第11話 魔導書『グレータン』


 キサラムを守衛に雇った日から3日経った。

 もうそろそろ来る頃じゃろうか。

 まあ別に待っているわけではないが、来ないなら来ないで有り難いのう。

「主様ぁ。そろそろ散歩に行ってきますねぇ。」

 アオイは装備を身に纏い、ミドリコを肩に乗せて玄関から声をかけてくる。

 キサラムと出会った日は置いておいて、毎日の日課をちゃんと続けて偉いのう。

 うむうむ。

 最近はアオイの奇行も落ち着いておるし、平和な日々じゃ。

 アオイとミドリコが出掛けた後、ワシは庭に椅子とテーブルを用意し、日向ぼっこと洒落こんだ。

 日がポカポカと気持ちいいのう。

 うむ、このままここで読書でもするか。

 ワシは異空間収納から一冊の魔導書を取り出し、ページを開いた。

 何度も読んでおるが、これは面白いのじゃ。

 何が面白いか・・・

 実はこの魔導書・・・

『お久しぶりです。クロア様。また読んで頂き光栄に存じます。』

 意思をもってしゃべる本なのじゃ。

 アオイが来る前まで、暇なときはよくこやつと話したものじゃ。

 いや、基本的には毎日暇なのじゃがの。

 しかしまぁあれじゃ。

 暇には暇なりに種類があるのじゃよ。

『本日はどの辺りを読みますか?』

「そうじゃな。久しぶりにグレンガルーの調理魔法について頼むかの。」

『かしこまりました。』

 ワシはグレンガルーという魔獣の捕獲方法から調理に至るまでに使う魔法の説明を魔導書に頼んだ。

 この魔導書の良いところは、毎回話し方を変えて読んでくれるところじゃな。

 何度読ませても飽きがこない。

 『最初の魔王』から貰った逸品じゃ。

 子守唄代わりに聞きながら茶を飲んでいると、もうアオイ達が帰ってくる時間近くになっておった。

 どれ、昼食の準備でも始めるかの。

 といってもテーブルと椅子を用意するだけじゃがな。

 アオイの魔力位置から察するに、後10分程の距離か。

 ならゆっくり出しても良いじゃろう。

 ・・・っと思っておったのじゃが・・・

「主様ぁ!ただいま戻りましたぁ!」

 転移の指輪の力で一瞬で帰ってきおったわ。

 あの程度の距離で使うこともなかろうに。

 しかも何やら怒っておるし。

「何かぁ声が聞こえましたけどぉ!もしかしてぇ浮気ですかぁ!浮気ですかぁ!」

 全くもって身に覚えの無いことを持ち出して突っ掛かってくるアオイ。

 どんな聴力をしておるんじゃこやつは。

 って言うか何が浮気じゃ!

 そういうのは夫婦じゃったり交際しておる相手に使う言葉じゃろ!

 ワシ等はそんなんではないからな!

 それに何で2回言ったんじゃ!

「私ぃ、信じてたんですよぉ。だからしばらくおとなしくしてようって思ってたんですぅ。いつか主様が私を抱いてくれると信じてたからぁ・・・でもぉ・・・酷い裏切りですぅ!」

 アオイは言うだけいって泣き出してしまった。

 全く・・・泣きたいのはこっちじゃ。

 それに抱かんしな!

 ワシは仕方無く声の主である魔導書の説明をすることにした。

「落ち着けアオイや。そなたの言う声じゃがな。それはこの『グレータン』という名の喋る魔導書から発せられたものじゃ。これはの、この世界の殆どの魔法が載っている本でな。昔、『最初の魔王』が厳重に封印しておったものなのじゃ。どうも自分でこの本を作っておいて、扱いに困ってしまったらしいでの。じゃからワシが譲り受けて、時折、本当に暇なときに話し相手になってもらってたという訳じゃ。わかったかの?」

 ワシの言ったことが理解できたのかどうか、アオイは泣くのを止め難しそうな顔をしておる。

 この魔導書の凄さがわかったのかのう。

 そりゃそうじゃろうな。

 何せこの魔導書があれば『全星の魔王』に並ぶ魔法の達人になれるのじゃからな。

 でもまあしかし、魔力が高くなければどんなに高位の魔法を覚えても使えんのじゃがの。

 しかもワシがこれを手に入れたのは、この世界の全ての魔法を覚えてしまった後じゃからそういった面では全然活用できておらん。

 まさに宝の持ち腐れとはこの事じゃな。

 それにワシが創作した魔法は一切載っておらんし載せることも出来ん。

 因みに言うと『ナイトメアクラッシュ』も『ナイトメアフレイム』もワシが創作した魔法じゃ。

 つまり!

 この世界ではワシが最も魔法を習得している魔女なのじゃ!

 どうじゃ!

 すごいじゃろ!

