第6話 ココンという女


 依頼を終えたワシ達は早々に家に引き上げ、今はリビングでくつろいでいた。

 ワシは一人掛けのソファーでお茶をすすり、アオイ達は絨毯の上で談笑している。

 事後処理は明日でいいじゃろ。

 それに・・・

 この猫獣人の娘も連れ帰ってきてしまったわけじゃしな。

 この後の時間はこの娘の事情聴取がメインになるじゃろう。

 これもアオイとキサラムがこの猫獣人と意気投合してしまったのが原因なのじゃがな。

 何が『お近づきの印に家に来ませんかぁ』じゃ!

 ここはワシの家じゃぞ!

 勝手に決めるんじゃないと散々言ったのにのう。

 まあしかし、ワシもこの猫獣人には聞きたいこともあったし良しとしたのじゃが。

 にしても・・・

「あれは笑っちゃいましたよね。『そんなことしたらうちの親が黙ってないぞ!』とか言ってるの。あいついくつだって話ですよね。思わず爪先であいつの顔面蹴っちゃいましたもん。」

「あれはぁ私もぉ笑っちゃいましたぁ。だからぁご褒美としてぇあいつのぉ眼球にぃ・・・」

「やめんか!何の話をしておるんじゃ!」

 それ以上聞きたくなかったワシはアオイの言葉を遮った。

 全く・・・

 よくそんな話で盛り上がれるのう。

 聞いてるこっちは痛々しくってありゃせんぞ。

 見てみい。

 キサラムはこやつらと違って常識があるからやり過ぎを反省してるのか黙りこんでおるではないか。

 少しは見習え!

「・・・すみません、お母様。」

 突然謝ってくるキサラム。

 ん?

 何じゃ?

 やはり・・・

 やりすぎだったことを後悔しておるのじゃな。

 ・・・と思っておったのじゃが。

「足りませんでした。お母様に不敬を働いたあの男にあの程度では・・・もう一回行かせてください!次はもっと丁寧に・・・」

「行かんでよい!全く・・・そなたもそっち側か。」

 まさかキサラムもアオイに感化されておるとはな。

 ・・・あまりアオイと関わらせん方がよいか?

 しかしキロイはアオイになついておるしのう。

 う~む・・・

 難しいのう。

 まあそれはさておき、先ずはこの獣人娘の事情を聞こうとするかの。

 場合によってはこの後も手伝ってもらうやも知れんしな。 

「どれ、それではそなたの話を聞かせてもらおうかの。」

 ワシの声で正気を取り戻した猫獣人は、申し訳なさそうに立ち上がり下腹部で両手を組んで話始めた。

「はい。あたしの名前はココンと言います。見た目通りの猫獣人です。『虚偽』というスキルを使ってステータスを改竄、隠蔽して王城に潜り込んでいました。理由は魔女様の推察の通り、あの帝王を抹殺するためです。」

 そうじゃな。

 そこまでは知っておった。

 じゃが理由がわからんのじゃ。

 恐らくはあの帝王に何かされたんじゃろう。

 あの時ワシはこやつに強い信念と憎悪を感じたのじゃ。

 そして淡々と話始めるココン。

「あの男は私の同胞達を惨殺し、住んでいた村を焼き払いました。私達は何もしていないのに・・・ただ単に軍の施設をあの場所に作りたいからというだけで・・・生き残った私と数名の獣人は復讐を誓いました。私達の家族を、村を奪ったあの帝王を絶対に許さない。当時五歳だった私は、その生き残った数人と一緒に来日も来日もダンジョンに潜りレベル上げに励んだのです。そしてそれから五年後、スキル『虚偽』を習得しました。これがあれば王城に潜り込める。私は生き残りを代表して帝王の近くに行くことにしたのです。」

 なるほどの。

 確かにそのスキルがあれば色々なことを誤魔化せる。

 しかしワシのような高レベルで魔力の強いものには直ぐに見透かされてしまうがの。

「勿論簡単なことではありませんでした。無事にナイトとして軍に入ることは出来たのですが、レベルを元々の56から21に隠蔽していたこともあり中々直属の精鋭部隊に辿り着けなかったのです。しかし元のレベルでは精鋭部隊の前に前線に回されてしまう可能性もありました。このままでは何年かかることかわからない。そんな途方に暮れている時、幸運にも帝王の目に私が留まったのです。」

 ふむ、やはり職業とレベルを隠蔽しておったのはそういうことか。

 しかし目に留まるとは?

