第3話 しっかり者



 立っているのは見た目少年のような人族じゃた。

 ・・・ 

 ・・・うむ。

 鑑定持ちからすればバレバレじゃがな。

 まあよい。

 敢えて口に出さんでもよいじゃろう。

 何てことを考えておると、そやつは地面を蹴り、一直線にワシ達に向かって全力疾走してきた。

 そして・・・

「チェストーー!!」

 愚能領主の手前で飛び上がると、そのままそやつは飛び蹴りを喰らわせる。

「グハァァァァー!」

 まともに顔に当たり、体を回転させながら吹っ飛んでいく愚能領主。

 慌てて護衛達は駆け寄った。

「坊っちゃま。お父上に何てことを!」

 突然の暴挙に慌てふためく男達。

 ほう、この愚能領主の子供か。

 なるほどなるほど。

 ・・・坊っちゃまか。

「問答無用!悪いのは父上だろ!」

 悪びれる様子もなく、領主の子供はビシッっと父親を指差す。

 そしてワシ達の方を見た。

「大方そこの女性達に魅了をかけたけど効かなくて報復を受けたんでしょ!ねっ!」

 同意を求めてくる領主の子供。

 おお、わかっとおるではないか。

 聡明じゃな。 

「うむ。その通りじゃ。じゃからその不敬を正そうと今からそやつを血祭りにあげるつもりでおる。」

 さも当たり前のように言うワシに対し、戦慄を隠しきれない愚能領主。

 ふん。

 今更後悔しても遅いわ。

 ワシは早速手を伸ばし、愚能領主に魔法を放とうとする。

「ちょっと待って!こんな父親でも僕のたった一人しかいない親なんだ。命までは奪わないでほしい!」

 懇願してくる領主の子供。

 ふ~む・・・

 そう言われるとのう。

 やりづらくなるわい。

「主様ぁ、その人に免じてぇやめてあげましょうぅ?両手両足を消すだけにしてあげましょぅぅ?」

 慈悲をかけてやろうとするアオイ。

 何じゃ何じゃ?

 アオイにしては甘いことを言うのう。

 でもまあしかし・・・

「そうじゃな。そうするかの。」

 ワシもアオイ同様に寛大な処置をしてやることにする。

「いや、出来ればそれもやめて頂きたいのですが・・・」

 領主の子供はかなり引いた顔でワシがやろうとすることを止めてくる。

「何じゃと?ではどうやって痛め付ければよいのじゃ。」

 この愚能領主はそれだけのことをしたのじゃぞ?

 じゃあ何か?

 指だけにしろとでも言うのか?

 いやいやいや・・・

 それじゃあ腹の虫が治まらんぞ。

 しかし領主の子供はここでワシの忘れかけていた常識的なことを言ってきた。

「一旦暴力から離れましょ!」

 ハッとするワシとアオイ。

 おお・・・

 そういうこともあるか。

 そうじゃな。

 取り敢えず理知的に先ずは話し合うとするか。

「仕方無いの。今回はそなたに免じて話し合いで手を打ってやろう。と言ってもワシらの当初の目的は、そこの噴水を間近で見せてもらうことじゃったのじゃ。なのにそなたの父親ときたら・・・」

「それに関しては誠に申し訳ございませんでした。貴女方の力量も測れずに不敬の数々。こちらの損害はその代償だとさせていただきます。それと・・・どうぞ近くで噴水を見ていってください。もう父上達には何もかもさせませんから。」

 領主の子供は片膝をついてワシ達に深々と頭を下げた。

 むぅ・・・

 そこまで言われてはこちらも引かねばならんか。

 まあこれで心置き無く噴水を間近で見れるわけじゃしな。

 目的は果たせるし、良しとするか。

 しかしここで愚能領主が自分の子供に詰め寄った。

「何を言っているんだ!私はお前のために彼女達を・・・」

「だまらっしゃい!ずっと言ってるでしょ!僕の母上は母上だけだ!いつも僕が寂しいだろうからって言ってるけど、本当は自分が寂しいだけでしょ!それにスキルを使って無理矢理連れてきた人を嘘でも母上何て呼べるわけない!っていうかいつも僕がその人たちの魅了を解除してるんだからね!これ以上迷惑かけないでよ!」

