第7話 先輩YouTuberの洗礼

一旦部屋の解説を終えると僕はビデオカメラを手にしたまま部屋を出た。サンライズでは、ホテルと同じように部屋に鍵をかけることが可能だ。まさに走るビジネスホテルである。4桁の暗証番号を入力し、鍵がかかったことを確認した僕はビデオカメラ片手に階段を降りていった。その時である。


僕は撮影に集中するあまり、通路を早歩きで接近してくる男に気づかなかった。この男も僕と同じようにビデオカメラを構えていた。そのせいか、僕の存在に気づかなかったと見え、僕たちは出会い頭で軽く衝突してしまった。転倒するほどの勢いではなかったが、僕は危うくカメラを落としそうになった。僕たちは二人ともカメラの無事を確認すると、衝突してきた不届き者を確認した。僕にぶつかって来たのは、筋肉の塊のような男であった。黒いTシャツの袖からは丸太のような太い腕が伸びている。胸板は厚く、ボディービルダーのような体つきであった。身長は169センチの僕とさほど変わらない。僕は恐る恐るこの男の顔を見てみた。短く刈り込んだ金髪のショートヘアがすぐに視界に入った。僕はショックで固まってしまった。僕と衝突した男は、有名な鉄道系YouTuberだったからだ。マッスルトレインというYouTuberであり、視聴者からは、マッスルさんと呼ばれている。何を隠そう、僕もマッスルさんのチャンネルを登録している。マッスルさんは、その強靭な肉体、そして、ド派手な風貌とは裏腹に丁寧に、分かりやすく解説することで人気を博していた。トーンも穏やかであり、割とゆっくりと話すタイプだ。マッスルさんは、動画でいつも見せている笑顔を作ると、

「大丈夫?」

と優しく僕に問いかけてくれた。

僕が頷くと、マッスルさんの視線は僕が持つビデオカメラに移り、

「君もYouTuber?」

と目を輝かせて尋ねてきた。

「ええ」

僕は憧れのYouTuberの1人に出会えた感動で声が裏返りそうになった。

「登録者は何人?」

「8人です」

僕は頭をかきながら正直に答えた。8人といっても、鉄道研究会のメンバーが情けで昨夜のうちに登録してくれただけであり、実際には0人に等しい。僕は「先は長いけど、がんばれ」のような励ましの声を期待していた。しかし、僕の答えを聞いたマッスルさんの顔から、つい先程まであった笑みが消えている。そして、マッスルさんはドスの効いた声で、

「やめとけ。お前なんか成功しねえぞ。黙って俺の動画を見とけ、クソがきだ。それとな、素人のくせにシングルデラックスなんて3000年早いわ。通路で寝てろ、ボケ」

とまくし立てるように言い、僕を押しのけて9号車の方向へと歩いていった。振り向くと、マッスルさんの友人と思わしき若い男がこちらを心配そうに見つめていた。マッスルさんとは正反対の、華奢で、おとなしそうな男であった。


僕はたった今マッスルさんから浴びせられた言葉に戸惑いを隠せず、その場を動くことができなかった。『あの優しいマッスルさんが・・・』。そして、無言で部屋へ戻ると、終着駅の出雲市駅までこの部屋から出ることはなかったのである。


意気消沈した僕はビデオカメラを机の上に置くと、スマホをポケットから取り出し、YouTubeを開いた。その後、表情一つ変えずにマッスルさんのチャンネルの登録を解除した。微笑むマッスルさんに向かって暴言を吐きながら。


僕は鏡に映る鬼の形相の自分を見て虚しさを感じ、『何をやってるんだ、俺は』と呟いた。そしてベッドに座り、寝転ぶと、そのままうたた寝を始めてしまった。

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