第2話 愚能領主


 ワシとアオイは噴水を目指して歩いている。

 目的地まではまだちょっとあるかのう。

 小腹も空いておったし、屋台で何か買おうかの。

 と思っておったら、隣から腹の鳴く音が聞こえてきた。

「えへへぇ・・・主様ぁ、私ぃお腹空いちゃいましたぁ。」

 照れ笑いを浮かべ、頭を掻くアオイ。

 うむ、こやつもワシと同じく腹を空かせておったのじゃな。

 よかろう。

 ここはワシおすすめの一品を買ってやろうではないか。

 アオイがこの世界に来る前までのイチオシ料理。

 グレンガルーの串焼きじゃ。

「待っておれ。屋台で何か買ってきてやるからの。」

 そう言い残し、ワシは串焼きの売っている屋台まで行った。

 うむうむ。

 良い匂いじゃのう。

 これだけはここ数百年、裏切らない味じゃからな。

 久しぶりにワクワクするわい。

 ワシは串焼きを二本買うと、両手で一本ずつ持ち急いでアオイの元に戻った。

「ほれ、食べてみい。」

 右手に持っていた串焼きをアオイに渡し、失速食べさせる。

 串焼きを見たアオイは目を輝かせていた。

「美味しそうですぅ。そういえば私ぃ、この世界の料理食べるの初めてですよねぇ。楽しみですぅ。いただきまぁすぅ。」

 そう言って一口頬張るアオイ。

「ん~、美味しいですぅ!鶏肉のようなぁ鶏肉じゃないようなぁ不思議な食感でぇ見た目と違ってとても柔らかいんですねぇ。それにぃこのタレぇ。甘さが強いんですがぁしっかり香ばしさと程よいしょっぱさがあってぇ凄く食べやすいですぅ・・・あぁ・・・もう無くなっちゃいましたぁ。」

 料理の評論をしながらあっという間に食べきってしまったアオイ。

 そして物足りなさそうな顔をワシに向ける。

「主様ぁ、もう何本か食べてもいいですかぁ?」

 おそらく全然空腹を満たせていないアオイは小動物のような仕草でワシにおねだりしてきた。

 ワシなんてまだ一口しか食べておらんのにな。

 ・・・

 しょうがないのう。

「よいぞよいぞ。どうせなら串焼きだけでなく、噴水まで行く道中あちこちの屋台で旨そうなものを食べるがよい。」

「わぁ~い!ありがとうございますぅ!さぁさぁ行きましょうぅ!」

 ご機嫌のアオイはしれっとワシの手を握り、屋台を巡るために歩き出した。

 やれやれ、ワシはそんなに食べられんぞ。

 しかしまあ・・・アオイが楽しいのであればそれでよいか。


 ・・・


 食べ歩きをしておよそ一時間。

 段々と目的地に近づいてきた。

 しかし・・・

 おや?

 おかしいのう。

 噴水に近づくにつれて人気が無くなっていくようじゃが・・・

 まさかとは思うが、もう無くなってしまっておるのか?

 まあ200年前の本じゃったし、そういうこともあるかの。

 何にしてもここは確認せんといかんな。

 そんなこんなで歩くこと数分。

 やっと噴水のあるであろう広場までたどり着いたのじゃが・・・

 うむ。

 噴水は・・・あるの。

 しかしあることにはあるのじゃが・・・

 そこはもう観光名所としての公園ではなくなっていた。

 広場の入り口には門が設置されていて、噴水の奥には大きな屋敷が建っている。

 つまり・・・この噴水はもうこの屋敷の持ち主の所有物になってしまっているというわけじゃ。

「主様ぁ・・・これじゃあ近くで見れませんねぇ・・・」

 肩を落とし、悲しそうな顔をするアオイ。

 先程まではあんなに楽しそうじゃったのに、こんなに落差のある表情を見せられてはな。

 ワシも何とかしてやりたいと思ってしまうぞ?

