7.そして怪物は泳ぎだす
――夜明けを迎えたのは、たった一人だけだった。
かつて楽園だったはずの島の東――忘れ去られた波止場に少女は座り、ぼんやりと海を眺めていた。
その隣に、砂色の髪の女が立った。
右半身に凄まじい火傷の跡があり、右手は作りものだった。
「……小娘。何人殺した?」
「数えてない。あと、何人か逃げた」
「逃げた奴は自殺した。お前が『神様』とやらの喉笛を食いちぎったのをみたらしい」
「……残念だ。もっと殺してやりたかったのに」
少女のため息に、火傷面の女は唇を引きつらせた。
どうやら、笑ったらしい。
「……ここは『宗教集団が集団自殺を図った場所』として処理される」
火傷面の女は右の義手を伸ばすと、少女の顎を掴み、無理やり視線を合わせた。
鬱陶しそうな群青の瞳を、炎の色をした瞳が覗き込む。
「貴様には二つの道がある。人として生きるか、化物として生きるか。――もっとも、貴様にはもはや人間として生きることは困難だろう。ここまで殺してしまえばな」
火傷面の女は、視線だけで少女の背後を示す。
波止場までの道には、屍山血河が築かれていた。切断された手足、叩き潰された頭部、引き抜かれた内臓――それは陽光に赤くてらてらと光り、潮のにおいを鉄のにおいによって掻き消している。
そんな血の海が、少女と女との背景に横たわっている。
火傷を歪ませて、女は奇妙な熱を孕んだ声で囁いた。
「貴様は至高の殺戮者になるべきだ……ともに来い。私が貴様を仕上げてやろう」
「あんたの望みに応える気はない」
少女は火傷面の女の手を振り払い、立ち上がった。
血にまみれた服から砂を落とし、少女は振り返った。長い赤髪が海風になびいた。
深海の色をした瞳が、もう誰もいない灯台を映した。
「私は生きたいように生きる」
「ふん……好きにするがいい。どのみち、貴様の道は冥界につながっている」
火傷面の女は喉の奥で笑うと、ポケットからスキットルを取り出した。ドラゴンの刻印が刻み込まれたそれを一口飲むと、彼女は鈍色の右手で己の胸を示す。
「私はヴェーラ……
もうかつての名前を口にする気にはなれなかった。かつての自分と――あらゆる違和感や異物感を感じつつも人を殺してはいなかったの自分と、今の自分は、決定的に変わってしまった。
少女は唇に触れつつ、少しだけ考えた。
「……さぁね。
少女は、英語の発音にはまだ慣れていなかった。
潮風に載せて放たれたその言葉――
ヴェーラはスキットルを軽く揺らしつつ、左右非対称の笑みを浮かべた。
「よろしい、
オルカ・オーヴァーキル 伏見七尾 @Diana_220
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