第21話 波長
予想外に千日にその姿を悟られて、千日も自分と同じく、日和をこの世に一人残して、あの世に旅立たなけらばならないのかと懸念した一念。
なんの根拠からかは分からないが、念徳爺さんの自信に満ちた「お前のカミさんはまだまだ生き続けるぞ。」と言うその言葉に、一念は希望の光を取り戻した。
でも、それはなぜなのか?
どうして千日には一念の姿が見え、一念の声が聞こえるのだろうか?
一念は、念徳爺さんに訊ねてみた。
「簡単だ。それはまだ、お前のカミさんが昏睡状態だからだ。」
「え⁈」
これで昏睡状態⁈ 目の前で、こんなにはっきり見えて、こんなにリアルに言葉を交わしているのに⁈
驚きのあまり、一念はもの凄い形相のまま、千日に振り向いた。
その突然向けられたあまりにもホラーな形相から、千日は自分の背後に恐怖を感じ取った!
「え!なに⁈なに⁈いるの⁈いるわけ⁈後ろにいるわけ⁈やめて!ちょっと!あたしこれ以上動けないんだから!」
多数のチューブに繋がれて、不自由極まりないその体でジタバタと焦る千日。
可哀想に、かなりな勢いでビビってます。
「あ、違うのママ。ごめんごめん。大丈夫だから。後ろには何にもいないから。怖がらなくて大丈夫だから。」
取り乱す妻を、慌ててあやす夫。
「やめてもう!夜の病院って、ただでさえ怖いんだから!」
取り乱した千日、不本意に自分を怖がらせた夫に、これ以上ない憤りを感じる。
そのお気持ち、お察しします。
「あの、話進めていいかぃ?」
二人のやり取りを、ニヤケながら一通り楽しんだ念徳爺さん。
そう言うと再び、一念に解説に入る。
おじいちゃんが言うには、あの世とこの世の違いの一つに、波長の違いというのがあるのだと言う。
お互いの波長の違い故に、この世の者はあの世の者を認識しづらいのだと言う。
ただ時折、この世の者もあの世の者と波長が合いやすくなる時があるのだそうだ。
それは、寝ている時や、今の千日のように昏睡状態の時なのだと、おじいちゃんは言う。
しかしおじいちゃんが言うには、いくら昏睡状態になったとしても、同時にタイミングも合わなければ、今回のようにこんなにリアルに会話が交わせるようになることはまずないのだと、おじいちゃんは言う。
おじいちゃんが言うには、この世の者が波長を合わせたところで、あの世の者も同じく波長を合わせないと、会話を交わすまでには至らないのだそうだ。
言わばそれは、電話のようなものに似ていると理解してくれればいいと、おじいちゃんは説明する。
では何故、今こうやって二人は会話を存分に交わせているのか?
それはきっと、千日が気を失う寸前に、亡くなったはずの一念が目の前に顔を出したことで、千日は安堵してそのまま気持ちだけ目の前の一念にすがり憑き、今に至っているからだと、おじいちゃんは言う。
「つまり千日さんは、お前と波長を合わせたまま気を失ってしまったから、昏睡状態の今、お互い見えてるんじゃねーかな?ってことだ。」
「・・・??・・・・へぇ~・・・。」
なんだかわかったような、わかっていないような、あやふやな顔の一念。
おじいちゃんは、イラっとしながらも、もう一度順を追って一念にわかりやすく説明をしてやろうかと思った。
しかし、いくら延長したとはいえ、そろそろ迫るタイムリミットも気になりだす念徳爺さん。
この説明は、あの世の道中みっちりとしてやろうと、今はテキトーな解釈で一念を強制的に納得させた。
「まあ、あれだ。ようは、お前さんらの絆がとても強いってこと。お前さんらはいつも、お互いのことを深く思い合ってるってことだ!な!それで納得しろ。」
その説明に、なんだか気を良くした一念。
「ま、自慢じゃないですけど、うちの家族はみんな、家族思いというか、仲が良いというか・・・。」と、照れながら鼻を掻いた。
「しかし・・・。」
まだ何か、腑に落ちない一念。
一念は千日のことに関しては、なんとなく納得できたが、娘・日和の例については腑に落ちていない点があるようだ。
「なんだ?まだなんかあんのか?」