 実の子供にバッと捲し立てられる愚能領主。

 こりゃ子供の方がしっかりしておるわい。

 それに聞く限り、この愚能領主は無理矢理女を手込めにする為にスキルを使っているわけでは無いようじゃ。

 確かにこの男を魂鑑定で見ても、それほど汚れている訳ではないことがわかる。

 ふ~む・・・

 スキルを私欲のために乱用しておるようなら許しがたいことじゃが、子供の為と自分の心の穴を埋める為にだけ使っておるのであれば・・・

 今回ばかりは許してやるか。

 それにこやつの魔力程度ならスキルにかからん者の方が多いじゃろうし、かかったとしても魔力量が低すぎてそこまで大それた命令は出来んじゃろうからな。

 放っておいても大丈夫じゃろ。

 このしっかり者もいることじゃしな。

「わかった・・・領主よ。今回だけはそなたを許してやる。ありがたく思うがよい。」

 ワシはこの愚能を許してやることにした。

「なっ・・・」

「ありがとうございます!どうぞゆっくり噴水をご覧になっていってください。」

 何かを言おうとした愚能領主に割り込み、しっかり者はワシに感謝の言葉と噴水の観覧許可を出してくれる。

 ふむ。

 ではお言葉に甘えてゆっくりじっくりアオイと二人で噴水を見るとするかの。


 ・・・


 ・・・


「ハァァ・・・綺麗ですねぇ。主様ぁ。」

「うむ。素晴らしいの。」

 直径30m程ある泉の中央から伸びる円錐形のミスリル。

 その先端から放水された水は軽く3m上空まで達し、そこから円盤状に霧散する。

 降り注ぐ霧状の水は光を反射させキラキラと光り、再び泉に戻っていく。

 何とも幻想的な光景じゃ。

「主様とぉ、この噴水をぉ二人きりでぇ見れたことはぁ一生の宝物にしますぅ🖤」

 目に涙を浮かべながらワシの顔を見て微笑むアオイ。

 うむ。

 ワシも久しぶりに美しい風景が見れてとても気分がよいわい。

 思わず顔も緩んでしまうのう。

 ワシとアオイはこの後もただただ黙って噴水を見ていた。

 そんなワシ達の元に一人の人族が近付き、声をかけてくる。

「失礼します。」

 先程会った領主の子供じゃ。

 ん?

 何やら辛気臭い顔をしておるのう。

 わざわざ話しかけてくるということは、何か用でもあるのかの。

「実はお二方に折り入ってお頼みしたいことがあるのですが。」

 やっぱり・・・

 どうせ面倒事なのじゃろうな。

 やれやれ・・・

「何じゃ、藪から棒に。頼みなぞ聞いてやる義理は無いぞ?よ。」

 ズバッと言ってやるワシ。

 まあここにはワシとアオイとこやつしかおらんし問題ないじゃろう。

 勿論アオイも気付いておったようじゃしの。

「・・・やはりお気付きでしたか。そうです。僕はこの領主の一人娘、サヴァインと申します。跡取りの関係上、男に扮していますが・・・そうですよね。普通バレますよね。」

 別に隠す様子もないサヴァイン。

 ワシ達に隠し通せるとは端から思っていなかったようじゃな。

「主様ぁ。一先ずぅ聞くだけぇ聞いてあげましょうぅ。」

 ワシの袖を引っ張りながら言うアオイ。

 ふ~む。

 どうもこやつは女に甘いのう。

 でもまあそうじゃな。

 今のワシは気分がいい。

 それに元々こやつと話し合ったお陰でこうして無駄な血を流すことなく噴水を見れたわけじゃしな。

 聞くだけなら聞いてやるか。

「わかった。ここはアオイに免じて聞いてやる。ほれ、話すがよい。」

「はい、では・・・実は今、人族の間に深い亀裂が入っているのです。特にここ、ヨルハネル連邦国とヒルウゴク帝国の間に。このままでは戦争に発展してしまうでしょう。僕はそれを何とか食い止めたいのです。しかし・・・僕は無力です。なのでお二人の力を見込んでお願いします!僕を・・・助けて下さい!」

 地面に膝をつき、土下座をするサヴァイン。

 ん~~ん。

 困ったわい。

 助けてくれと言われてものう。

 両国を滅ぼすのは簡単じゃが、その為に一体どれ程の犠牲者が出るか。

 ここは悪いが断らせてもらうかの。

 しかしワシがそう考え込んでおると、アオイが勝手に話始めた。

「いいですよぉ。そんなことぉ主様ならぁちょちょいのちょいですからぁ。でもぉその代わりぃこの噴水のぉ所有権をぉ主様にぃ下さいぃ。」

 勝手に依頼を引き受けて、勝手に報酬を決めてしまうアオイ。

 ちょっと待て!

