第20話 決着の一撃


 ライグリを守るような陣形を組み、帝国軍本陣に近付いていくアオイ達。

 このまま行けば後数分で到着するじゃろう。

 ココン達も存分に働いておるしの。

 安心安心じゃ。

 しかし問題なのはライグリ達が辿り着いた後じゃ。

 どう落としどころを見つけるか。

 王子を始末してしまえば簡単じゃが、ライグリの言うように何も関係ない帝国の民達が混乱する恐れがある。

 じゃから王子は傀儡にするのが一番なのじゃ。

 本陣を無力化し、ココン達を送り込む。

 そうすれば事は終いなのじゃが、そう簡単にもいくまい。

 ライグリが無茶をせんといいのじゃが・・・

 さて、もうそろそろ本陣の着くな。

 アオイが最後の防衛陣を吹き飛ばしたからの。

「やあやあぁ~大将のぉ首はぁどこだぁ!討ち取ってくれるぅ!」

 声高らかに大将首を狙う宣言をするアオイ。

 はぁ・・・

 何をやっておるんじゃあやつは。

 気分が高揚しすぎて目的を忘れておるぞ。

 ほれ見ろ。

 傲慢が鎧を纏っておるような男が前に出てきたぞ。

「俺がこの軍隊の大将、カクワルだ!貴様は誰だ!」

 如何にも権力者であることを前面に押し出した30代そこそこの男。

 これは・・・

 アオイの大嫌いなタイプじゃな。

「私はぁあなたにぃ地獄を見せる者ですぅ。」

 もうさもそれが確定事項かのように話すアオイ。

「何を!地獄を見るのはお前だ!

「いいえぇ、あなたですぅ。」

「違う!お前だ!」

「いいえぇ、あなたですぅ。」

「お前だ!」

「いいえぇ・・・」

 何度も続く不毛な口喧嘩。

 これにはライグリ達もアオイの後ろで必死に笑いを堪えておるわ。

 そして一頻り口争が済むと、カクワルはチラッとライグリの方を見た。

「・・・チッ、ライグリもいるのか。相変わらず忌々しい奴だ。そこの侍女も・・・見覚えがあるぞ。元Aランク冒険者だな。貴様がライグリを守っているせいで暗殺に何度も失敗してしまった・・・どっちも本当に忌々しいな!」

 心底嫌そうな顔で、ライグリとチャコルを睨み付けるカクワル。

 フゥ・・・

 何故にここまでライグリを嫌うのはわからんが、よもや暗殺まで考えていたとはな。

 そしてそれを妨害していたのがチャコルか。

 うむ。

 やるではないか。

 こやつは侍女の鏡じゃな。

 それでこそワシの森に住まわせてやるだけの価値があるというものじゃ。

 愚王子ごときに蔑まれる謂れはないの。 

 暫くライグリとチャコルに怒りのこもった視線を飛ばしておったカクワルじゃったが、ここで視線をルスカに変えた。

 先程までの表情とは全然違うぞ?

「ルスカ・・・俺のところに来い。何不自由ない暮らしを約束してやる。絶対に幸せにしてやるから。なっ、ほら、こっちに来い。」

 カクワルはニヤついた顔見せ、ルスカに手を伸ばす。

 その行為に気持ち悪さを感じたのか。

 ルスカは身震いをした後、手や腕で身体を隠すような素振りを見せる。

「お断りです!誰があなたのところになんか・・・私を散々付け回して・・・襲おうとして・・・あなたのような女性の敵は絶対に許せません!」

 カクワルをキッと睨み、嫌悪の感情をぶつけるルスカ。

 ああ、それは嫌われるわな。

 女心がわかっていない以前の問題じゃぞ。

 ワシもこの男は嫌いじゃ。

「ルスカさん・・・あなたもしかして・・・」

 ライグリはルスカの顔を心配そうに覗き込む。

 何を言いたいのかわかるぞ。

 おそらく貞操のことじゃろう?