「それってつまりぃ・・・私といると退屈なんですねぇ。悲しいですぅ。」

 しゅんとして肩を落とすアオイ。

 またこやつは・・・

 よくまあそこまでねじ曲げて解釈が出来るものじゃ。

 しかしワシの言葉に一番堪えたのは意外な奴じゃった。

『酷いですクロア様!私は所詮暇潰しに使うだけの、都合のいい本だったんですね・・・あんまりです!』

 本に詰め寄られるワシ。

 何じゃこの状況は。

 都合がいいも悪いも、本ならそういうときに使うこともあるじゃろ。

 何故にこうも責められる必要がある?

「グレーちゃんかわいそうぅ・・・」

 先程まで浮気相手だと思っておったのに、アオイはグレータンに同情しておる。

 何じゃ何じゃ!

 ワシ一人だけ悪者か?

「ピィピィー!」

 この状況に、ミドリコだけはワシの前に来て庇ってくれる。

 ミドリコ、そなた・・・なんていいやつなんじゃ。

 しかしグレータンはまだ収まらないらしい。

『クロア様!私が本の姿だからそんな雑に扱うんですね!だったら・・・』

 グレータンは己にかけられているを自力で解除した。

 何をやっておるんじゃ!

 それは駄目じゃと口酸っぱく言っておいたのに・・・

 目映い光を放ち、姿を変えていくグレータン。

 そして・・・

 光が消えた後、そこに居たのは・・・

「これならどうですか。」

 薄いローブを纏ったグレーの髪の女子おなご

 そう、グレータンが人の姿に変わったのじゃ。

 ああ、やれやれ。

 その姿はを思い出すからやめろと言っておったのに。

 さぞアオイは驚いているだろうと思って目をやると、何故か鼻血を出しながらグレータンを凝視しておった。

「ううぅ・・・こんな美女がそんなあちこち透けている服着てぇ・・・たまらんですぅ。」

 ・・・何を考えておるんじゃこやつは。

 まあともかく、これは注意しなければなるまい。

「おい!グレータン!そなたはワシの言い付けを破ったな!従って今後100年間、異空間収納から出さんことにする!」

 当然の罰じゃ。

 ワシの嫌がることをしたのじゃからな。

 そしてようやく自分のしてしまったことに気付いたグレータンは、肩を落とし涙目で俯いてしまう。

「あぁ・・・またあそこに入るんですね・・・わかりました・・・クロア様、本当にすみませんでした。」

 凄く反省している様子のグレータン。

 ・・・う~む。

 少し言い過ぎたか?

「主様ぁ。いいじゃないですかぁ。私もぉグレーちゃんが浮気相手じゃないってわかりましたからぁ。それにこれからお昼ご飯ですしぃ、皆で一緒に食べましょうぅ。」

 すっかりグレータンを受け入れたアオイは、ワシとグレータンの間を取り持とうとする。

 まあ別に、ワシも多少は感情的になってしまった部分もあるしの。

 昼食くらいよいか。

「わかった。ではグレータンよ。一緒に食べるとしようか。このアオイの出す異世界の料理は絶品じゃからな。」

 ワシはグレータンの肩に手を置き、昼食に誘った。

 勿論グレータンは大喜びじゃ。

「あ、ありがとうございますクロア様!それにアオイさんも!」

 うむうむ。

 一人でとる食事もいいが、複数人でとる食事も嫌いではない。

 ワシは手早く異空間収納からテーブルと椅子を出し、皆を座らせた。

「では出しますよぉ。食料フードぉ!」

 アオイがスキルを発動させると、これまた見たことの無い料理が目の前に現れた。

「今日の昼食はぁ、厚切りチャーシュー丼半熟卵のせとぉ彩りシーフードサラダですぅ。因みにサラダを出したのはぁ、先輩も一緒にどうかなぁと思いましてぇ。」

 ふむ、なるほどの。

 やはりこやつはその辺の気回りが出来るようじゃな。

 そういうことなら呼んでやるとするかの。

 ワシは空間移動の応用技を使い、従魔をここに転移させた。

「よし。みんな揃ったことじゃし、いただくとするかの。」

 ワシの合図で食べ始める面々。

 ここ最近ではミドリコの行儀も良くなり、ちゃんと待つことができるようになっていた。

 それもこれもアオイのスパルタ教育の賜物じゃろう。

「どれ・・・」

 皆がいい顔で食べ進めるのを確認したワシは、チャーシュー丼とやらを一口食べてみた。

 む!

 これは・・・

 なんて柔らかい肉なんじゃ。

 この厚みでこの柔らかさはこの世界には中々無いぞ。

 きっとこれは調理方法に秘密があるに違いない。

 それに中まで染みているこのタレの味も格別じゃ。

 ん?

 この卵をといで一緒に食べるとどうなるのじゃろう。

 どれ・・・

 ・・・

 おっとこれは!

 何ともまろやかな味わいに代わりおったぞ!

 いくらでも腹に入りそうじゃわい。

 周りを見てみると・・・もう皆食べ終えておる。

 ワシはよく味わって食べる習性があるので、他から見たら食べるのが遅い。

 皆を待たせてしまうのう。

 ・・・と思っておったが。

 皆の視線がワシに釘付けになっておる。

 何じゃ?

 余程暇なのか?

