第7話 老紳士

 懐かしい公園に別れを告げ、未来に向かって歩き始める一念。


さっきは必死に逃げていたこともあり、目にも留めなかった見慣れたはずの街並みが、実は自分の知らない景色も入り混じって存在していることに一念は改めて気づく。


馴染みある、いつも通りの街並みならば、公園通りを北にまっすぐ進み、二本目の十字路を左に折れれば、二件目に我が家がある。


はずだったが、二本目の十字路が造成中の為、ここにはまだ存在していなかった。


「あ・・あれ?・・・。」


仮囲いに行く手を阻まれ、一念は住み慣れた街で迷子になる。


 なんだか幸先が悪いな・・・。


来た道を後戻りして、公園の向こう側までグルッと一周する形で大回りをして、ようやく家の前の往来まで通じる道にたどり着いた頃には、日もと暮れてお月様がまん丸の顔を覗かせていた。


「なんだか、えらい遠回りさせられた・・・。」


街路灯もまだ疎らな暗い通りを、一念は月明かりを頼りに家を目指して歩き出す。


数多家の軒先が見え始めそうな頃、一念は家の前あたりに人影があることに気付き、その足をピタリと止めた。


「やばい!親父か?」


傍に立った電柱にその身を隠し、しばらく様子を窺う一念。


よくよく見ると、遠目ではあるがその人影が父親ではないことに一念は気付く。


いくら経っても家に入る気配がない人影。


辺りをキョロキョロ見まわしたり、時折、家の中を覗いてみたり・・・。


月明かりに照らし出されたその影は、身形はシュッとしていて整ってはいるようだが、なんだか挙動がやたらと不審な人影だった。


 !もしかして!ドロボーとか、そーいった類か⁈


世代は違うが、これはまさしく我が家のピンチ!


現家長の一念の、本能が疼く!


意を決して、ゆっくりと近づく一念。


そろり、そろりと、一歩ずつ。

そろり、そろり。

そろり、そろり・・・。


すると、あともう少しというところで、近づく一念に気付いた人影が、慌てて逃げると思いきや、くるりとこちらに踵を返し、思いのほか早く走り寄ってきた!


「え!なに?なんで⁈」


怪しい奴の、想定外の挙動に怯える一念。


頭によぎった 襲われる!の一文字に、こちらも同じく踵を返し、またもダッシュで一念は走り去る!


「い、いやああああああ!」

「待て!待たぬか!」


恐怖に怯え、全力で逃げる一念を追う、老いた嗄れ声。


「待てと言うとろーが!」

「いや!いや!いやあああ!」


こわいんだもん、待つわけがない。


「これ!お前!一念じゃろ!」


思いも寄らず自分の名を呼ぶその声に、ダッシュで逃げる一念の耳がピクっ!と反応を示した。


「え⁈いま、俺の名前、呼んだか?」


猛ダッシュで走りながらも、振り返る一念。


見ると人影は思っていたよりも間近まで迫り、一念は焦った!


「うお!」


極々間近まで迫って来ていた人影!


しかし、それよりも驚かされたのは、月の明かりに照らし出されたその人物が、自分そのものだったことだ。


「ええええええええ!」


驚きのあまり、足がもつれて転倒する一念。


勢い余ってゴロゴロと転がり、果てにようやく仰向けで止まる。


「ふー。ようやっと追い付いたわ。」


そう言って覗き込んできた自分の顔を、一念は凝視した。


 見間違いではない!僕だ‼・・・。


「私はお前の・・・・・・。」


えらい勢いで追いかけてきた末、ようやく追いついた目の前の自分は、なにやら自己紹介を始めたようではあるが、いまの一念の耳には全く入ってこない。


ただ目の前の、異世界で出会った自分から目が離せないだけ。


「・・・で、まあ、私がお前さんを迎えに・・・って、おい!聞いとるか‼」


聞こえていないと思います。


呆然として、星空を仰ぐ一念。


しかしその焦点は定まっておらず、一念の心はいまカラッポです。


「おい!わかるか!わしの言うとること、わかっとるか?」


未だ瞬きを忘れ、まん丸に剥いたままの一念の瞳。


「ダメだこりゃ。」


パチン!と目の前で手を叩かれて、一念はようやく戻ってきた。


「わかるか?」と、もう一度大きな声で、一念に呼びかけるもう一人の一念。


一念は「あ・・・はい・・・。」とその一念に、上ずった声で応えるのが精一杯。


それでもなお、呆けた顔でと、もう一人の一念を眺め入る一念。


よくよく見てみると、一念は目の前の一念が、自分よりも年上のようだと気付き始める。


年の頃で言うと、とうぐらいは上だろうか?