 ・・・

 ・・・ん~。

 ・・・しょうがないの。

「アオイや。ここはこの屋敷の主に断って、中に入らせてもらおうぞ。黙って入ってもよいが、それでは気持ちよく噴水を見れんからな。ワシに任せておけ。」

 言って直ぐに、ワシは門の入口に立つ門番にこの屋敷の主を呼んでもらおうと声をかけた。

「おい、そこの小わっぱ。そなたの主人を呼んでくれんか。中に入りたいのでな。」

「はぁ~!何だとこの女!それが人にものを頼む態度・・・う・・・美しい・・・」

 何か言ってこようとしておった門番は、ワシの顔を見るや否や固まってしもうた。

 ちゃんと聞いておるのかのう。

 もう一度言わんといかんのか?

「おい、聞いておるのか?そなたの・・・」

「わかりました。今すぐ領主様のお耳に入れてきます。暫しお待ちを!」

 そういうと門番は屋敷の方に体を向け、全速力で屋敷へと走っていった。

 ん?

 領主じゃと?

 ・・・しまったのう。

 何かややこしいことになりそうじゃわい。

 ワシがそんな不安を抱いていると、アオイの口から物騒な言葉が聞こえてきた。

「あの門番の男ぉ、後で始末しますねぇ。」

 おっと。

 また始まったぞ、こやつ。

 何故直ぐ暴力に訴えようとするのかのう。

 ここはきちんと言わねばならんな。

「止めんか!どうせまたワシに色目を使ったからとか言うつもりじゃろうが、そんなことでイチイチそやつらを始末しておったらこの先どこにも出掛けられんぞ!それでよいのか?」

 少し強く言ってしまったが、これはアオイの為でもある。

 それにワシとしても今日のような時間はまた作りたいと思っておるからのう。

 二人の今後の為にも、この辺の分別はつけてもらわねば困るのじゃ。

「むぅ・・・確かにぃ、主様とぉお出掛けできなくなるのはぁ嫌ですねぇ・・・わかりましたぁ。善処致しますぅ。」

 少しは反省したのか、シュンと下を向くアオイ。

 ふぅ・・・全く。

 わかればよいのじゃ。

 このままではアオイの歩いた後には男共の死体が転がることになりそうじゃからのう。

 今釘を刺せて良かったわい。

 そんなこんなとやっているうちに、先ほどの門番が数人の騎士と領主と思われる男を連れて帰ってきた。

「領主様、あの女性です。」

 ワシのことを指差し、領主に伝える門番。

 ふむ、何やらぞわっとする感覚がするのう。

 領主の男がワシを見て舌舐めずりしたからじゃろうな。

 気色悪いのう。

 まあ一先ず話すだけ話すとしよう。

「そなたがこの領地の領主か。ワシ達はそこの噴水を観光に来たものじゃ。近くで見せてくれんか。」

 ワシは武力に訴えず、きちんと許可を得て気持ちよく噴水を見たいのじゃ。

 なのでどんなに気持ちが悪い領主でも、話し合いで採決出来るのであればそれが一番じゃ。

 しかしやはり領主、いや、貴族というのは傲慢なのじゃな。

 どうやらただでは入らせてくれんらしい。

「おお、よいぞよいぞ。噴水なぞいくらでも見せてやる。その代わり・・・お前が俺の女になるならな。」

 下衆な表情を浮かべながらワシに近寄ってくる領主の男。

 はぁ・・・

 やはりこうなるのか。

 こうなれば噴水だけ残して、この領地を更地にしてやろうかのう。

 うむ。

 先ずは手始めにこの門を塵にしてやろう。

 そう思い指を鳴らそうとしたワシより先にアオイが動いた。

「せいぃ!」

 ワシの隣からレイピアによる風刃が飛ぶ。

 驚く領主達。

 しかし風の刃は奴等を通り抜け、噴水を通り抜け、奥にある屋敷にまで飛んでいった。

 そして・・・

 

