第9話 自然は大切に


 アオイが我が家に来て10日経った。


 アオイもミドリコも順調に経験値を稼いでおる。

 この調子ならば、もうそろそろでヒーラーに転職出来るかのう。

 未だアオイの言動には目が余るが、多少慣れてきたわい。

 今日も今日とて朝食を食べた後、アオイ達を日課の散歩に向かわせようとしたのじゃが・・・

「チィ・・・やってくれおったな。」

「どうしたんですかぁ主様ぁ?」

 ワシの様子がおかしいことに気付いたアオイ。

 そりゃあ機嫌も悪くなるわい。

「たった今、森の端に火をつけた愚か者がおるのじゃ。成敗しにいかんとな。」

 ワシの探知能力はこの森全体にまで行き渡らせることが出来る。

 そして森の北西辺りで不審火があることを知った。

 その付近にいる複数の生体反応。

 おそらくこやつらが火を放ったのじゃろう。

「お主達はいつも通り散歩に行って参れ。ワシは急いで現場に行き、消火と怒りの鉄槌を下ろしに行ってくるでの。」

 まったく・・・

 こういう輩は百年に一回位現れるのじゃ。

 その度に成敗と植林をせねばならん。

 本当にいい迷惑じゃ!

 すかさずワシは空間移動を使おうとした。

 ・・・のじゃが。

「ああぁ、待ってくださいぃ。私達も主様と一緒に行きますぅ。火事に巻き込まれた魔獣の傷を治しますからぁ。」

 ワシの殺気にただ事ではないことを知ったのじゃろう。

 アオイは慌ててワシと同行したいと申し出てきた。 

 ふむ、そうじゃな。

 確かに回復魔法も必要になってくるじゃろうし、罪人達はミドリコに任せてもよいかもしれん。

 こやつらの経験値も稼げるし一石二鳥じゃな。

「わかった。ではとっとと行くぞ。」

 今度こそワシは二人を連れて目的の場所に転移した。


 ・・・


 青々と茂る森の景観を、一部赤色に染める無粋な炎。

 この森の木々は精霊の加護で守られている為、魔法による放火では燃えないようになっている。

 つまり、それとは別の方法で火を放ったのじゃろう。

 少し離れたところに転移していたワシ達は、特に警戒もせずそやつらに近づいていく。

 こんな奴等、脅威でも何でもないからのう。

 近づくにつれ、耳障りな声がワシの耳に入ってきた。

「ハーッハッハッハーー!燃えろ燃えろォー!我が領地を広げるためにみんな燃えてしまえーー!」

 うむ、阿呆みたいな声を上げてイキッてる奴がおるのう。

 台詞から推測するに、どうやらこやつはこの付近の領主らしい。

 腹立たしいから直ぐ様、言葉を交わすことなく塵にしてやりたいところじゃが。

 ここは当初の予定通りミドリコに任せるかの。

「コラ!そこの若造!ワシの森にこんな仕打ちをしおって・・・覚悟は出来ておるのじゃろうな。」

 ワシは高笑いをしている、おそらくこの中の首領と思われる男に怒声を浴びせた。

 取り巻きは10名。

 頭には角が生え、肌の色は人族よりも赤らんでいる。

 皆魔族のようじゃな。

 そんな魔族を初めて見たであろうアオイは、目をキラキラさせ『オォ~』と感動している様子じゃ。

 まあそんなことはどうでもよい。

 ワシは指をパチンと鳴らし、森に放たれている炎を消した。

 使ったのは闇魔法『悪夢のナイトメアフレイム』。

 これを使えばを飲み込み、取り除くことなど容易に出来る。

 まあもっとも、こやつらにはどうして火が消えたのかはわからないじゃろうがな。

「な!折角点けた火が!おぉ、何だ女ぁ。俺が魔貴族だと知っての言動か?お前こそ覚悟はできてるんだろうなぁ。おお!」

「知らん!」

 意気がって大声を上げる魔貴族の男を尻目に、ワシは取り巻きの一人に闇魔法『壊死崩壊ナイトメアクラッシュ』を食らわせた。

 おそらく松明を持っていることから、こやつが火を放ったのじゃろう。

 報いを受けさせねばな。

「うわぁ!何だこれ!体がぁぁ!うぎゃゃゃーーー・・・」

 全身の全ての細胞が壊死し、塵も残さず消え失せる魔族の男。

 それを見た魔貴族は焦りの表情を浮かべる。

「貴様ぁ・・・一体何をした。あいつはレベル90の猛者だぞ。それを・・・一体どこへやった!」

「どこへやったも何も、奴はもうこの世におらんぞ。全身の細胞を徹底的に崩壊させてやったからの。」

 そう、この『壊死崩壊ナイトメアクラッシュ』はそういう魔法じゃ。

 魔力が程あれば喰らっても何事も無いじゃろうが。

 しかしそんな奴、この世界には三大神以外いやせんじゃろ。

 つまり、当たれば確実に対象を塵も残さず壊死崩壊させることが出来る。

 乱発禁止の禁術じゃ。

「くそっ!お前は一体なんなんだ!おい!ここは一旦引くぞ!」

 恐怖を覚えたリーダーの魔貴族は取り巻き達にそう言い、撤退を宣言した。

 させんよ?