その様子を見て、よせばいいのにそう訊ねてしまうおじいちゃん。
すると一念は、この際だからとタイムリミットのこともすっかり忘れ、日和の疑問をおじいちゃんにぶつけてみた。
「それはお前・・・・あれだよ。」と言いながら、思考を巡らすおじいちゃん。
タイムリミットも迫りつつあるのに。と、思いながらも、この場凌ぎのテキトーな言い訳が思いつかない。
すると、自分なりに考え抜いて、たどり着いたその推測を、念徳爺さんに確認する一念。
「眠っていたところを、無理くり起こしたから・・・ですかね?」
「お!それだ!そう言うことだ、それでいい!」
おじいちゃん、時間の関係で即座に乗っかった。
「そ、それでいい⁈・・・のか?・・・。」
疑問を投げた張本人、自ら導き出した仮説と、返ってきたおじいちゃんのその答えに、なんとなくその点は納得をする。
「だけど・・・。」
まだなにか、一念は腑に落ちてないことがあるのか。
その様子に「こんどは何だ!」と、しつこい一念に少々のイラつきを漂わせ、問い詰める。
先程もお伝えしましたが、タイムリミットのことなど一念さんはすっかり忘れています。
なぜなぜ期の子供のように、思ったことをを即座に念徳爺さんに遠慮なくぶつけてくる一念。
「寝ていたところを無理くり起こしたわけだから、寝ぼけているという点で波長が合いやすいのはわかったんですけど、おじいちゃん言いましたよね?いくら波長が合いやすいからって、お互いタイミング良く波長合わせないと、会話できるようになるまではいかないって。」
すると念徳爺さん。
「それはだってお前、お前の方からも気持ちを伝えようとしたんだから、話が出来てあたりまえだろ・・・。」
先とは違い、あっさりとその答えを返す。
疑問が思いのほか簡単で良かったと、おじいちゃんはホッと胸を撫でおろす。
「あ、そういうことか・・・。」
一念もあっさりと、これもまた納得をした。
なんとなく、一件落着な二人。
一念の疑問も解決したところで、おじいちゃんはそろそろ旅立ちの時を一念に告げようと機会を窺う。
「ま、でもよかったな。あの世に旅立つ前に家族と話せて。こんなのお前、レアケースだぞ。」
「はい・・・これもおじいちゃんのおかげですね。」
そう言って、有難うございます。と、一念はおじいちゃんに頭を下げる。
いつになく素直に感謝を伝える孫に、このあと旅立ちの時を伝えなければならないかと思うと、なんだかとてもいたたまれない気持ちになるおじいちゃん。
おじいちゃんはその表情から汲み取られまいと、そっと静かに下を向く。
おじいちゃんとの対話にひと段落が付き、ふと、自分をジッと見詰める千日の視線に気付く一念。
一念はそんな千日に向き直り、「ん?・・・どうしたの?、ママ。」と、怪訝なその表情に疑問を浮かべた。
「どうしたの?って・・・。」
さっきよりも、更に身近に、眠る日和を引き寄せて、未だ怪我んな顔を露わに、夫・一念に千日が問う。
「どうしたの?って、パパのほうこそ、さっきから誰と喋ってるの?」
「・・・・・・・・。」
そうだった・・・。
答えに苦しむ一念。
一念は、千日には念徳爺さんが見えていないということも、すっかり忘れていた。
「あー・・・えっと・・・。」
「やめてって。そーいうの。私、ホント怖いから。」
「ごめん、ごめん。もうしません。気をつけます。」
そう言って一念は、ついさっきまで俯いていたはずのおじいちゃんが笑ってこちらに眺め入っているのに気づき、横目でチラッと一瞥する。
そんな一念に念徳爺さんは、「今も昔も、カミさんには頭が上がらんもんだな。」と、笑いかけ、丸椅子からスッと腰を上げる。
「表で待っとるから、お前も気が済んだら出て来い。」
そう一念に言い残して、おじいちゃんは病室を後にした。
その意味が、どういうことか。
一念は頭の隅に追いやっていたタイムリミットのことを再び呼び起こし、その表情をに陰りを見せ始める。
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