第10話 キサラムという女

 

 


 暫しの沈黙の後、女は重い口を開いた。

「・・・私には少し歳の離れた妹がいる。妹は病に冒されていて、10日に1回、高位のヒーラーによる治療が必要なんだ。費用は1回につき10万ロイ。生活費も考えると、とても普通の仕事ではやっていけない。だから・・・命の危険が多い高ランクの依頼や、こういうやりたくもない汚い仕事でもしないと生活すら出来ない。私は・・・ただ妹を幸せにしてあげたいだけなんだ。あの子の為に生きると決めたから・・・」

 決意と覚悟を秘めた瞳でワシを見てくる女剣士。

 ふむ、まあそういうことじゃと思っておったわい。

 鑑定の結果、こやつの魂はとても綺麗なものじゃった。

 他の奴等は目も当てられんくらいどす黒く歪んでおったがの。

 ワシだってちゃんと始末するべきやつかどうかくらい見極めるぞ?

 決して快楽殺人者では無いからな!

 それはともかく・・・

 う~む・・・

 ほっとけんのう。

「あいわかった。ならばそなたを見逃してやってもよい。じゃが条件がある。そなたの持っているそのアミュレットをワシに貸してくれ。」

 女の首から下げられている複雑な魔方陣が施されているアミュレット。

 これは中々の代物じゃぞ。

 ワシが言うんじゃから間違いない。

 そして恐らくこれを作ったのは・・・

「これは・・・妹が私の為に作ってくれた物だ。出来れば・・・返してほしいのだが。」

 どうやらワシがそれを欲しがっていると思っている女剣士。

 とても不安そうに見ておる。

 心配せずとも奪ったりせんわ。

「まぁ待て・・・うむ、では行こうとするかの。」

 魔力感知終了じゃ。

 これで辿れるじゃろう。

「?主様ぁ。どこか行くんですかぁ。」

 何が何やら分からず、キョトンとしているアオイとミドリコ。

「ああ、これからその女の妹のところへ転移するぞ。」

「へ?」

 驚くアオイを尻目に、ワシは女剣士の妹の魔力を辿り空間移動を使った。


 ・・・


「え!?あっ・・・お帰りなさい。お姉ちゃん。」

 古びた宿の一室。

 急に現れたワシ達を前に、特に物怖じもせずに迎え入れる女剣士の妹。

 そんな妹にかけより、姉は手をギュッと握った。

「え?え?」

 アオイは女剣士の妹を見て驚いているようじゃ。

 ふむ、まあそうなるか。

 確かにこれは驚く状況なのかもしれん。

 妹と言うからにはこの女剣士よりも若い、幼子を想像していたじゃろう。

 しかし目の前にいるのは・・・

「主様ぁ。まさかこのがこの人の妹さんなんですかぁ?」

「そうじゃ。」

 何となく想像はしていたが、やはりこういうことじゃったか。

 これでは・・・

「森の魔女。妹は治るのか?」

 懇願するような瞳でワシに尋ねてくる女剣士。

 ワシは顎に指を当て、少し考えた後に答えを出した。

「・・・無理じゃな。この者は病気ではないからの。」

 ワシの見立てでは、この女剣士の妹は病気に冒されて瀕死になっているわけではない。

 そりゃあ高位のヒーラーでも治せんはずじゃ。

「じゃあ一体・・・」

「老衰じゃ。そなたも魔族の平均寿命くらいわかるじゃろ。魔王や特殊なスキル持ち以外でそれを覆すことなどできん。」

 そう、単純に寿命なのじゃ。

 寧ろ魔族としてはかなり長生きしている方じゃろう。

 ステータスを確認したところ、魔族の平均寿命を優に越えておるわ。

「そんな・・・だったら何で私はまだ死なない?私たちは血を分けた姉妹なんだ。先に逝くんなら私の方だろ。なのに何で年下のキロイが・・・こんなの耐えられない!」

 当然の疑問じゃな。

 しかしその答えは簡単なものじゃ。

「仕方無かろう。そなたは妖精じゃからな。老いという概念から外れておるのじゃ。」

 こやつは魔族ではない。

 それは魂鑑定をしたときにわかった。

 しかし見た目は魔族じゃ。

 誰もこやつが妖精だということに気づかんじゃろう。

「そんなわけないだろ!私は魔族だ。ちゃんと魔族の両親から生まれたぞ。」