 ザンッ


 ザンッ 


 ザザザンッ


 屋敷のいたるところを切り刻む。

 あぁ、やってしもうたか。

 じゃが中々どうして、やりおるのう。

 きちんと鑑定で人のいないところを見つけ、そこを目掛けて風刃を飛ばしおったわい。

 なので屋敷にこれだけの損害を負わせても死人、怪我人共に0で済んでおるぞ。

 アオイとしてはワシに怒られる覚悟でやったことなのじゃろうな。

 申し訳なさそうにワシを見ておるわい。

 どのみちワシがやろうとしたこととあまり大差が無いからの。

 アオイを責めることはせん。

 寧ろアオイに手を出させたこの愚能領主を許すことが出来んな。

 今現在、金にものを言わせるだけ言わせた悪趣味な貴族服を地面につけ、しりもちをついているこの愚か者。

 さてどうしてくれようか。

 じゃがまあ、これだけのことをされればいくら愚能なこの領主でも考えを改めるじゃろう。

 次の出方を見てみるとするかのう。

 しかし・・・

 こやつの口から出たのは意外な言葉じゃった。

「す、素晴らしい・・・貴様も俺の女になれ。そしてその力を俺の為に使うのだ。」

 今度はアオイのことも求めてくる愚領主。

 足の爪先からゆっくり頭の天辺まで舐めるように見られ、さすがのアオイも鳥肌を立てている。

 ほう、いい度胸じゃな。

 ワシの侍女に手を出そうと言うのか?

 どこからこんな自信が出てくるのかと鑑定でこやつを見たところ・・・

 あ~、なるほど。

 この希少スキルがあるから安心しておるのじゃな。

 全く・・・

 本当に愚かじゃのう。

「さあ、俺の女になれ!魅了チャーム!」

 愚領主は立ち上がり、早速その希少スキルをワシ達に使ってきた。

「そこに膝ま付き、頭を垂れよ。そして俺に忠誠を誓うのだ。」

 自信満々に言う愚領主。

 その面構えはかなり調子に乗っている。

 フゥ・・・そんなものがワシ達に効くはずなかろう。

 全く・・・

 ほとほとこやつは救えんな。

「主様ぁ、あの人何言ってるんですかぁ?」

 全く魅了されていないアオイはワシにそう質問してきた。

 まあそうじゃよな。

 ワシ達には全状態異常無効があるからの。

 それに何より、いくら希少スキルのチャームとはいえ魔力量が多いワシやアオイには元々きかんのじゃ。

 そんなこともわからん愚能者。

 もうよいからこやつらを消して、ゆっくりとアオイと二人で噴水でも眺めようかの。

「言わせておいてやれ。あれがこやつの遺言になるからの。」

 ワシはパチンッと指を鳴らし、出入口の門を塵に変えてやった。

 そして愚領主に向けて不敵に笑ってやる。

 そこで漸く愚領主は自分の置かれている状況を理解したようじゃ。

「な、何!?チャームが効かないだと!?そんな馬鹿な!それに門を一瞬で消してしまう魔法なんて・・・お前達は何者だ。」

 一歩も二歩も後退りながら、焦りの色を露にする愚領主。

 何者かか・・・

 そうじゃのう。

「だから先程言ったじゃろ。ワシ達はそこの噴水を見に来た観光客じゃ。素直にワシ達を通せば何もせんかったのじゃがな。そなたは自らこの状況を作ったのじゃ。覚悟は出来ておるな?」

 ワシがちょっと圧をかけてやると、愚領主はまたしてもしりもちをついてしまった。

 ふん、みっともないのう。 

 ワシはツカツカと愚領主に歩み寄った。

 このようなやつが消えたとしても、直ぐに新しい領主が就任するじゃろう。

 それに今後このスキルを魔力が少ない者に乱用されても良くないからな。

 ワシが引導を渡してやる。

 愚領主との距離が段々と近くなっていく。

 すると先程まで何もせず主の後ろで待機していた騎士達が、急にワシの行く手を阻もうと立ち塞がってきた。

 従順なものじゃが、ワシは少し腹を立てておるのでな。

 邪魔をするのなら多生痛い目にあってもらうぞ。

 ワシは領主達に対して、先ずは軽めのナイトメアクラッシュを放とうと右手を前に向けた。

 何、直ぐには殺さん。

 精々今までしてきた自分の悪事を後悔しながら苦しむがよい。

 喰らえ・・・!?

 ワシが魔法を使おうとした直前、奴等よりもずっと後方から突然声が飛んできた。

「あんた達!何してるんだ!」

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