよりはまだ温情があるでしょ?」
あるか!
どちらにしても地獄ではないか!
しかしロウカーはこの状況に感謝しておるようじゃ。
「ありがと~。じゃ~、うちの城の地下牢に移して欲しいな~。後でどうするか決めるから~。」
「そうですね。たっぷり時間をかけて罪を償ってもらいましょう。」
「オッケー。じゃあ送っておくね。クロっち、お願い。」
何だかんだでワシを頼ってくるバシルー。
仕方無いのう。
このまま転がしておくわけにもいかんからな。
今回は素直に頼みを聞いてやるか。
ワシは空間移動で魔族勇者をロウカーの城の地下牢に飛ばした。
ふむ。
あの魔族勇者、そのまま忘れられなければよいのじゃがのう。
ロウカーのことじゃ。
地下牢のことなど忘れて惰眠を貪るかもしれんからの。
そうなれば餓死は必死じゃろうな。
・・・
まああの男はそれだけのことをしたからの。
これくらいのことはされても仕方無い。
しかし・・・
自分が慈悲深い女だと思い込んで、自慢げな態度をとっておるバシルーには腹が立つの。
・・・
まあそれはよい。
それよりロウカーに一言言っておかねばな。
「ロウカーや、今回はそなたの怠惰にも原因があるぞ?これからはもう少し改めよ。」
本当にそれに尽きると思うぞ?
端からあんな奴に舐められなければ済んだのじゃからな。
もう少し威厳を持ってもらいたいものじゃ。
「わかったよ~。努力はするから~。」
気の抜けた返事をするロウカー。
本当にわかっておるのかの。
じゃが今回のことで多少の変化はあるじゃろう。
それにこやつが急にやる気を出して変わられても、それはそれで心配じゃからの。
「シャジャーや。これからもロウカーを頼むぞ。そうじゃ、これをやろう。」
ワシは異空間収納からあるマジックアイテムを取り出した。
そしてそれをシャジャーに渡す。
「これは・・・『安眠の護符』。」
そう、それはロウカーが欲しがっていたというマジックアイテムじゃ
しかしこれはロウカーに渡しはしない。
これはシャジャーの物じゃ。
何故なら・・・
今安眠が必要なのはシャジャーの方じゃからじゃ。
そして、ロウカーが欲しがっていた理由もシャジャーに渡すつもりじゃったのじゃろう。
日頃の感謝の気持ちとして。
よい主になったのう。
ロウカーとシャジャー。
この二人は本当によいコンビじゃ。
まあそれはそれとして・・・
「そなたには以前『精錬の魔玉』をやったからの。戦闘面では十分じゃろう。じゃからこれからはしっかりと休養をとって、ロウカーの為に尽くしてやってくれ。」
休むことは大切じゃ。
特にシャジャーはこのロウカーの面倒を見ておるのじゃからな。
つまり実質、シャジャーが国を回しておると言っても過言ではない。
なのでこやつにはちゃんと休養をとってもらいたいのじゃ。
「畏まりました。『安眠の護符』、有り難く頂戴致します。私のこの命はロウカー様と・・・主人であるあなた様の為に・・・」
ワシに向かって丁寧に頭を下げるシャジャー。
後ろにいるアオイのこめかみがぴくりと動いたのがわかる。
何じゃ?
対抗意識か?
うむ。
じゃが侍女力だけでいえば、今のアオイではシャジャーに勝つことは叶わんぞ?
というのもな。
実はシャジャー。
昔ワシが魔族領に家を持っていたときに仕えていた侍女なのじゃ。
基本的には森に住んでおったワシにとって、あの家は年に数回訪れるだけの別荘みたいなもんじゃったからの。
シャジャーに管理を任せておったのじゃ。
そのうち殆ど行くことは無くなり、有能な侍女であるシャジャーを遊ばせておくことが勿体無いと思ってロウカーの側近にさせたのじゃ。
その時に渡したのが『精錬の魔玉』というマジックアイテム。
これは・・・
まあ説明はよいか。
要するに魔力で自分にあった武器を生み出すと言うものじゃからな。
それ以上の詳しい説明はいらんじゃろ。
「これ、もうそなたはワシの侍女ではなかろう。もう少し気楽に生きよ。」
未だにワシに対して恩を感じておるようじゃが、もうこやつはロウカーの側近なのじゃ。
礼はロウカーに尽くしてもらいたいものじゃの。
「はい・・・しかし・・・私の心は、いつまでもあなた様をお慕いし続けます。ご容赦を・・・」
そう言うとシャジャーはロウカーに向き直り優しく手を引いた。
「さあ、国に戻りましょう。ロウカー様が近くにいないと均衡の森を抜けられませんので。」
「うん~。一緒に帰ろ~。」
ロウカーはニパッと笑いシャジャーと一緒に歩き出した。
そう、ロウカーのあのスキルならばワシの森を通ることができるのじゃ。
恐らくそれが狙いで魔族勇者はロウカーを引っ張り出したのじゃろう。
そしてか弱い人族の国を滅ぼし、そこに自分の国を作る気でいたのじゃ。
何という浅はかで傲慢な考えじゃ。
遠ざかっていくロウカーとシャジャーの後ろ姿を見て、ワシは他人の欲に振り回される被害者達の心情について考えるのじゃった。
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