 こんな幼子がナイトとして城にいればそりゃ目立つじゃろうが・・・

 まさか・・・

「帝王は言いました。『お前、可愛いな。私の妾になれ。だがまだ幼すぎ。もう少し成長してからたっぷり楽しんでやるとするか。それまでは私の護衛として側にいろ。』と。正直かなり、いや、最悪な程に気分が悪くなりましたが、何にしろやっと帝王の近くにいることが出来るようになったのです。しかし、それでもまだ暗殺には至れませんでした。」

 そこまで言って悔しそうな顔を見せるココン。

 ふむ。

 やはり帝王はまさかの変態じゃったな。

 最悪じゃの。

 それに暗殺に至れない理由か。

 そういうことじゃよな。

 わかっておる。

 奴のせいじゃ。

「・・・カグラか。」

「そうです。あの男は常に炎の神を呼び出す呪具を持ち歩いていました。妃様に聞いた話では手放すのは寝室でベッドに入るときだけ。そのタイミングしか帝王を屠ることが出来なかったのです。獣人族の成年は15才。後3年も我慢しなくてはいけないのか・・・と思った矢先、あなた方が現れました。魔女様は救いの神です。本当にありがとうございました。」

 感謝の念と熱い視線を送ってくるココン。

 うむうむ。

 ちゃんとワシの偉大さがわかっておるではないか。

 こやつは見所があるのう。

 ならば少し手伝ってもらうとするか。

 勿論報酬は払うぞ?

 じゃが・・・

 一つ気になることがあるのう。

「よいよい。して、そなたの仲間は今何をしておるのじゃ?」

 生き残った仲間はこやつが城に潜入している時に何をしているのか。

 そしてどこにいるのか。

 まさか傍観しておるわけでもあるまいしの。

 気になるところじゃ。

「ああ、彼女達は今もダンジョンに籠ったりしてレベルを上げているはずです。あたしが失敗したときの為に・・・力を蓄えているのです。」

 ほう・・・

 二手三手を考えて、必ず帝王を亡き者にするつもりでおったのじゃな。

 何とも凄まじい執念じゃ。

 じゃがそれも、もうせんでよいようになったからの。

 帝王がワシ達の手に落ちたのじゃからな。

 これからは定期的に責め苦を味わわせればよい。

 しかし・・・

 誰がそれをするかを考えなくてはな。

 そこで頭に浮かんだのがココンの仲間達じゃ。

 その仲間達も恨みを晴らしたいじゃろうしな。

「ふむ。ならば明朝、ワシをそやつらのところに案内してくれんか。話したいことがあるでの。」

「わかりました。あたしも貴女を彼女達に会わせたいと思っていましたし、是非案内させてください。」

 断られることは無いと思っていたが、一応確認しておかんとの。

 まあ今日はもう夜も遅いことじゃし、早く寝るとするか。

 明日はバタバタ忙しくなる予定じゃしの。  


 ・・・


 一夜明けて早朝5時。

 ワシとアオイとバシルーとミドリコはココンの案内によりヒルウゴク帝国の外れにあるスラム街にまでやって来た。

 何故今日はキサラムではなくバシルーかって?

 それはな、キサラムは昨日客室で寝ていたキロイを連れて自分の家に帰ってしまったからじゃ。

 まあいくらワシの為とはいえ、幼い妹をそのままにしておくわけにもいかんじゃろうからのう。

 朝も早くに行動する予定じゃったし、しょうがないことじゃったのじゃ。

 そして代わりに図々しくも同じ客室でグウスカ寝ていたバシルーを強制的に連れてきたというわけじゃ。

 まあバシルーはブウブウ文句を言おうとしてきたが、そこは四の五の言わせず空間移動で強引に押し通したのじゃ。

 そして今いるこのスラム街。

 荒廃した街並みじゃな。

 かつてはそれなりに繁栄しておったのじゃろう。

 殆ど見る影もない建物の数々なのじゃが、その中にも様々な道具がそのまま残されているところもあったりする。

 それを見るに、どうやらこの場所は徐々に荒廃したわけではなく突然滅んでしまったようじゃ。

 ワシは早速、探知サーチで周りの気配を探る。

 うむ、見つけたぞ。

 その魔力はとある半壊した建物の中、その地下室から感じられた。

 ん?