 カクワルが襲おうとしていたと言っていたからな。

 もし何かあったのなら、どれだけルスカの心と身体は傷付いたのか。

 ライグリには想像もできんじゃろう。

 好いた女のことなら尚更じゃな。 

 そんなライグリの表情を見て、何を聞きたがっているのか、ルスカも気付いたらしい。

「大丈夫です。勿論返り討ちにしたので。でも・・・怖かったです。物凄く・・・そのせいで男の人が苦手になりました。この人が・・・この男が私にトラウマを植え付けたのです。」

 その時のことを思い出してしまったのか。

 恐怖の混じった視線を地面に落とし、苦しそうな顔をするルスカ。

 貞操は無事だったが、心には傷を作ってしまったようじゃの。

 乙女の心にこんな不愉快な傷をつけるとは・・・

 絶対に許せんな。

「ルスカさん・・・」

 ライグリはそんなルスカを心配そうに見つめる。

 想いを寄せている相手の苦しそうな表情。

 見ているだけで心が締め付けられる思いなのじゃろう。

 ライグリはギロッとカクワルを睨んだ。

 絶対に許さないといった決意がその瞳には込められておる。

 そして・・・

 その意を汲んだのはアオイじゃった。

「じゃあぁ、殺っちゃいますぅ。この男のぉ手足を引きちぎりますのでぇ、ルスカさんはぁ止めをぉさしちゃってくださいぃ。」

 さらっと残酷なことを提案するアオイ。

 いや、じゃから殺してはいかんのじゃよ。

 敢えて生かして帝国に返さなくてはならん。

 勿論傀儡にした後じゃがな。

「ハハハハッ!笑わせるなよ?たかだか雑兵を倒してきたくらいでもう勝った気が?我が帝国にはな、あの世界最強と唱われる『聖鎧の三騎士』がいるのだ。貴様らなんぞものの数ではないわ。」

 絶対的な自信を持ち、得意気な顔を披露するカクワル。

 そして紹介されて出てくるフルアーマーの騎士三人。

 物々しい鎧姿からか、多少なりとも威圧感があるの。

 が・・・

 おいおい。

 この程度で世界最強と言われているのか?

 帝国は余程の人手不足らしいの。

 こんなやつら、ワシの森にいる最低レベルの魔獣にすら勝てんぞ?

 というか個々のレベルで言えばチャコルの方が上じゃ。

 帝国の言う世界最強の基準が低すぎて話にならんな。

 勿論そんなことは全く何もわからないカクワル。

 態度は依然大きいままだ。

「さあ、どうする?大人しく投降するばライグリ以外の命だけは助けてやるぞ?逆らえば・・・」

「冗談は顔だけにしなさい!」

 カクワルのふざけた提案に異議を唱えるチャコル。

 どうやら相当怒っているらしいの。

 今までにない怒りに満ちた表情をしておる。

 それにしても・・・

 冗談は顔だけにって・・・

 思わず笑いそうになってしまったぞ。

 確かにそやつは奇抜な眉毛と髭を携えておるからの。

 しかもあれは完全に自分でそうなるように手入れしておる。

 その工程を考えるだけで笑えるわ。

「どうあってもライグリ様のお命を奪おうというその考え・・・粛正させていただきます。」

 剣を構えるチャコル。

 正直今のチャコルではこの三人相手にギリギリ勝てるかどうかじゃ。

 いや、一歩間違えば負けてしまうかもしれん。

 ここはアオイの手も借りた方がよいじゃろう。

「チャコルさんん。私もぉお手伝いぃしますよぉ。前のぉ鎧共はぁ任せて下さいぃ。」

 ワシが指示を出す前にアオイは意気揚々と剣を構え、チャコルの隣に立つ。

 うむ。

 主人の気持ちを先読み出来るようになったか。

 徐々にワシの理想の侍女像近付いてきたの。

 よい兆候じゃ。

 しかし・・・

 ワシとアオイの気持ちとは裏腹に、チャコルはどうやら一人で倒したいらしい。

「いいえアオイさん。私がやります。私がやらないといけないのです。だから・・・」


 ドン!!