自分よりも、深く掘り込まれた皺の数。


そして、自分のようなボサボサ頭とは違い、ピシッと整えられたロマンスグレーのその髪の毛。


冷静さを取り戻しつつある一念は、さらに視線を移し、目の前の自分を品定めした。


 服のセンスだって悪くない。


レトロではあるがセンスの良い三つ揃いのスーツをピシッと着こなし、背筋は曲がらずシャンとしていて、老人と言うよりかは老紳士といった感じの、見た目好感の持てる初老の男性。


ただ顔だけは、ちょっと年喰った自分なのが、一念はやはり気にかかる。


「あの・・・。」

「なんだ?」


顔は瓜二つだが、自分とは全く異なる雰囲気漂わせている老紳士。


「えっと・・・。」

「ん?」


一念は、彼が本当は誰なのかを確かめたくなった。


「あ・・いや・・・。」


しかし・・・・やめた。


「なんだ。言いたいことがあるならはっきりせぃ!」


頭の隅で引っ掛かっている何かが、一念に 聞くな!聞くな!と、騒ぎ立てた。


自分の感情を誤魔化し

「いや、ハハハ・・なんでもないです、気にしないでください・・・。」と、軽く手を振りそっぽを向く一念。


「・・・・・・・・・・・・・・。」


その一挙手一投足を見極める老紳士の鋭い眼光が、誤魔化した感情を見抜いたようにギラリと光る。


「私が何者か気になるか?」


見抜かれた心の内に動きが止まり、くうを見つめる一念。


続けざまに「さっきも言ったが、私は、お前の・・・。」と、話そうとする老紳士の言葉を咄嗟に振り向き「わかります!」と、大声で一念は遮った。


「僕!・・・ですよね。」

「・・・・・・・・・・・。」


そのセリフに、老紳士は怪訝な顔をして口を閉ざし、黙って耳を傾けた。


「あなたは未来の僕・・・ですよね?・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」


一念は怪訝な表情で見つめる老紳士を、まるで説得するかのように、自分の理想を押し付けた。


「あなたは未来の僕で、誤ってタイムスリップしてしまった僕を迎えに来てくれたんです!・・・・・・違いますか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「あ・あれ?・・・。」


黙ったままの老いた自分に不安が募り始める一念。


「違うんですか?・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


老紳士は、なおも難しい顔で一念に見入る。


「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・。」


二人の時間を制止して、更に続く長引く沈黙。


「・・・・・・・・・・・。」


押し潰してくる緊迫に、一念はゴクンと渇いた喉を鳴らした。


「・・・・・・・・・・・・。」


その一念の様子から、もう限界か?と、老紳士は閉ざした口を開いた。


「ふぁいなるあんさー?」

「はぁ⁉なにが⁉」


一念、この期に及んで老紳士にイラっと来た。


「うはははははっ!」


いや、笑い事ではないぞジジイ。


「冗談!冗談じゃって!おもしろいよな!あれな!」


冗談が過ぎるって。


しかもビミョーに古臭いし・・・・。


 この人、本当に俺か?


一念の猜疑心が、別の観点から再び芽吹いた。


「まあ、あれだ・・。」


“あれ”ってなんだ?


「迎えに来たことは理解してくれているようで、良かったわぃ。」


そう言って老紳士は、深堀の皺に更に皺を寄せ、人懐っこい笑顔を一念に贈った。


 この人、初対面の人間にこんな笑顔もするんだ・・・・・。


その笑顔に、老紳士の人の良さを垣間見た気がした一念。


気が付くと一念も、笑顔で老紳士を受け入れていた。


キャラのクセは強いようだが、悪い人間ではなさそうな老紳士。


素性は明確ではないが、途方に暮れていた自分を迎えに来てくれたのは確かなようだし、今は彼を頼るしかない。


一念はひとまず、明るい未来への第一歩のため、彼を信じることにした。



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