第4話 2020年―①

年が明けて2020年。


この年、世界は未だ嘗てない脅威に晒されることとなりました。

“COVID-19”新型コロナウイルス感染症。

これにより、世界は甚大な影響と変化を及ぼすこととなります。


全世界的大流行“Pandemic”による、都市封鎖“Lockdown”。


日本でも、この年の四月から五月にかけて、一回目の緊急事態宣言が発動され、国民はこれまでの生活様式の変換を余儀なくされました。







 2020年7月


昨日から降り続いた雨が、古い家に過度な湿り気を齎している。


暑くもなく寒くもない室温。


しかしどことなくジメっとした空気が、パソコンに向き合う一念いちねんの素肌をしっとりと潤している。


玄関を入って、一つ目の四畳半の部屋。

普段は物置と化しているエアコンがないその場所で、緊急事態宣言後、定着しつつあるテレワーク生活を、一念はここ一~二ヶ月送っている。


朝早くから満員電車に揉まれるようなこともないし、朝、昼、晩と家族でテーブルも囲めるし、仕事の合間を縫って、息抜きに妻の買い物にくっついて行くこともできる。


我が家が大好きな一念にとっては、この上ないストレスフリーな理想的日々。


新型コロナの早期終息は強く願うが、このライフスタイルは出来ればずっと定着してほしいと、一念は更に強く願う。


「ヒャッ!なに?この水!」


リビングから出てきた千日ゆきひが、エントランスに溜まっていた水溜りを踏締めて奇声を上げる。


「ちょっと、はるー!雑巾とタオル持ってきてー!」


ソファーに寝ころびスマートフォンをいじっていた日和はるかが「どうしたん?」と、雑巾と乾いたタオルを片手に、千日の留まるエントランスへとやってきた。


「ありがと。ごめん。ちょっとそこ拭いといて。」


濡れた片足を上げ、よろよろとバランスを取りながら待つ千日が、日和の持つタオルに手を伸ばす。


が、咄嗟にその手をスッと引く、イジワルな娘。


「ちょっ!あぶなっ!」


バランスを崩してよろける母親。


「うひゃひゃひゃひゃっ」と悪戯に笑い、娘は咄嗟によろけた母を、庇い抱える。


「もう!あぶないじゃない!いじわるね!」


苦笑いを浮かべ、娘にしがみついたまま、母は濡れた足を拭った。


「メンゴメンゴ。」と、呪文のような言葉を口走り、悪びれた素振りも見せず、雑巾をエントランスにポイッと放り投げる娘。


娘はその放り投げた雑巾に片足を置くと、拭き取るというよりも撫でまわすといった感じで、横着に水溜りを拭った。


「ママ、もうちょっと体幹鍛えたほうがいいよ。」


そう言って、意地の悪い薄笑いを面に浮かべる、小憎こにくらしい娘。


その言葉に眉をひそめた母は、「うるさい!」と、足を拭いたタオルを娘の顔に押し付けようとした。


「ギャー!やめろー!」


抗いながらも大人の力とテクには敵わない小娘。


タオルの湿ったイヤな部分が何度か頬を掠めていった。


ちなみにこれは、虐待ではない・・・と、思います。


ただ、じゃれ合っているだけ。


やられたら本気でやり返す。


これが二人の流儀。


一頻りじゃれ合った後、千日はハァハァと息を切らし「ちゃんと拭いといてね。」と娘に頼み、夫が仕事をしている四畳半へと姿を消した。


 

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