 何かの間違いだと言わんばかりにワシに突っ掛かってくる女剣士。

「そうかもしれんがそなたは間違いなく妖精じゃ。いや、正確には妖精の生まれ変わりというべきか。妖精の魂が妊婦だったそなたの母親の中に入り融合したのじゃろう。」

 そして肉体的な絶頂期でその成長を止めた。

 だから見た目がいつまでも若いままなのじゃ。

「いや、今は私のことはどうでもいい。貴女は高位の、いや、最高位の魔女だろ!何とかしてくれ!お金なら必ず、何年何十年かけても必ず言い値を払うから!お願いだ!キロイを助けてくれ!」

 女剣士は必死にすがってくる。

 う~む。

 何とかしてやれんこともないが・・・

 しかし妹の方は姉とは違う意見を持っておるようじゃ。

「お姉ちゃん・・・もういいんだよ。私のことはもういいから・・・お姉ちゃんはお姉ちゃんの人生を生きて・・・もう・・・私の為に苦労しないで欲しい。これ以上お姉ちゃんを縛る鎖に私はなりたくないから。」

 弱々しい声で、それでも力強く妹は姉に自分の思いを伝えた。

 健気なものじゃな。

 わかっておるじゃろうに・・・

 そして・・・

 わかってないのは・・・

「何言ってるんだ!お姉ちゃんはキロイといることが幸せなんだ!お姉ちゃんは・・・お姉ちゃんの為にキロイを治したいんだから気にするな。・・・苦しんでるキロイを見るのは辛いけど、それでも永く生きてもらいたから・・・」

 ここまで言って、やっと気付いた様子の女剣士。

 自分の愚かさがわかったようじゃの。

「私は・・・自分の欲望の為にキロイを苦しめ続けた?」

 そうじゃ。

 良かれと思ってしていたことじゃろうが、それは妹にとってかなりの重荷になっておったのじゃ。

 自分が生かされることで姉は苦労を強いられることになる。

 そんなこと誰が望むというのか。

 どれ程辛いことだと思う?

「うわぁぁぁぁーー!」

 全てを悟った女剣士は叫び声を上げて泣き崩れる。

 う~む。

 見てられんのう。

 ワシは異空間収納からある物を取り出した。

「主様ぁ。これは何ですかぁ?マネキンですぅ?」

「マネキン?何じゃそれは?これは数百年前にワシが創った『依り代』じゃぞ。」

 まさかこれを使う日がくるとはの。

 人形のオリハルコンを人体のように柔らかくし、禁術を幾重にも施したこの世に存在してはいけない代物。

 三大神にはこっぴどく怒られたがのう。

 なので後にも先にもこれ一体だけしかない。

「お主、名は何という?」

「我が名はキサラム。乙女を貫き通している魔法剣士だ。」

 いや、別に生娘かどうかを聞いた訳ではないのじゃがの。

 まだ名前を聞いておらんかったから聞いたまでじゃ。

 まあ生娘なら生娘でも全然良いのじゃが。

「うむ、ではキサラムよ。お主に選択肢をやろう。正直な話、ワシの力を持ってすれば妹を生かす事は出来る。しかしそれは現状の脆弱な身体のままでじゃ。それでもよければ延命処置をしてやろう。苦しみの中生き長らえさせるか、天寿を全うさせてやるか。さあ選ぶが良い。」

 究極の選択。

 酷なようじゃが、しかしこれは本来避けては通れん道なのじゃ。

「私は・・・私は・・・」

 言い淀むキサラム。

 無理もない。

 すぐに考えを整理して改めることなど出来るわけがないじゃろうからな。

 ・・・わかっておったがの。

「決められんか。ならば第3の選択肢を与えよう。」

 ワシは先程出した依り代を紹介する。

「これはワシの魔導の傑作、『魂魄連動魔装兵器』じゃ。この中にお主の妹の魂を入れれば新たなる肉体を得ることができ、病に苦しむことなく生きることが出来るじゃろう。」

 キサラムからしたらまさに渡りに船じゃろうな。

 じゃが世の中そんなに甘くはないぞ。

「で、ではそれで・・・」

「しかしじゃ。これはワシの魔力で産み出したもの故、ワシの側以外では均衡の森の中でしか生きられん。それにじゃ・・・記憶は無くなりまた一からのスタートとなる。お主にそれが耐えられるか?」

