第13話

「ちょっと、付き合ってもらってもいいかい?」それは大井戸の言葉であった。一郎は、彼と二人、外出する事になった。もちろんレオも同行しようとしたが、一郎がお願いすると、意外とすんなり了承した。


「どこに、行くのですか?」一郎は大井戸が運転手する車に乗せられている。いつもは、運転手がいて助手に座っている事が多いが、今日はその助手席に一郎が座っている。結局、大井戸はどこに行くのかは言わなかった。ただ、一緒に来れば解るという返答であった。


「君は彼女……、レオ君の事をどう思う?」唐突聞いてきた。正直、どう思うの意味がよく解らなかった。


「そうですね……、初めは得体の知れない感じでしたけど、あれで可愛いところもあるし、少しずつ俺の言う事も解ってくれてきているみたいだし……」先日、もう被害出るような戦い方はしないと言ったレオの顔を思い出していた。


「彼女は普通の人間じゃない……、それは君も解っているよね。」大井戸は真っ直ぐ前を向いたまま車の運転を続けている。


「それは……、知っています。」一緒にエクスに乗って戦っている一郎は、誰よりもそれを感じている。それに、普段の彼女の力を目の当たりして、それは確信になっている。


「それから……、これは言いにくい事なんだが、彼女の言う『契り』という行為なんだが……」


「契り……」一郎は彼女と初めて合った時に交わした口づけを思い出した。彼の思い出はだいぶんと美化されてはいるようであった。


「その行為によって、彼女は君のDNAを取り入れて覚醒したといっていたよね?」


「ええ、そんな事を言ってましたね」前にそのような事をレオが言っていた。たしか、彼女と自分のシンクロがあり得ないくらい数値が高いと話していたような気がする。


「彼女は君の体については何も言わなかったが……、君の体の検査の結果。君の体にも変化が起こっている事が解った。どうやら、彼女は君のDNAを接種すると同時に君の体にも、何かを送り込んだようた。」大井戸は車の運転を続けながら淡々と話を続ける。


「それは……、どういう事……ですか?」頭が少し混乱して、大井戸の言う事を理解出来ないようである。


「率直に言おう。一郎君、気の毒だが、君も彼女と同じように人間でない者に変わりつつある」横目で一郎の反応を窺うように視線を送った。


「え!?」


「それは君にも少しずつ自覚があるのではないのか?」車は少しずつ市街地を離れて山林に侵入していく。


一郎の心臓の鼓動が早くなっていった。

言われてみれば、少しずつ人の死に鈍感になってきているような気がする。エクスでの戦いで燃える町。死んでいく人々。以前の一郎であれば責任を感じて頭がおかしくなってしまう位になってしまっていたかもしれない。しかし、今の自分は、その事実を忘れたかのように、レオと笑っていた。その瞬間、一郎の頭に浮かんだのは鏡の中に映る自分の顔であった。


「あああ、俺はどうして……」もちろん罪悪感はあった。あったのだがそれは普通の人間が持っている物ではなかった。悲しみを感じなくなってきていると云う事は、生物として強くなった……、という事なのかもしれない。


「ここだ……」大井戸がゆっくりとブレーキを踏んで、車が停車させた。周りに人気はなかった。



「ここは……!?」一郎は辺りを見回した。そこは見覚えのある場所だった。


焼け落ちた民家。その周りは立ち入り禁止を意味する黄色いテープが貼られている。焼け残った塀にはこう書かれていた『天誅!』


「まさか、そんな……、俺の家……」そこは一郎の住んでいた家であった。どう見ても、意図的に放火されたようにしか見えなかった。


「あの、○○市が燃えた夜……放火されたそうだ」大井戸は言いにくいそうに言葉を口にした。


「か、母さん達は……!?」一郎は思わず、大井戸の胸ぐらに掴みかかった。


「残念ながら……」そこから先は、大井戸の唇は動かなかった。言葉の意味を察した一郎はその場に両膝をついてへたりこんだ。


「……一体……、誰が……、母さん達を!?」一郎の両目から涙が溢れてくる。あの時、燃える町の中で焼けてもがき苦しむ人達を見ても感じなかった感情。これが人の感情だと思った。


「気の毒だが、犯人はまだ検挙できていないそうだ。」言いながら大井戸は眼鏡の位置を整えた。


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