月光に照らされた猫の背

 ──月の光は何色か?


 月は黄色く見えるから、黄色か金色?

 でも光は白に近い銀色に見える。

 どっちだろう、どっちだろう。


 歩く黒猫の背中を眺めながら、その後を緩やかに追っていく。


 今宵は……何だろうあの形、半月よりちょっとはみ出た感じの、でも満月になるにはずっと足りない、そんな月。

 雲の数も微妙。雨が降ってないだけマシと思うべきか。

 人気は少ない。きっとそろそろ丑三つ時だから。

 見知らぬ黒猫と、黒蜜夜花のみ。

 違う。

 私は黒蜜夜花じゃない。

 少なくとも今は。

 お気に入りの黒い猫耳パーカーのフードを目深に被った今だけは、目の前の黒猫と同じ、名もなき黒猫なんだ。

 そうでありたい。


 ──私って何なのか。


 らしくないと言われた。

 ろくに話したこともない男子に。

『らしくない、やめた方がいい』

 前後の会話はない。

 廊下で違うクラスの友達と話してて、予鈴が鳴ったからと、戻っていく友達を見送ってたら、後ろからそう言われて。

 振り返ったら、丸まった男子の背中が遠ざかっていくのが見えた。

 廊下には他にも人がいるし、彼がそうだという確証はないけれど、絶対に彼が言ったのだと思った。

 よく目立つ、白っぽい金色の髪。

 弟の音夜と同じ部活の、確か……白楽君?

 二人が話しているのを見たことがある。

 その時の声と、同じだった。

 何が、らしくないのか。

 分からない。でも、直接訊ねに行く勇気はない。

 だから帰ってから、音夜に訊いた。


「私らしいって何?」

「知らない。姉さんは姉さん」


 以上。

 モヤモヤする。モヤモヤする。

 お風呂に入っても、布団に入っても。

 眠れないから、散歩しようと思った。

 窓の外を見たら、人が全然いないから、歩きたくなって。

 あてもなく、足を動かす。

 そしたらいつの間にか、隣に黒猫がいて。

 足を止めれば、黒猫も止まる。

 じっと見つめれば黒猫は動き出し、少ししたら止まって振り返る。

 ついてこいと言われているみたい。

 私が歩けば、黒猫も歩く。

 てくてくてくてくてくてくと。

「……」

 そうして歩いて思い出す。

 自分が今、真っ黒な猫耳パーカーを着てるのを。

 可愛さに一目惚れして買ったのに、全然フードを被ってこなかったのを。

 被った。

 目深に。

 パッと見では私と分からないんじゃないか。

 なら、今の私は黒蜜夜花でないんじゃないか。


 私はただの黒猫。


 あてもなく、あてもなく、あてもなく。

 仲間に案内されるまま、進んだ先は大きな鳥居と、終わりの見えない階段。

 近所に神社なんてあったか。

 いや上った先に神社はあるのか。

 これで神社でなかったら何なのか。

「ぷにー」

 黒猫が鳴く。

 猫の鳴き方はこれで合っているのか。

 知らない。

 知らないけど、そうであるなら、私も鳴かないと。

「ぷ、ぷに……」

 ちょっと恥ずかしかった。

 黒猫は階段を颯爽と上っていく。

 後に続こうと、足を前に出せば、


「姉さん」


 弟に呼ばれた。

 いつからここにいたのか。

「子供は寝てる時間でしょ」

「二歳しか違わないのに」

 腕を引っ張られる。

「帰るよ、姉さん」

 音夜を見て、階段を見て。

 なかった。

 階段も鳥居も一瞬で消えて、私から遠ざかっていく黒猫の背中だけが目に入る。

「ぷにー!」

 声を掛けても、黒猫は振り返らなかった。

 どこに行くのか。

 帰る所がそもそもあるのか。

 分からない。

 ただただ、月光に照らされた猫の背は、どこか儚く、二度と会えはしないだろうという嫌な確信だけがあった。


「ぷにーって何?」

「知らない」

「変な姉さん」

「……そうだね」


 私はあんたの姉さんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る