第8話

 無事交渉は成立。


 なのでアルヒとアキナは早速行動に移った。


 「ちょっと待ってください」


 椅子から降りて、木製の床を軋ませながら玄関へと向かうアキナを静止させ、アルヒは恐らくもう冷めきってしまったココアを飲み干した。


 「アルヒくん甘いの好きなの?」


 今更ながらの質問だし、訊く必要もない質問だが、まぁお互いの親睦を深める質問だと思えば訊く必要はあるかもしれないと思い、アキナは訊いてみた。


 アルヒはアキナの質問に「いいえ」と答えた。


 「は?好きでもないのにそんなクソ甘いの飲んでるの?なんで?」


 「ええ、まぁ。シミリィが好きだったもので、シミリィを探しに行く前に絶対飲むんです。忘れない為に」


 「忘れない為?」


 大事な妹の存在を忘れてしまうほどに、彼の脳みそは残念なのだろうか。交渉、破棄してもよいだろうか。


 「そ、そんなことないですよ。妹のことを忘れる兄は、きっと世界にはいません。ただ、これはスポイルの影響で」


 「スポイルの?」


 行ってきますの言葉もなしに、アキナとアルヒは家を出て、家の右隣にある倉庫からアルヒは刀を一つ持ち出した。


 「奴らの二つ名である《人拐いの誤恵》は人を拐うことを表しているのではなく、一纏めに全てを拐っていくということを表しているんです」


 「一纏めに全てを?」


 そこでアキナの脳内で《人拐い》だったものが、《一拐い》に変換された。


 先ほどからずっとアルヒの言葉を疑問形にして復唱しているだけのアキナと、甘い香りが口腔内に漂い続け、シミリィのことを鮮明に思い出しているアルヒは、倉庫から出て右手にあるトンネルへと入る。


 「本来拐われた場合、拐われるのは身体だけです。そして殺された場合、殺されるのは命だけです。ですけどスポイルが拐った場合、拐った対象の存在をも拐います。それにより、誰の記憶にも被害者の存在は残らない」


 アキナは息を飲んだ。


 「そんな、それって拐ったら勝ちじゃない」


 「ええ、だからこれまでスポイルには、最優先クエストとして討伐依頼が出ているんです」


 「これまでって、いつから」


 「大体2年前くらいからです」


 2年という数字に、アキナは絶句した。


 「2年間、誰もスポイルを倒せてないってこと!?」


 アキナの声が、トンネル内に響き渡った。


 「事実としてはそうです。ですが、倒せていないというか、もしかすると倒すことをしていないのかもしれません」


 「どういうこと?」


 「クエストに挑んで負けた場合、当然スポイルに全てを拐われます。故に誰も、討伐クエストに出た冒険者や戦士を覚えていないんです。だから、そもそもクエストを受けたのかどうか、それすらも分からないんです」


 「なるほど。挑んで負けて、結果誰の記憶にも残らないなんて、不憫な戦士ね。戦士は語り継がれて大きくなっていくものなのに」


 「ええ、ホントです」


 と、ここでアキナは思った。

 

 「ねぇあんた、それじゃあもしかして私たちが最初のスポイル討伐クエストに出た戦士ってこと!」


 「まぁ、そういうことになりますね。どうしたんです?」


 「2年間誰も倒せなかったスポイルを倒すのよ!報酬としてお金だけじゃなくって、名声まで手に入るわ!」


 「がめつい人ですね」


 アキナのことを、頼もしいと思ったアルヒだった。

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