第6話

 「お前、な、何してるんだ」


 少年は涙目で、よく見ると足も震えていた。


 武器も持たず徒手空拳で、一度負けた相手の前に立つなどよほどの勇気であると、秋奈は感心した。


 まぁ、秋奈には彼への関心はないが。今の秋奈の意識は、野菜炒めとお米だけだ。


 秋奈はまた一口、今度はお米と一緒に野菜炒めを口にした。


 やはりお肉が無いので食べ応えに欠けるが、まぁそこに関しては目を瞑らなければならない。


 「そ、その野菜とご飯は、ぼ、僕の残りの、クエストクリアの為に、備蓄してた、最後の」


 「クエストクリア?ゲームのこと?」


 秋奈は食料の事には触れなかった。


 「げ、げぇむ?って何」


 少年の反応を見るに、そもそもゲームを知らないという風である。では彼の言う《クエストクリア》とは一体何なのか。


 めんどくさいなと思いながらも、ゲームが好きであった秋奈は、彼の持ち出した話しに関心を向けた。まぁ、単に朝食を食べ終えたから暇になったというだけなのだが。


 「君、名前は?」


 秋奈は箸を皿の上に置いて、少年に名前を訊いた。話をするにおいてお互いを知るというのは重要なことであると、秋奈は経験からよく知っている。


 少年は、秋奈に敵意が無いことを察したのか、場の空気に少し慣れたのか、足の震えは止まり、真っ直ぐと秋奈のことを見ていた。


 「ぼ、僕はアルヒ・フェノメノン。ただの一市民だよ」


 「別にわざわざ一市民なんて言い方しなくたって、あんたが何の権力も持たない市民ってくらい分かるわよ」


 こんな貧相な家に住んでいるのだ。それでなくとも、彼の体型からただの市民だということはわかる。


 「あなかからしてみれば、そうかもですけど」


 アルヒの先ほどとは違う様子と言葉遣いは、彼が現在秋奈が乗り移っている人物の事を知っているということを説明するに十分といえた。


 「あんた、もしかして私のこと」


 「ええ、知らない筈がないですよ。と言っても、今思い出したんですけどね。王国きっての魔術家系イマジナル家の末裔姉妹。王国を救った《心象シネクドキ》と呼ばれるエリス・イマジナルさんの妹、《幻想メトニミー》フィーネ・イマジナル。お姉さんの方は、僕たち市民の憧れです」


 余計な一言を付け足したアルヒだったが、もしそれが挑発のつもりだとしたら、秋奈には全く無意味なものだった。なにせ、秋奈は自分自身がそのフィーネと呼ばれる少女の意識が無いのだから。


 脳と身体はフィーネ。しかし、魂と意識は秋奈。


「ふぅん…。そうよ、私はフィーネ・“アキナ”・イマジナル。アキナって呼んで」


 「ミドルネームがあったんですか?」


 「そうよ」

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