 変じゃな。

 ココンからは四人仲間がいると聞いていたが、今感じられるのは三人と、後は脆弱で今にも消え入りそうな一つの気配だけじゃ。

 もしかすると・・・

 急いだ方が良さそうじゃな。

「ココンや。早急にそなたの仲間のところに行くぞ。」

 ワシはココンにそう言って敢えて道案内を促した。

 ワシが先頭で行ってもよいが、顔見知りのココンが始めに顔を出した方がよいと考えたからじゃ。

 そしてワシの真剣な顔を見て何かを察したのか、ココンは慌てた様子で廃屋の地下室へと連れていってくれた。

 そこで目にした光景は・・・

 三人の女が、命の灯火が消えそうな重傷者を取り囲むように座り込んでいた。

「イダヤ!!」

 真っ先に横たわっている重傷者に近付き、懸命に声をかけるココン。

「ココン・・・何故あなたが・・・いえ、それはいいわ。イダヤが命を終える前に帰ってきてくれてありがとう。イダヤはね、ダンジョンでフレイムヒドラの攻撃、ポイズンフレアを浴びてしまったの。私達を庇うために。何とか逃げ帰ってくることは出来たんだけど、回復薬を使っても全然よくならなくて。もう・・・こうして・・・看とることしか・・・」

 そうして悔し涙を流す女。

 う~む。

 身体表面の傷だけでなく、毒にも冒されておるからの。

 ことは一刻を争うじゃろう。

 どれ、ここはワシの回復魔法で・・・

「『ダークリフレクション』、『ヘルズクリア』。」

 !

 隣にいたバシルーが勝手に闇属性の回復魔法を使いおったわ。

 漆黒の魔力が重傷者の傷を見る見る治していく。

 そして状態異常も完全に回復させた。

「フゥ、これでよし。いやぁ良いことすると気持ちいいな。」

 満足した様子で回復した獣人を見るバシルー。

 まあよいのじゃが。

「あ、あれ・・・痛くない・・・苦しくない・・・」

 つい先程まで瀕死だった獣人の女はゆっくりと身体を起こし、そして周りを見た。

「私・・・助かったの?」

「イダヤ!」

 助かった女に抱き付くココン。

 そしてその他の3人も、泣きながら危篤者の回復を喜んでおる。

 やれやれ。

 バシルーめ、徳を積みおったな。

「ありがとうございます!あなたはイダヤの命の恩人です!本当にありがとうございます!」

 獣人達に散々感謝されるバシルー。

 フフッ。

 感謝慣れしておらんから照れておるわ。

 まあともかく、少し落ち着いたら話を進めるとするかの。


 ・・・


 五分後、ワシは獣人達を適当に座らせ今後の話を始めた。

「ワシの名はクロア。均衡の森の魔女じゃ。今日そなた達に会いに来たのは、少しばかり手を貸してもらおうと思ったからじゃ。先ず何をしてもらうか言う前に・・・ココンや、昨日あったことを説明してやってくれ。」

 ココンにことの経緯を話させるワシ。

 そしてそれを4人は黙って聞いていた。

 全てをココンが話終えると、イダヤと呼ばれていた犬獣人がフゥっと息を吐く。

「なるほど。だからココンがここにいるのね。帝王を抹殺することが私達の目的だったけど・・・確かにあれを殺しても後を継ぐものがあれと一緒だったら意味がないわね。」

「確かに。となれば今の状況が最善じゃない?もうこの方達の傀儡になったんでしょ?」

「でも・・・まだ悔しいよ。あいつが村を襲ったのは事実なんだし。これで同胞達の恨みを晴らしたって言えるのかな。」

「そうだよな。せめて一発殴ってやらないと気が済まない!」

 それぞれ思うところもあるようじゃな。

 じゃがそれを解決させる良い手がある。

 先ずはそれを説明するかの。

「そこでそなた達に頼みがあるのじゃ。あの帝王は確かに今ワシ達の言いなりじゃろう。しかしな、定期的に責め苦を味わわせねばまた元に戻ってしまうやもしれん。じゃからの、その責め苦を与える役目をそなた達に頼みたいのじゃ。」

 ワシはその方法を四人に伝える。

 何、簡単なことじゃ。

 月に一回帝王を異空間部屋に転移させ閉じ込め、こやつらもその部屋に入れればよい。

 その為の術はもう帝王に施してあるし、後はこの四人にも自由にその部屋に入れるようにしてやればいいからな。

 あとはこやつらのやる気次第じゃ。

『やります!』

 声を揃えて快諾する四人。

 うむ、これで決まりじゃの。

 今までの鬱憤を全て晴らしてやるがよい。

 うむ・・・

 まあ取り敢えず・・・

 ワシはこの場にいる全員を連れて、一旦森に帰ることにした。

 もう少し詳細について話したいからな。

 後はゆっくり朝食でも食べながら、今後の予定を決めていくとするかの。

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