 これは覚悟の話じゃ。

 これで妹が救われたとしても、最早それは別人。

 今までと同じようにとはいかんじゃろう。

 それでも決断せねばなるまい。

 キサラムは少し考えた後、答えを口にした。

「・・・はい。キロイは私の妹です。例え記憶が無くなっても・・・私はキロイを愛し続けます。」

 決意に満ちた表情の姉。

 どうしても妹を失いたくないキサラムならそう言うと思っておったわ。

「私も・・・生まれ変わるのなら・・・またお姉ちゃんの妹になりたい・・・大好きなお姉ちゃん・・・例え全部忘れても・・・この気持ちだけは絶対に無くさないからね。」

「キロイ・・・」

 妹の思いを聞いたキサラムは涙を浮かべ、そっとその手の上に自分の手を重ねた。

「よかろう。では・・・」

 ワシは消えいりそうなキロイの身体ごと魂と一緒に光へと変え、魂魄連動魔装兵器の中に入れる。

 すると魂魄連動魔装兵器はその無機質な身体を変化させ、まるで血の通ったような、可憐な少女の姿となった。

「ここは・・・どこ?・・・あなたは・・・誰?」

 薄く目を開いたキロイは正面にいる姉に聞いた。

「私は・・・あなたのお姉ちゃんよ。これからは・・・いえ、これからもあなたを守ってあげるからね・・・」

 キサラムは大粒の涙を流しながらキロイを抱き締める。

 姿は変わってしまった。

 記憶も無くしてしまった。

 しかし・・・

 今キサラムの腕の中にいるのは、確かに愛する妹なのだ。

「おねえ・・・ちゃん?」

「そう・・・そうよ・・・お姉ちゃんよ。あなたの名前はキロイ。ずっと・・・ずっと一緒にいるからね・・・いっぱい・・・いっぱい思い出作ろうね・・・」

 ウムウム。

 そうじゃそうじゃ。

 そなた達の時間はここからまた動き出すのじゃからな。

 無くしてしまったものは戻らない。

 ならばこれから新たに作れば良いのじゃ。

 隣にいるアオイも、そしてミドリコすらもこの光景を前に涙を流していた。

 ・・・

 まあそれはそれとして・・・

「感動的な場面のところすまないが、キサラムや。ワシはそなたの願いを叶えてやった。しっかりと対価をいただくぞ。」

 ワシは別に聖人ではない。

 ここまでしてやったからには頂くものを頂かんとな。

「・・・好きにしてください。貴女にはそれだけの恩ができました。この命以外なら何でも仰ってください。」

 全くもって覚悟が良いなこやつは。

 実に好感が持てるぞ。

「うむ、良い覚悟じゃ。ならばそなたにはワシの森の守衛をしてもらおう。しかし流石に森全体は無理じゃろうからな。取り敢えず北西の1区画を担当するということでよいじゃろう。勿論給金も支払うぞ。どうじゃ?」

 正直、結構しんどいと思うが仕方無かろう。

 ワシとしてはそれだけのことをしたと思っておるからの。

「そんなことでよろしいのですか?元々私は貴女に仕えたいと思っていましたから、願ったり叶ったりなのですが・・・」

 何と。

 こやつ、ワシの下で働きたいと思っておったのか。

 うむ、いい心意気じゃな。

 気に入ったぞ。

「よいよい。それに妹・・・キロイも森に住まわせてやらねばならんだろうからな・・・そうじゃ。家を建ててやろう。ちょっと待っておれ。」

 ワシはスキルと魔法をフル活動させ、ここから数十キロ離れた森の中にちょちょいっと家を建ててやった。

「フゥ、できたぞ。後は引っ越すだけじゃな。荷物はこの部屋にあるもので全部か?」

「は、はい。他にはありませ・・・」

「では行くぞ!」

 キサラムの言葉を全て聞き終わる前に、ワシは空間移動を使ってこの場にいる全員を新築の家へと転移させた。


 ・・・

 

