第6話 誓い
真夏の民がこぞって集う、電球色の街路灯を恨めしそうに見上げる一念。
「どうしたもんかなー・・・。」と、ぼそりと呟き、いま目の前にある現実を嫌々受け入れ、元の世界に帰る方法を模索しはじめる。
とはいうものの、この信じ難い事態に頼りになるのは、映画や漫画、小説といった、自分にはあまり縁のない空想世界。
かといって帰らないわけにはいかず、その乏しい知識で思考を巡らす一念。
大概のタイムスリップものは、車型やカプセル型。
例外にして誰もが知る物語には、街路灯のようなものがついた二畳ほどのお座敷型といった形で、時代の最先端技術を駆使したタイムマシンなる大掛かりな仕掛けを用いて時間を行き来するが、いまの一念にはそんな便利な道具はない。
タイムマシン帰還案は即却下!
次に望みがあるとすれば、元居た場所で一定の条件が重なり超常現象が起こるパターン。
例えば急に霧が出てきたり、今まで晴れていたのに突然ゲリラ雷雨的な嵐に見舞われたりといった、天候が左右する超常現象が主人公に降りかかるパターン。
あとは、なにかの香りを嗅いでというのもあったが、あれは中身(心?)だけが時をかけるタイムリープ的なもので、一念の現状とは若干の違いがある。
と、いうことは、元の場所で一定条件が重なり超常現象が起こるのを気長に待つしか、今のところ一念には手立てがない。
しかしここで、一つ疑問が浮上する。
仮に超常現象説が正しかったとして、一念にはその超常現象に遭った記憶が全くない。
霧に包まれた憶えもなければ、嵐に巻き込まれた記憶もない。
強いて挙げるとすれば、気を失っている時だ。
一念が元いた世界で気を失っていた時、知らず知らずのうちに何らかの超常現象に巻き込まれてしまったという可能性。
「そうだ!きっとあの時だ!きっとそうに違いない!そうそう!そんな気がしてきた!」と、半ば自分を騙すような形で口にして、一念はそう信じこまざるを得なかった。
謎のオブジェから腰を上げ、もう一度あの場所に戻ろう!と、一歩を踏み出す一念。
しかしそこで、また一つ疑問が一念の頭に浮上する。
いま仮に、その場所に行ったとしよう。
そしてその場所で無事超常現象に遭えれば、きっと自分は元いた世界に戻れるはず。
しかし、その超常現象とはいったいいつやって来るのか・・・。
都心の電車のように、数分刻みでその超常現象とやらは結構頻繁にやってくるのか?
それとも片田舎の電車のように、日に一本とか二本?
まさかと思うが、なんちゃら彗星のような勢いで数年?いや、数十年後?
いやいやいや。いくらなんでも、そんなに長くは待っていられない。
それに、そもそも超常現象に遭うのに無事でいられると思うのもどうなんだろうか?
いやいやいや。きっと、無事では済まないだろう。
何らかの弊害が、きっと起こるはずだ。
そう!その弊害が、今まさに起こっていることだと考えるのが、ごく自然だろう。
なんで自分は、いきなりそんな楽観的に考えてしまったのだろうか・・・。
まったくの想定外な人生ハプニングに混乱し、物事をあまりにも安易に考えてしまった自分の脳をなじる一念。
心の内での自分会議で超常現象案も却下され、打つ手が無くなり再び謎のオブジェに腰を下ろし項垂れる一念。
しかし、いくら考え込んでも他に万全の策は思い浮かばず、ここはもう、腹をくくって元いた世界に戻るのは諦め、この世界で生涯を終える覚悟を決めたほうが現実的かと、一念は自分の心を促し始める。
いやいやいやいや!ダメでしょ‼
いいわけがない!
もし自分がいま、ここで妥協して諦めたら家族はどうなる?
妻の千日はどうなる!
娘の日和はどうなるのだ‼
帰らなければいけない!
なにがなんでも、自分は元いた世界に帰らなければいけないのだ!
自分を待つ、妻の笑顔を思い返し、娘の笑顔を思い浮かべ、妥協しかけた自分会議の面々を一蹴し、一念は奮い立つ!
明るい未来予想が全くもって浮かんでこなくとも、それでも一念にはあの場所に戻って、超常現象を待つ理由がある!
元いた世界に戻らなければいけない理由があるのだ!
いくか‼
謎のオブジェから再び腰を上げ、一念は暮れゆく空を見上げて誓う。
「ママ。はる。待っててね。パパは必ず帰るから。君たちのもとに帰るから!」
一念は、力強くその一歩を踏み込んだ。
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