 待たせて悪いと思うが、そんなに見られたら食べづらいのう。

「主様が食べてる姿ってぇ、とても素敵ですよねぇ。つい見いっちゃいますぅ。」

「そうですね。クロア様のお口の中に入れるなんて、あの食材たちは幸せですよね。」

「ピィ。ピィー。」

「・・・」

 ・・・

 ちょっと待て。

 ワシは見世物か。

 更に食べづらくなったわ。

 そうはいってもこのチャーシュー丼を食べることは止められない。

 見られながらは恥ずかしかったが、ワシは舌鼓を打ちながらチャーシュー丼を完食した。

「フゥ・・・満足じゃ。」

 とても良い時間じゃった。

 後は茶でも啜ってまったり過ごすかの。

「ねぇアオイさん、見ました?あのうっとりしたクロア様の顔。もう私トロけちゃいそうです🖤」

「わかりますぅ。私もぉあのお顔大好きなんですよぉ🖤食べちゃいたいですぅ🖤」

 ・・・聞こえておるぞ。

 何をコソコソ話しておるんじゃ。

 しかしグレータンは急に真面目な顔になり、ワシの元へやって来た。

「ありがとうございますクロア様。これで向こう100年は耐えられそうです。どうぞ私を異空間収納にお収め下さい。」

 儚げで切ない表情をしているグレータン。

 その顔で・・・

 そんな表情されては・・・

 ・・・

 ええい!

 しょうがないのう!

「そんなに異空間収納に入りたくなければここに残ってもよいぞ。但し!普段は本の姿でいることが条件じゃ!その姿になっていいのはワシが許可したときか自身の身が危険に晒されたときのみ。それ以外でその姿になった場合は強制的に異空間収納に入れるからの。わかったか!」

 色々と条件付きでグレータンをここに置いてやることにしたワシ。

 まあ別に居ても困らんし、それに・・・

 たまにあやつのことを思い出すのもよかろうと思ったからじゃ。

 しかしグレータンを他の奴とは会わせることができん。

 注意せんとな。

「あ、ありがとうございます!私、ちゃんと言い付けを守りますんで、これからも宜しくお願いします!」

 深々と頭を下げるグレータン。

 うむ、結果オーライというやつじゃな。

「やったぁ!同志が増えて嬉しいですぅ。グレーちゃんこれからも宜しくお願いしますねぇ。」

 アオイはグレータンに抱きついて大喜びする。

 ・・・

 前から思っておったが、アオイは同性が好きなのかのう。

 いや、まあ、好きなんじゃろうな。

 ・・・

 それはさておき、どれ、まったりタイムの始まりじゃ🖤

 ・・・というときに。


 ピピピピ・・・


 部屋に置いてある伝達魔晶玉から音が鳴った。

 キサラムからかキロイからか。

 ともかく、音が連続で鳴っているということはきっと緊急を要することがあったのじゃろう。

 通常時は途切れ途切れの音じゃからのう。

 ワシは伝達魔晶玉を手元に転移させた。

「何用じゃ。まあ聞かずとも用件は何となくわかるがの。」

 あの魔貴族が予想通り来おったということじゃろうからな。

 しかもキサラムでは手に負えない味方を連れて。

「助けてお母さん!お姉ちゃんが・・・お姉ちゃんが!」

 おっと、キロイじゃったか。

 因みにキロイは、その身体の産みの親であるワシのことを母親だと思っているらしい。

 まあ間違いではないから、そのままそう呼ばせておるがの。

 ともかく・・・

 キロイのこの慌てようは何じゃ?

「キサラムがどうしたのじゃ?・・・まさか・・・」

 チッ。

 ワシは少し計算違いをしたようじゃ。

 自分では手に負えない様な相手が来たら直ぐに連絡しろとは言い聞かせたものも、キサラムの性格や忠義心を考えればワシに手を煩わせようとは思わないじゃろう。

 くっ。

 ワシとしたことが!

「お姉ちゃん・・・魔族の軍勢一人で向かっていっちゃって・・・お願いお母さん早く来て!」

 必死なキロイの声。

 すまなんだな。

 こんなにも不安にさせて。

「わかった。直ぐにそっちに行く。それとキロイや。そなたは絶対にその家から出るでないぞ。」

 そう伝えた後、ワシは伝達魔晶玉の魔力を切り部屋に戻すと、ガバッと椅子から立ち上がった。

「アオイ、ミドリコ。今からキサラムの所へ行くぞ。グレータンはそのままの姿で良いから留守番を頼む。」

『はい!』

 状況を一緒に聞いていたアオイ達は、ワシの指示に対し一斉に返事を返す。

 アオイとミドリコは言われる前からもうすでに行く気満々の様子だ。

 グレータンは任せろと言わんばかりに胸を張っている。

 うむ。

 殆どのことは何でもできてしまうワシだが、この面子を見ていると更に心強く感じるのう。

 アオイも逞しくなったものじゃ。

 よし。

 ではキサラムを助けに行くか。

 しかし早まった真似をしていなければ良いが・・・

 何せ相手はおそらく、あの『暴虐の魔王』じゃからな。


 もしキサラムに何かあったら・・・ワシは魔王もろとも奴の国を滅ぼすかもしれん。

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