第5話 昭和47年

どれくらい走り続けただろう。


もつれる足を何度も立て直し、たどり着いたこの場所は,子供の頃によく遊んだ近所の公園。


「なんだ・ハアハア・たいして走ってないじゃん・・・。」


なのに激しく息切れしているこの体。

日頃の運動不足を一念は悔いる。


こむら返り寸前のふくらはぎを引きずり、息絶え絶えに水飲み場まで歩み寄る一念。


「バシャバシャバシャ!」


蛇口をひねると、噴水のように飛び跳ねる水に頭を突っ込み、渇いた喉と体を潤す。


「プハー!・・・ふぅー・・・。」


火照った肉体から、スゥーッと熱が奪われゆく感覚に、一念の思考が正気を取り戻し始める。


深呼吸を一つして、一念は薄暗くなりつつある公園を、くるりと一周見回してみた。


記憶の限りでは、もう既に撤去されたはずの幾つかの遊具が、一念の視界を横切っていく。


ジャングルジムに四人乗りのブランコ。


登り棒にうんてい。


一つ一つを一瞥していく一念。


子供の頃に慣れ親しんだ遊具が、ここには現役で点在している。

 

 どーなってんだよ・・・。


しばらくの間、博物館を散策するように公園内を観て回り、最終的に一念は、小さい頃に気に入って跨っていた、象なんだか獏なんだか分からない謎なオブジェに、腰を下ろす。


 キミは、象なのか?獏なのか?


覗き込んで見たところ、四足動物を模ったそのオブジェには、肩と思われるあたりに耳のような大きな円が彫られている。


そこから察すれば、彼は明らかに象だ、だがしかし、もし彼が象ならば目の位置がおかしい。


目が、象の鼻の途中に付いているように見える。


この小さな丸いくぼみを目というのならば、ビジュアル的に彼は獏だ。


腰掛ける股下を静かに覗き込み、一念はそんなことを思いながら、いま目の前に起きていることから目を背けている。


 このまま顔を上げたら、元居た世界に戻ってはいないだろうか?


願いを込めて、ゆっくりと面を上げる一念。


その視界に最初に入ったのは、グルグル回る地球儀みたいなジャングルジム。


あれもまた、令和の世ではほとんど見なくなった、遊具の一つだった。


願い空しく、先程から予感している一つのワードが、一念に観念を迫る。


若き頃の父と母。


住み慣れていた日常の、懐古レトロな風景。


目の前に広がる、思い出の詰まった数々の遊具を恨めしそうに見詰め、一念は呟く。


「タイムスリップって・・・マジですか?・・・・。」


信じ難い残酷な現実に、一念は一人ぼっちで途方に暮れた。

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