 ワシはやらんぞ!

 そんな面倒なこと!

 主人を差し置いて何を言っておるんじゃ!

 これは本当に後でお仕置きが必要じゃな。

 そう思い、ワシはアオイをギロリと見る。

「あぁ、主様ぁ・・・怒ってますぅ?」

 流石のアオイも、ワシの剣幕に動揺しているようじゃ。

 ふん!

 そんなオドオドしてももう遅いぞ。

「当たり前じゃ!何を勝手に決めておるか!帰った後、そなたにはきついお仕置きをするからの!覚悟しておけ!」

 ワシは強い口調でアオイを叱責する。

 当然じゃろ?

 主従関係を完全に無視したのじゃからな。

 ワシはこれからアオイのせいで面倒な依頼を受けることになる。

 つまりワシの意見を聞かずにこやつは勝手にワシの予定を決めおったのじゃ。

 許しておけんじゃろ!

「はうぅ・・・ごめんなさいぃ・・・お仕置きならいくらでも受けますんでぇ、嫌いにならないで下さいぃ・・・」

 両膝を地面につけ、両手を顔の前に組んで懇願してくるアオイ。

 そんなことしても今回ばかりは許さんぞ。

 じゃが、まあワシも鬼ではない。

 言うてもそこまで酷い罰は与えんつもりじゃ。

 それにこうして直ぐに謝ったからの。

 多少はワシの怒りも冷めたわい。

「フゥ・・・とにかく、ワシの侍女が軽々しくもそなたの依頼を受けてしまったからの。頼みは聞いてやる。じゃが、あくまでも手を貸すだけじゃぞ。よいな!」

 ワシは仕方無くサヴァインに協力してやることにする。

 まあ何だかんだでこのしっかり者を少し気に入ったからの。

 この若さで国のことを、いや、人族全体のことを考えておるのじゃ。

 手を貸してやるのは吝かではない。

「はい!それで十分です!ありがとうございます!」

 本来の性別に戻り、可憐に喜ぶサヴァイン。

 フムフム。

 こやつは普通に少女としておった方が良いのう。

 正直男装は全然似合っておらん。

 というかよく周りに女とバレなかったな。

 うむ・・・

 まあそれはさておき・・・

「では詳しく話せ。それと・・・アオイ!そなたが勝手に受けた依頼じゃ!全部ワシに任せるんじゃなく、そなたもしっかり聞いておけ!」 

 ワシはチラッとアオイを横目に見ながら強い口調で言った。

「は、はいぃ・・・かしこまりましたぁ。」

 ビクビクしながらワシの隣に立つアオイ。

 そしてチラチラとワシの顔色をうかがっておる。

 可哀想だとは思うが、直ぐに許してやってはダメじゃろ?