「こ、これは立派な・・・よいのですか?私は貴女に貰ってばかりです。」

 出来たばかりの家を見て、感動と感謝の言葉を述べるキサラム。

 まあこれからのことを考えればこれくらいのことをしてやらんとな。

 そしてワシが『このくらい気にせんでも良い』と言おうとする前に、何故かアオイが得意気に口を開いた。

「いいんですよぉ。主様の御厚意に甘えちゃってくださいぃ。私もぉ、あなた達の味方ですからぁ。絶対幸せになってくださいねぇ。」

 ニコニコと笑顔で言うアオイ。

 うむ、どうやらこやつも二人のことが気に入ったようじゃな。

「ありがとう、え~っと・・・」

「あぁ、自己紹介がまだでしたねぇ。私はアオイっていいますぅ。主様のぉ、奥さんですぅ🖤」

「ちゃうわ!」

 全く・・・

 しばらくツッコミしなくて済んでたと思っていたのに・・・

 誰が誰の奥さんじゃ!

 っとまあそれは置いておいて・・・

「そうじゃ。そなた達にこれをやろう。」

 ワシは異空間収納から玉を取り出しキサラムに渡した。

「これは?」

「それは『伝達魔晶玉』と言ってな。この玉の対となる玉に、こちらの玉の正面に映るもとの声を届けることができるのじゃ。」

 これもワシが作った魔道具じゃ。

 この玉の凄いところは、魔力が低いものでも使えるということじゃな。

 しかしその分使い方は複雑だったりするのじゃが。

「な、なんと・・・貴女は神ですか?」

 驚愕するキサラム。

 まあ当然だな。

 こんな魔道具を持っている者など、世界広しといえ他にいやせんからの。

 さぞアオイも驚いていることじゃろうと思って隣を見てみると、『ああぁ、テレビ電話みたいなもんですねぇ』と訳のわからないことを言ってあまり驚いてはいないようじゃ。

 もしかして、アオイの元いた世界では普通のことなのか?

 だとしたら、まだまだアオイの事は測りきれんようじゃ。

「ワシは神などという崇高な存在ではないわ。まぁあやつらとは知り合いじゃかな。数年に1回くらいは会うかのう。」

 何の用事も無くとも、あやつらはワシのところに来てはお茶を飲んでは帰っていく事が多々あるのじゃ。

 全く・・・暇なのかのう。

「神の御友人・・・私は貴女に仕えられてとても幸せにございます。」

 膝まずき、頭を垂れるキサラム。

 フム。

 こやつはちゃんと自分の立場やワシの威厳が分かっておるようじゃな。

 これは良い奴を雇ったものじゃ。

 とはいえ畏まれ過ぎても困るのう。

「まあそんなことはどうでもよい。それよりも、恐らくじゃがこの玉が活躍するときが直ぐくると思うでの。しっかりと使い方を確認しておくのじゃ。説明書は渡すのでの。」

 そう言ってワシは異空間収納からこの玉の使い方が載っている説明書をキサラムに手渡した。

 数日後にでも間違いなく使うことになるじゃろう。

 勿論先程の魔貴族がらみでじゃ。

 奴は間違いなくに泣きつくはず。

 となると・・・来るじゃろうな。

 面倒じゃが今さら考えても仕方がない。

 取り敢えず今日はもう帰って、昼食でもとるとするかの。

「ほれ、キサラムや。これがこの家の鍵じゃ。無くすでないぞ。ワシらはそろそろお暇するでの。キロイを大切にするのじゃぞ。では、またな。」

 踵を返すワシ達を引き留めようとするキサラム。

 後で聞いた話だと、まだまだお礼が言い足りなかったらしい。

 そんなこととは露知らず、直ぐ様空間移動を使ってワシ達は自宅に帰ってきた。

 さぁて。

 魔法もスキルも使って腹が減ったからのう。

 早速昼食にしよう。

 ワシはアオイに食事を出すように命じた。

 今日の食事も楽しみじゃわい♪

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