白薔薇の庭のお茶会

 自分宛てに手紙が届くことは滅多にない。

 だけどこの日、

「おめでと姉さん、はい手紙」

 十六回目の誕生日に、手紙が届く。

 彼氏? とか茶化してくる音夜は無視して中を開ければ、一枚の便箋と、鍵が一本。

 無数の白い薔薇に彩られた便箋には、一行、『この鍵を適当な扉の鍵穴に差してごらん』と書かれていて、よく磨かれた銀色の鍵には、白い糸で編まれた薔薇のキーホルダーが付いていた。

「何それ」

「知らない」

 可愛いなぁ、なんて角度を変えて何度か見た後、うちに鍵穴のある扉あったっけ、と家の中を歩き回れば、ちょうど自分の部屋にあるのが分かった。

 全然使ったことない上に、対応する鍵が現存するのかも知らないけど、贈られた鍵をせっかくだからと差してみれば、何の抵抗もなく回る。

 はて?

 鍵は掛かってないはずなのにした解錠音に首を傾げつつ、鍵を抜いて扉を開ければ、いつも通りの私の部屋──じゃない。


 薔薇。

 一面の、薔薇。

 しかも全部真っ白。


 花を飾る趣味はないし、音夜の誕生日サプライズにしては、その空間は私の部屋よりもずっと広く感じる。

 一歩踏み出せば、靴下越しに土の感触。

 汚れたことに眉を寄せれば、何かが近付いてくる音がする。

 目を向ければ、この空間に負けず劣らず白い紳士と、可愛い黒猫が数匹やってきていた。

「家の扉を使ったのか、夜花」

 シルクハットだっけ? そんな白い帽子に、白い燕尾服に、白い革靴。

 顔の辺りをよく見れば、あんまり私と歳の変わらなそうな少年で、白く見えた髪は金髪だった。

「使っちゃ悪いの、あさき」

 あれ?

 普通に話して普通に名前を呼んだけど、普通に知らない人だな。

 彼は白いトランクを片手に持ち、空いている手で指を打つと、別の黒猫達がやってきて、背中に白いパンプスと、白いハイソックスを載せていた。

「それに履き替えたら?」

 どちらもびっしり、薔薇模様。

 今日の私の服装、スカート部分がふんわり広がった無地の黒ワンピースなんだけど……可愛いからいっか。

 後ろを向くよう伝えて、黒猫にお礼を言いながら受け取り履き替えると、また一歩、中へと進む(汚れた靴下は黒猫に持っていかれた)。

「私のサイズをいつ知ったのよ」

「お気に召したか?」

 私が黙れば、嬉しそうに笑みを浮かべて、こっちだと先を歩く。

 そんなに速くなくて、周りの白薔薇を楽しみながら歩けた。

 薔薇、薔薇、薔薇。

 甘い匂いと美しい景色。目も耳も楽しめる素敵な空間。

 素敵だね、と呟けば、そうだろうと彼は言い、ぷにーと黒猫達は言った。

 猫の鳴き声ってこうだっけ?

 まぁ、いいけど。

 ひたすらこの中を歩いていくのかと思ったら、円形に、何も植えられていない空間に着く。

「少し時間をくれ」

 トランクを地面に置くと、私に中を見られないように開けて、何か色々取り出していく。

 白いガーデニングテーブルに、二人分の椅子。ケーキスタンドにティーセットにカトラリーにと、どれもこれももれなく白薔薇模様。

 それらをセッティングしたら、今度はお菓子の用意もし出して……。

「中、どうなってんの?」

「企業秘密」

 椅子に座れと言われて座れば、飲み物を淹れてもらった。匂いと色から、ミルクティーだと思う。

「……っ」

 カップの中には白薔薇が入っていたみたいで、いきなり浮いてきてびっくりした。

「誕生日おめでとう、夜花。蝋燭は家族に立ててもらいな」

「……ありがとう」

 本当に、誰なんだこの人。

 訝しみながら飲んだミルクティーは、それでも美味しかった。


◆◆◆


 途切れることなく、話していた。

 学校のことや家族のこと、趣味の話やゴシップだったり。

 普通に楽しくはあるし、お菓子もミルクティーも美味しいい、膝に乗ってきたり足元に寝転ぶ黒猫達は可愛いけど、やっぱり彼が誰か分からないことに対する疑問は消えなくて。

「……処でさ」

 もう、訊いてしまおうか。

 何度も思って、でも何故か言えなくて。

「曇りなんだね」

 天気の話を始めてた。

「あぁ、曇ってるな」

「晴れてたらもっと綺麗だったかね」

「曇り空の下で見るのも悪くないだろう」

「悪く、ないけどさ。せっかく綺麗だから、もっと明るい所で見たいの。夏のお昼くらいの明るさでさ」

「……夏、か」

 ふいに、彼は暗い顔で俯いてしまった。

「どうしたの?」

「……もう、夏になるなって」

 自分のカップを凝視しているのに、何も見てないみたい。

「……夏に、なったら……夏に、なる頃には……」

「……」

 暗い顔は、どこか淋しそうにも見える。

「きっと──溶けてるんだろうな」

「……暑くて?」

「そう、暑くて」

「……」

「……」

 思わず吹き出したら、彼も吹き出していた。

「し、深刻そうに当たり前のこと言わないでくれる?」

「でも事実だし嫌だろ」

「確かに嫌」


 そうして戯言は続いていく。

 飽きることなく、途切れることなく。


◆◆◆


「姉さん、姉さん」


 揺さぶられ、瞼を開ければ、音夜と目が合う。

「こんな所で寝ないでよ」

「……?」

 身体を起こして周りを見れば、私は廊下で寝ていたみたい。

「父さんも帰ってきたみたいだし、早くケーキ食べようよ」

「そんな……時間……」

 瞼を擦っていれば、あれ、と音夜が声を出した。

「姉さん、何で家の中で靴なんか履いてるの?」

 言われて見れば、確かに、私は靴を履いている。

 あさきにもらった、あの靴を。

「まぁ、いいや。早く来てよね」

 私を置いてリビングに行ってしまった音夜。

 靴をしばらく眺めた後、さて脱ぐかと手を伸ばして──気付いた。

 瞼を擦ったのとは反対の手、そこには鍵が握られていた。

 白薔薇の庭に行ける鍵。

「……」

 靴を脱いで、立ち上がって、自分の部屋の扉、その鍵穴に鍵を差す。

 抵抗もなく、解錠音。

 扉を開ければ私の部屋──じゃなくて、一面の白薔薇で。

「ぷにー!」

 可愛い黒猫達が出迎えてくれてるけど、

「……まぁ」

 ごめんと言って、扉を閉めた。

 散々楽しんだし、今日はもういいかと、鍵締めもして。

 もう一度開けたら、今度こそは、私の部屋。


『姉さーん! まーだー!』


「今行くー!」

 鍵を机の上に置くと、すぐに部屋から出た。

 蝋燭は家族に立ててもらう、そう約束したから。

 ……本当に、彼は、誰なんだろう。

 気になるけど、訊けないんだろうな。

 違和感もなく、あの場所で、楽しくお喋りするはずで。

 こんなプレゼントも悪くないなと思いながら、家族の待つリビングに向かった。

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