 もう少し反省してもらわねばな。

 そしてワシとアオイはサヴァインの話を聞いた。

 長々と話しておったが、要約すると何てことはない。

 ただの覇権争いじゃ。

 相手の領土と物資が欲しいだけ。

 全く・・・

 人族の欲というのは誠に罪深いものよのう。

 実力主義の魔族と違い、人族は力も知恵もない者がその血筋だけで権力者になれてしまう。

 そして無能が国のトップになってしまった為、今回のような事が起こってしまったというわけじゃ。

 フゥ・・・

 取り敢えずここは一旦家に帰って対策を練るとするかの。

「あい、わかった。後日またそなたに会いに来るでの。今日は帰らせてもらうぞ。」

 そう言ってワシはサヴァインの前に行き、彼女の顎に指を当てクイッと上を向かせる。

 アオイは驚いた顔を見せるが特に何も言わない。

 下を向いてしまったわい。

 ・・・まあよい。

「サヴァインや、これはそなたの依頼で受けたのはワシ達じゃ。しかしな、そうは言ってもそなたも色々と頑張らねばならん。わかっておるな。」

「・・・は、はい。わかっています。」

「うむ、よろしい。」

 ワシはサヴァインの覚悟を聞き、アオイの隣に戻った。

「ではまたの。」

「はい。また貴女様が来るのを心待ちにしております。」

 サヴァインは顔を真っ赤にしてワシ達を見送る。

 そしてその直後にワシとアオイは自宅へと転移した。


 ・・・


「アオイや。覚悟はよいな。」

「・・・はいぃ。」

 自宅のリビング。

 ワシはアオイを床に正座させた。

 先程の件の罰を与えるためじゃ。

 もうどんな罰を与えるかは決めておる。

 これを軽いと思うか重いと思うか。

 それを決めるのはアオイ当人じゃ。

「目を閉じよ。」

「はいぃぃ・・・」

 ワシの指示でアオイはギュッと目を閉じる。

 余程怖いのか、全身を震わせておるな。

 しかし罰は罰じゃ。

 しっかり受けてもらうぞ。

「いくぞ。」

「!」

 アオイは肩を上げ、更に瞼に力を込めた。


 パチンッ


「あうぅ!」

 アオイのおでこにを中指で弾くワシ。

 よし!

 お仕置き終いじゃ。

「もうこれに懲りたらワシに断りもなく勝手に依頼を受けるんじゃないぞ。わかったな。」

「はいぃぃ・・・申し訳ありませんでしたぁ。」

 おでこを押さえながら反省の言葉を言うアオイ。

 おそらくこの世界に来て初めて感じた肉体的ダメージじゃろう。

 わかったかの。

 ワシにかかればアオイの防御力を越える攻撃力で痛みを与えることが出来るのじゃ。

 つまり、ワシを怒らせれば痛い目に合う。

 それを今回わからせたのじゃ。

 しかしアオイは何故だかホッとした顔をしておる。

「・・・よかったですぅ。もしかしたら転移の指輪を取り上げられてぇ、知らない何処かに飛ばされちゃうのかと思ってましたぁ。痛いけどぉ、この程度で済んでぇ本当によかったですぅ。」

 おでこを擦りながら涙目で安心しているアオイ。

 何じゃ。

 そんなことを考えておったのか。

 いくら何でもそこまでのことはせんぞ。

 そんなことをしたらこやつの出す料理が食べられんではないか。

 ワシ自身が困ることを罰として与えてやる理由はないじゃろう。

「反省すればそれでよい。それに・・・何か理由があるのじゃろ?」

 いくら女に甘いアオイと言えど、何の躊躇もなくあんな勝手なことをするとは思えんからな。

「はいぃ。主様ぁ、あの噴水を見てぇ凄く嬉しそうな顔をしてましたからぁ。だからぁ、いつでも好きな時にぃ主様がぁ見られればいいなぁと思いましてぇ。それでぇ・・・」

 おずおずと理由を説明するアオイ。

 なるほどの。

 アオイはアオイでワシのことを考えて言ってくれたことじゃったのか。

 ふむ・・・

 かわいい奴じゃのう。

 となればワシも少し言い過ぎたかの。

 仕方無い・・・

「アオイや。立つがよい。」

「はいぃ。」

 未だ少しビクビクしているアオイ。

 そんな震える肩を引き寄せ、ワシは優しく抱き締めてやった。

「そなたの忠義は嬉しく思うぞ。じゃがな、国同士の争いを簡単に引き受けては駄目じゃ。もしそれによって多くの死人が出たらどうする。そうなればそなたはその責任を抱えてこれからも生きていかねばならんのじゃぞ。ワシはな、それが嫌なのじゃよ。そなたにはこれからも笑顔でここにいてもらいたいからな。じゃから・・・無闇に依頼を受けては駄目なのじゃ。」

 ワシはアオイの耳元で優しくそう諭した。

 するとアオイはワシの背中に手を回し、震える声を聞かせる。

「はいぃぃ・・・わかりましたぁ・・・わかりましたぁ・・・主様ぁ・・・私ぃ・・・うれしいですぅ・・・主様はぁ私のことをぉスッゴく真剣に考えてくれてるんだってぇわかりましたからぁ・・・主様ぁ・・・優しすぎですぅ・・・」

 反省と感謝の言葉を言うアオイ。

 フム。

 ワシは優しいのか?

 ワシ自身はそんな風には思わなんだがな。

 まあよい。

 アオイが引き受けてしまった国同士のいざこざ。

 何とか解決してやろうではないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る