第7話
「それで、クエストって一体何なの?」
先ほどまでプルプルと足が震えていたアルヒには依然として怯えている様子は見えるものの、冷静さを多少取り戻しており、現在は机を挟んでアキナの前に座っていた。
二人の間にある木製の机の上には、アキナが食べていた野菜炒めとご飯が盛られたお皿はアルヒが片付けてくれたためなくなっており、アルヒがお皿を洗った後に作ってくれた、甘い香りのする茶色い液体が注がれたコップがお互いの前に置かれていた。
アキナはそれを一口飲んで、液体の正体がココアなのだと分かった。
「アキナさん、クエストを知らないんですか?」
彼の話を聞くに、ここは現代世界とは類を異なる別の世界だと認識した方がよいのかもしれない。なぜなら、先ほどアルヒがアキナのことを魔術家系の末裔と言っていたことから、この世界には魔術、魔法のようなものが存在するということ。残念ながら、21世紀の世界には未だ魔法というものは存在しない。魔法のような科学はあるが、しかし説明出来るのであればそれは魔法とは言えない。
魔法は、理解できないから憧れるものだ。
―――あと、冷蔵庫がなかった。
「れいぞうこ、ってなんですか?」
「食材を保存する箱よ。ま、それは置いといて。クエスト、大体は知ってるわ。アルヒはどんなクエストをしてるの?」
アキナの大体知っているという発言は嘘ではなく、クエストはゲームやマンガではよくよく出てくる上、探索や探求、冒険の旅などの意味がある。
現代日本人を舐められては困る。
どうせ何かしらのモンスターの討伐、もしくは貴重な鉱石や植物の採取だろうと、アキナは考えた。
「えっと、人探しです」
「人探し?」
彼のクエスト内容によっては手伝ってあげて、あわよくば報酬に採取した貴重な鉱石などを分けて貰おうかと思っていたのだが、とんだ肩透かしを食らった気分だ。
アキナはまだ温かいココアを一口飲んで唇を湿らした。アルヒは甘党なのだろう。甘過ぎる。
「誰を探してるの?」
「妹です」
「へー、妹いるんだ。お兄ちゃんって感じには見えないね」
アキナのその言葉に、アルヒは自嘲の笑みを浮かべた。
「確かにそうです。僕は胸を張ってシミリィの兄だとは言えません。事実、今回は僕の無力さが故にシミリィが連れ去られてしまいましたから」
アルヒは、ココアの注がれたコップを眺めている。水面に映る自分の顔は、自分にどう映って見えているのだろうか。きっと、今アキナが見ている悲哀に満ちた顔と同じ顔を見ているのだろう。
「連れ去られたって、一体誰に?」
「《
「誤恵?スポイル?」
当然のように聞き馴染みのない名詞が出てきたので、なんだが逆に安心してしまった。あぁ、今まで暮らしていた世界とは違うのだなと。
まぁ、名詞の一つ二つだけで世界が違うと判断するのは尚早だろうが。
「アキナさんって意外と世間が狭いんですね」
「失敬な!ただちょっと物忘れが激しいだけよ!」
「アハハ」
会話を交わしてきてアキナという存在に慣れ始めたのか、アルヒは哀れみからではなく、楽しみからの笑みを浮かべるようになった。
「えっと、まず誤恵というのは」
という切り出しから、アキナが疑問に思った二つの名詞についての説明が始まった。
《誤恵》というのは、人間と人間以外の生命体、お互いが関わり合うことでお互いがお互いに恵みを与えることができる、要は共存できる《互恵》という生命体の逆で、お互いがお互いに恵みを与えず、むしろ害を与えてしまう、全くもって人間と共存出来ない生命体のことである。
その内の一つが、《人拐いの誤恵》スポイル。
スポイルは特段意味もなく、ただの嫌がらせ程度の理由で人を、人以外にも《互恵》を拐い、そして無惨に殺してしまう。《誤恵》の中でも特に危険なモンスターだ。
「そんなスポイルから妹さんを助けるのがクエスト内容?」
「いえ、クエスト内容はスポイルの討伐です。僕の目的がシミリィの救出というだけで、シミリィの救出はクエストではありません」
それを聞いただけで、暇で暇でしょうがないアキナの目的は定まった。
「ならそのクエスト、私が手伝ってあげる」
「え!」
「ただし、クエストっていうくらいだから報酬は出るわけよね」
「そうですけど」
「ならその報酬は私が貰うわ。その代わり、あなたの妹を助けてあげる」
ぬるくなって、そのいきすぎた甘さを感じやすくなったココアを一気に飲みほし、アキナはアルヒを見据えた。
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