第16話 出雲市駅 午前11時3分

午前11時3分、サンライズ出雲号は終着の出雲市駅に到着した。到着前に車掌さんがアナウンスで遅延が生じたことに対して謝っていたが、理由は「体調を崩されたお客様の治療を行っていた」と説明していた。『体調を崩したどころではないでしょ』と僕は思ったが、殺人事件が発生したなどと言えばパニックが発生してしまう可能性がある。そう考えると、やむを得ない対応なのかもしれないとも思った。


サンライズ出雲号が出雲市駅に入線すると、僕は個室の扉をそっと開けて、周辺の様子を窺った。警察関係者の姿は見当たらない。恐らく事件現場となった部屋で現在も捜査をしているのであろう。あるいは捜査が終了し、途中の松江駅や宍道駅で下車したのかもしれない。


僕は下車する準備を済ませると、再びビデオカメラで撮影を始めた。


もう一度部屋の中をビデオカメラ越しに見ながら、この半日に起きた出来事を振り返ってみた。


まず、乗車直後に大物の鉄道系You Tuberに罵声を浴びせられ、ショックで寝込み、鉄道研究会のメンバーに叩き起こされてライブ配信を実施。岡山駅で、サンライズ出雲号と瀬戸号の離結を堪能した後、殺人事件に遭遇。挙句の果てに、乗り込んできた岡山県警の刑事に取り調べさながらの尋問を受けることになった。


『とんだ滑り出しだ。。。』


僕は深いため息をついて、サンライズ出雲号をあとにした。


ホームには、サンライズ出雲号に乗車していた大勢の乗客が残っていた。私のようにビデオカメラを構えているものもいれば、携帯電話で記念写真を撮影しているものもいた。堂々と欠伸をするもの。さらには、恋人との今生の別をするかのように、涙ぐんでサンライズを見つめるものの姿もあった。


僕はビデオカメラの撮影を終えると、素知らぬ顔で、殺人現場となった部屋の窓付近に歩みを進めた。スクリーンが閉められているため、中の様子はよく分からなかった。


ここで引き返せばいいものを、僕は黄色い点字ブロックを踏まないように注意しながら、現場の前をうろついていた。怪しげな行動を取っていることは百も承知だったが、気になってしかたないのだ。


そして次の瞬間、僕は自分の浅はかな行為を後悔することになる。


突然スクリーンが開き、先程僕の部屋を訪れた女性の鑑識スタッフと目があってしまった。僕は硬直し、女性の顔を見入ってしまった。女性は眉間に皺を寄せると、後ろを振り向き、誰かに向かって何事か伝えている。


すると、目つきの鋭い長身の真田刑事が、鑑識スタッフの隣に現れた。


パニックになった僕は真田刑事ともしばらく見つめ合うと、我に返って軽く会釈した。そして、何事もなかったかのように踵を返すと、階段へ早歩きで向かった。




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