 チャコルが言い終える前に、魔力による大きな音が響き『聖鎧の三騎士』は無惨にも跡形も残さず消滅した。

 やったのは・・・

 『天衣無鎧』を一瞬だけ纏ったライグリじゃ。

「なっ!まさか!冗談だろ!」

 突然姿を消してしまった切り札を目の当たりにして動揺を隠せないカクワル。

 まあ世界最強と唱っておった訳じゃしな。

 まさか見せ場もなく、一瞬で葬り去られるとは思ってもいなかったじゃろう。

「チャコル。下がりなさい。この男に言いたいことがあります。」

 ライグリはチャコルの横を通り、カクワルの前に進んだ。

「な、なんだよ。」

 三騎士を消したのが誰だかわかっているカクワルは、得たいの知れない何かを見るような目でライグリを見つめた。

「あなたのような男に王の資質はありません。今すぐ継承権を放棄しなさい。」

 冷淡な瞳でカクワルを見据え、キッパリと言い放つライグリ。

 無論、傲慢な王子であるカクワルは、自分を否定するこの発言によって頭に血が上ったようじゃ。

「ふ、ふざけるな!何でお前なんかに・・・」

 そこまで言いかけて、目線をルスカに移すカクワル。

 そして・・・

「ルスカ!わかっているのか!戻ってこなければお前の育った孤児院を潰してやるぞ!」

 脅し文句でルスカを脅迫した。

 全くどうしようもない奴じゃな。

 もうどうあっても勝てないことはわかっておるじゃろうに。

 いや、わかっていないのか?

 だとしたら哀れじゃな。

 身の程を知らんとはまさにこの事。

 ルスカもため息をついて呆れておるわ。

「本当に最低な方ですね。それに・・・わかっていないのはそちらでしょう。帝国はあの孤児院には手を出せないはずです。何故なら・・・あの孤児院にはレベル300越えの院長がいますから。孤児院に手を出すことはすなわち、帝国の滅亡を意味します。・・・本当にあなたは色々と間違ってますね。ハッキリ言います。嫌いです。」

 何も理解してない愚王子を、言葉でスッパリ切り捨てるルスカ。

 そしてハッキリ嫌いと言われて愕然とした表情を見せるカクワル。

 いい気味じゃな。

 ・・・ 

 ちょっと待て。

 帝国にレベル300越えの奴がおるのじゃろう?

 じゃったら先程の三騎士は何じゃったんじゃ。

 帝国の中であっても、全然最強でも何でもないではないか。

 過ぎた評判は身を滅ぼすとはよくいったものじゃの。

 これこそまさに誇大広告というものじゃ。

「くっ・・・くそ!くそ!!もうこうなったら出し惜しみはしねえぞ!精鋭部隊!この者共を始末しろ!」

 更に後ろに控えていたのは、以前帝国の城で見かけた精鋭部隊じゃった。

 ふむ。

 まあ大した部隊ではないが、ライグリ、ルスカ、チャコルにとっては脅威かもしれんな。

 アオイを同行させてよかったの。

 しかしアオイの手を煩わせることはなかった。

 何故なら・・・凄まじい魔力の一閃が西がら東へ通りすぎ、精鋭部隊を薙ぎ払ったからじゃ。

 これにはその場にいる皆、驚愕しておる。

「・・・はぁ?」

 三騎士に続き、今度は精鋭部隊までもが跡形もなく吹き飛ばされてしまった。

 もうカクワルの頭の中は真っ白じゃろう。

 因みにこれをしたのはライグリではない。

 この場にいるアオイ達の誰かでもない。

 これをやったのは・・・

 キロイじゃ。

 ついに戦闘に参加したキロイがワシの教えた魔法『ヘルズ・レイ』を使い、たまたまこちらに向かって放ったのじゃ。

 だからといって適当に放った訳ではない。

 知っている魔力反応、つまりアオイには当たらないようにしておったから近くにいたライグリ達も被害を受けずに済んだのじゃ。

 じゃがこれでもうカクワルには何も残されてはいない。

 どれ、そろそろココン達を送り込むか。

 ワシは空間移動をココン達にかけ、瞬時にカクワルの前に飛ばした。

「オッスぅ。調子はどうですかぁ?」

「絶好調です。」

 アオイとココンはお互いを確認して、この後のことを話始めた。

「ではぁ、このカスい男をぉ徹底的にぃやっちゃってねぇ。私がぁ主様にぃご報告ぅするんでぇ。」

 そう言い残して転移の指輪を使い、ワシの元に戻ってくるアオイ。

 何じゃ。

 何でわざわざ戻ってきたんじゃ?