 ワシは闇魔法の、特に派手なものを使った。

 黒い魔法の大翼をワシの背中に発現させ、見るものに畏怖の感情を与える。

 まあアオイだけはカッコいいだの可愛いだの似合ってるだの言って勝手に盛り上がっておるが・・・

「な・・・それはまさか・・・闇魔法『冥王のハデスウィング』。馬鹿な・・・そんなの伝説上の魔法だろ!絵本でしか見たこと無いぞ!」

 予想通り、効果はテキメンだったようじゃな。

 圧倒的な力の差を見せつけ、逃げる気も失せさせる。

 作戦通りじゃ。

 それにしても・・・

 ほうほう。

 絵本でもこんな感じなのか。

 実際にこれを見たものが描いたのかのう。

 是非ともその作家に会ってみたいものじゃ。

 おっと話が逸れたかの。

 じゃかな。

 ワシに言わせればこんな魔法、ワシの収得しておる魔法の中では中の下くらいのものじゃ。

 大して強い魔法とは言えんぞ。

 しかしまあ敢えてこれを使ったのはあれじゃ。

 見た目がちょっとお気に入りじゃし、何より威圧感があるからじゃ。

 到底勝てない相手だということを分からせ、かつ逃げることもできないと思わせることが肝心じゃからな。

 これでこれからワシの言う条件を飲まざるを得ないじゃろう。

「まあ待て。お主らにチャンスをやろう。ここに小ドラゴンがおるのじゃがの。こやつに勝てたなら見逃してやろう。」

 予定通り、微々たるものじゃがミドリコに経験値を稼がせることにしよう。

 見た目は小さいドラゴンじゃからの。

 特に警戒もせずに乗ってくるじゃろ。

「本当に・・・そいつ倒せば見逃してくれるんだな。」

 ほれ、やっぱりじゃ。

 鑑定さえ使えれば、ミドリコは自分達では手に負えない相手じゃということはわかるのじゃろうが・・・

 実は鑑定。

 かなりのレアスキルだったりする。

 千人、いや、万人に一人習得しているかどうかの希少スキルなのじゃ。

 アオイが持っていたのはオデッセアの計らいなのじゃろうが、いいスキルをもらったものじゃわい。

 おっ、早速一人が動いたぞ。

 この中で唯一の女じゃ。

 うむうむ、レベル120か。

 どうやらこやつがこの中で一番の強者らしいの。

 しかもこやつ・・・

 ・・・

 フゥ、仕方無い。

 ワシはミドリコに耳打をした。

「ピィ!」

 ワシの言ったことをしっかり理解した様子のミドリコ。

 これで後は任せても大丈夫じゃろう。

 女はジリジリとミドリコとの距離を詰めてくる。

 そして・・・


 シュッ


 一閃。

 炎を纏った剣がミドリコに向かって放たれる。

 それを宙に飛んでかわすミドリコ。

 ほう。

 こやつ、魔法剣が使えるのか。

 どうやらレベル以上の腕はあるらしい。

 まさか初激をかわされるとは思っていなかった女は急いで後ろに飛び退き、体勢を整えようとした。

 が、それをミドリコは許さない。

 尾に魔力を込め、それを女に向けて放つ。

 シャドウドラゴン特有の技、シャドウテールじゃ。

 女は慌てて剣を前に構え防御するが無駄に終わった。

 ミドリコの尾はその剣を何の造作もなく砕いたのじゃ。

 そしてそのままの勢いで袈裟懸けに叩きつけた。

「キャァ!」

 後ろに吹き飛ばされ木に激突し、女は意識を失った。

 あまりにも一瞬の攻防。

 ワシとミドリコ以外、皆開いた口が塞がらない様子じゃ。

「馬鹿な・・・そいつは我が領地で最強の女剣士、魔法剣の乙女だぞ・・・高い金を払って雇ったのに・・・」

 ピクリとも動かなくなった女を見て、魔貴族は目を点にしながら震える声で言った。

 そして直後、その声は怒りの声に変わる。

「役立たずめ!おい、お前ら!体制を整えろ!陣形を組め!相手は所詮小ドラゴン一匹だ!やりようによっては勝てる!」

 取り巻きに檄を飛ばす魔貴族。

 うむ。

 腐っても魔貴族か。

 多少なりとも人心操作は出来るようじゃな。

 しかし相手が悪かったの。

 どんなに策を練ろうが、貴様ら程度ではどう頑張ってもミドリコに勝つことは出来ん。

 ミドリコにしても同意見なのじゃろう。

 見て見ぃ、あの様子を。

 地面に寝そべりながら、退屈そうに耳にほじっておるぞ。

 完全に奴等を舐めきっておるな。

