第12話 蘇った記憶
「ありがとうございます。」
一念はそう言って、老紳士に右手を差し出す。
しかし老紳士は浮かない顔で一念その右手を見つめたまま、じっとしていた。
え?・・・なんで?・・・。
怪訝な顔で、未だ右手を見詰めたままの老紳士。
紳士はなぜ自分のその手を握り返してくれないのか。
無事、我が家にたどり着いた自分を祝福してくれる気はないのだろうか?
一念の心に不安が
「・・・・・それで?その後のことは?。何も覚えておらんのか?」
?・・・なんでそんなこと聞くんだ?この人は。
紳士のその質問に、更に心に不安が募る一念。
老紳士的には、蘇った記憶の後のことの方が重要らしいが、一念としてはその後はお決まりのタイムスリップ説で幕を閉じたい。
「そ、その後って・・・その後はだから前にも言った通り、僕は昭和47年の時代に・・・。」
「違う!。違う、違うそうじゃない!わしが聞いているのは、そんなまやかしの記憶ではない‼」
いつものように都合よい記憶を口走る一念の話しを、温情なく即座に遮る老紳士。
老紳士は険しい顔で俯き、溜息をついた。
「ふー・・・・そうか・・・。」
ベストの小さなポケットから、なにやら懐中時計らしきものを取り出す老紳士。
紳士は刻一刻と、一念のリミットが迫っていることをその目で確認する。
しばらく押し黙り迷った挙句、紳士は事有り顔で重い口を開いた。
「一念。あのな・・・本当ならわしは、お前さんに自分で気付いてほしかったんだが・・・。。」
そう告げる紳士の瞳からは、どことなく哀しみが透かして見えた。
「しかしもう時間がない。」
そう言って紳士は、その顔に恐れの色を浮かべる一念から瞳を逸らし俯いた。
「だからわしから話すことになるのだが・・・落ち着いて聞いてくれ。いいな?」
いつもとは違う、決意の滲み出た紳士の硬い表情から、これはただ事ではないことだと諭される一念。
次に紳士の口から出る言葉は、自分にとって決して良い事ではないことを悟り、それを無理くり拒もうとした。
「もう、いいんじゃないですか?・・だってほら、こうしてもう、無事に帰って来れたことですし・・・。」
作り笑いで目を逸らし、家の中に逃げ込もうとドアノブに手を伸ばす一念。
するとその手を、老紳士は逃がすまいと掴み取り、「ちょっとまて!話はまだ終わっとらん‼」と、力強く一念に詰め寄る。
「わしは最初に、お前を迎えに来たと言ったよな!それは覚えとるか⁈」
辛い現実から目を逸らせまいとする紳士の気迫に負け、抗いながらも無言で頷く一念。
「それはな・・・。」
もうこれ以上のことは何も聞きたくない!
「それはだ!・・・。」
出来ることならば耳を塞いで家の中に逃げ込みたい一念。
「キキイィィーーーー!」
いよいよ!というところで、けたたましく鳴り響いた自転車のブレーキ音が、紳士のセリフの邪魔をした。
話を止めて振り向く二人。
見ると、娘の日和が帰ってきていた。
「・・・・・・・・・・。」
話の腰を折られ、黙り込む老紳士。
紳士は、真実を一念に告げ損ねてしまった。
隙を見て、力の抜けた紳士の手から逃れた一念。
門の向こうの日和に駆け寄る。
「はるか!」と声をかけようとしたが、何故だろうか一念は、娘の首元に光る新品のネックレスに気を取られ、一瞬、声をかけそびれた。
すると、その一瞬を衝き、一念よりも先に向かいの五十嵐さんのおじさんが血相を変えて日和を呼び止めた。
「はるちゃん!大変だよ!」
その声に振り向く日和と一念。
二人は次に、信じ難い現実を耳にしてしまう。
「はるちゃん!大変だ!お母さんが脚立から落ちて救急車で運ばれた!」
一瞬にして凍りつく、一念と日和。
二人の背筋を、ゾゾゾッと冷気が貫いていった。
次の瞬間、咄嗟に自転車を勢いよく旋回させた日和。
「病院はどこ⁈」と、五十嵐さんのおじさんに聞き返し、日和はおじさんの言う救急病院へと、猛烈な勢いでペダルを踏み込み、すぐさま母の元へと走り去った!
え?・・・どういうことだ⁈
一方、五十嵐さんのおじさんの言葉で頭の中が真っ白になり、取り残された一念。
一念は振り返り「あなたが伝えたかったのはこういう事か⁈」と、無言で老紳士を問い詰めた。
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