「主様ぁ。会いたかったですぅ🖤」

 抱きついてこようとするアオイをヒラリとかわすワシ。

 まさか・・・

 これが目的だったのか?

「アオイや。戻って言いにこんでも念じればワシと会話ができたんじゃぞ?」

 ワシはスキル『念話』を特定の相手に設定して使っておる。

 そしてその説明はこやつらが戦場にかけ降りる前にしたのじゃ。

 従ってこやつがここに戻ってきた理由は、ワシに抱きつくためとしか考えられん。

「それはそうなのですがぁ、どうしもぉどうしてもぉ気持ちが高揚しすぎてしまってぇ。主様にぃ静めてもらいたくてぇ来ちゃいましたぁ・・・それはともかくぅ、異空間部屋をココンちゃん達の所へお願いしますぅ。」

 確かに顔がピンク色に紅葉しておるアオイは、ワシにそう頼んできた。

 ふむ。

 まあ、元からそういう予定じゃったからな。

 どれ、早速出してやろう。

 ワシはココン達の目の前に異空間部屋に繋がる扉を出現させた。

『ココンや、帝王の時と同じようその部屋の中でその王子に責め苦を味わわせてやれ。もう二度と逆らえんようにな。』

「はい、わかりました。お任せください。」

 ワシの指示に従い、ココンはカクワルの腹に一撃食らわせ動きを止めた後、そのままカクワルを引き摺り仲間達と一緒に部屋の中へと入っていった。


 一時間後。


 大した時間もかけずにアオイとライグリ達は帝国兵を粗方投降させることができたようじゃ。

 そりゃそうじゃよな。

 本陣は壊滅。

 しかもその原因が見た目も派手で強大な攻撃魔法じゃたからの。

 殆どの兵はそれで戦意を喪失してしもうたらしい。

 後は・・・

 ココン達の成果が気になるところじゃのう。


 ・・・


 更にそれから一時間後。


 ・・・

 

 異空間部屋の扉が開き、ココン達が姿を現した。

 顔をテカテカさせておるぞ?

 余程発散したようじゃな。

 そして先程までの威勢はどこへやら。

 挙動不審でオドオドとココン達の後ろから部屋を出てくるカクワル。

 本当に別人のようじゃな。

 調教は成功したようじゃ。

 これで帝王も王子もワシ達の傀儡となったわけじゃな。

 では仕上げをするとしよう。

『ココンや、軍の撤退とアサワハヤイ王国への謝罪を王子に命じよ。そしてもう二度とライグリ達の前にその姿を見せないと約束させるのじゃ。』

「かしこまりました。」

 ココンは振り返りカクワルに冷たい視線を送る。

 それに反応してビクッと肩を震わすカクワル。

 なるほど。

 余程の目に合ったようじゃな。

「おいブタ。あたしの主からの命令だ。アサワハヤイ王国に謝罪し、軍を撤退させよ。そしてライグリさんやルスカさん、チャコルさんに二度と近づくな。出来るな?」

 更に凍てつくような視線をカクワルに送るココン。

「はい!できます!やります!ですから・・・」

 何かを期待する目をココンに向けるカクワル。

 それを見てココンは口角を上げた。

「良い子ね。それじゃまた30日後、ご褒美をあげる・・・わかったらさっさとしなさい!」

「はいー!お任せをー!」

 完全にココンに隷属しているカクワルに、断るという選択肢はないらしい。

 カクワルは投降している自軍の兵に撤退を言い渡し、アサワハヤイ王国の司令官には後日正式な謝罪をしに来ることを伝えた。

 そしてライグリ達に土下座でこれまでのことを謝罪しろとココンに追加で命令され、その通りに行動するカクワル。

 ライグリは勿論、ルスカやチャコルもカクワルのあまりの変わりようにドン引きし、仕方無く謝罪を受け入れた。

 これでもう帝国がライグリ達に手を出そうとすることはないじゃろう。

 残りは・・・

 『戦失の魔王』じゃな。

 あちらもキロイの活躍で殆どの片付いたようじゃが・・・

 まあ魔王は戦闘に参加してないようじゃったからこんのもんじゃろ。

 しかしな。

 しっかり説教はさせてもらうぞ。

 『戦失の魔王』、ロウカー。

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