 どうやらこの態度で魔貴族の怒りは沸点に達したらしい。

「ええい!全員一斉にかかれ!」

 策も何もあったものじゃない。

 魔貴族の命令に、残っている取り巻き達が身体強化魔法を使って一斉にミドリコに飛び掛かった。

 しかし・・・

 哀れじゃな。

 どんなに攻撃を繰り出そうとも、ミドリコには掠りもしない。

 当たったところでダメージなど無いのじゃろうが、人(?)が悪いミドリコはまるで相手を煽るように退屈そうに攻撃をかわし続ける。

「くそ!当たらん!このままでは魔力が持たんぞ!」

「ならお前のスキルを使え!それなら数秒相手の動きを止められる!」

「わかった!任せろ!喰らえ『影縛り』!」

 ほう、それが使えるか。

 しかし相手が悪かったな。

 よりにもよってシャドウドラゴンに影縛りなど・・・

 当然ミドリコはスキルにはかからない。

 それどころか自分も持っているスキルをこんな低レベルな奴に使われて腹を立てるようだ。

「ピギーーー!」

 そして怒りの声を上げ、一気にシャドウブレスで残りの取り巻きを消し炭にしてしまった。

 まあ別にいいのだが。

 しかしもっとこう、散々恐怖を味わわせた後に消してもらいたかったのじゃがなぁ。

 済んでしまったことは仕方がない。

 しかしこれで恐怖も最高潮に達したのか、魔貴族は足を震わせながらも最後の気力を振り絞り逃走を計った。

 逃がさんことは容易に出来るが、ここは敢えて見逃してやることにする。

 ワシにも考えがあるからの。

「お、覚えてろよー!」

 捨て台詞を吐いて逃げ去っていく魔貴族。

 覚えててやるとも。

 明日か明後日にも貴様は地獄を見ることになるのじゃからな。

 ワシは生き残りである女の前に移動すると、鑑定で傷の状態を確認した。

 ふむ、重症ではあるが、命に別状は無いようじゃ。

 ミドリコは上手く手加減出来たようじゃな。

 ワシがミドリコに耳打ちした内容は、魔貴族の男には攻撃しないことと、この女を生かしておくことじゃ。

 その言い付けをしっかり守ったミドリコは偉いのう。

 中々どうして、このドラゴンは拾いもんじゃったのかもしれんな。

 まぁそれはそうとて・・・

「アオイや。この娘の怪我を治してやれ。」

 ワシはアオイにそう指示を出した。

 じゃがアオイは、どうにも腑に落ちないといった表情を浮かべている。

「はいぃ。でもぉ、いいんですかぁ?敵ですよぉ。」

 まあ当然そう思うわな。

 しかしこやつを敢えて生かしたのには訳があるのじゃ。

「よいよい。こやつは他の奴等とは違うからの。」

 ワシのスキルの一つに、『魂鑑定』というものがある。

 それで鑑定した結果・・・

 こやつは殺すに価しない女だと分かったのじゃ。

「主様がそう仰るのならぁ。『ド・ヒール』ぅ。」

 アオイの魔法で、女の折れた骨や抉れた傷が治っていく。

 かなり痛々しい状態じゃったが、この女にはこれくらいの罰だけで十分じゃろう。

 命を奪うほどではない。

「うう・・・っ!」

 傷が治り、意識を取り戻す女剣士。

 とはいえアオイの魔法では体力まで回復させてやることが出来ず、女はその場で恐怖に引き吊った顔をすることしか出来ない。

 う~む。

 かなり怖がっておるのう。

 まあ仕方無いことか。

 何せいつでも自分の命を奪うことの出来る敵が目の前にいるのじゃからのう。

「・・・私を殺すのか?」

 やっと女から出てきた言葉。

 勿論ワシはこの女を殺すつもりなどない。

 殺すつもりなら端からミドリコにやらせていたからのう。

「頼む・・・見逃してはもらえないだろうか。私は・・・ここで死ぬわけにはいかないのだ。」

 自分の体に鞭を打ち、土下座で懇願してくる女剣士。

 これは予想外な言葉じゃのう。

 てっきり剣士としての誇りを優先させて、早く殺せと言ってくるものじゃと思っておったが。

 まさか命乞いをしてくるとは・・・

 うむ、思った通り。

 これは何かあるのう。

 元々このまま見逃してやるつもりじゃったが、これも何かの縁じゃ。

 仕方無い。

 ・・・助けてやるか。

「・・・事情を聞かせてもらおうかの。」

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