6.千人隊長の落日
――真夜中に、エイハブは自分を起こした。
見たことのない姿をしていた。白髪を縛り、喪服めいたスーツに身を包んでいる。
そうして、腰や肩から大量の刃物をぶら下げていた。
「東の波止場まで行くぞ」
エイハブは言った。
サングラスはしていなかった。青い眼が、闇の中から自分を見ていた。
『ヴェーラって女が助けに来る予定なんだが、この嵐だ……どうなるかわからん』
灯台から出ようとした時に、エイハブが止まった。
何度か、大きく舌をチッチッと鳴らす。
そうしてドアの向こうを見透かすように、エイハブは青い眼を細める。
『一、二、三……はッ、うじゃうじゃいやがる。ベルリン時代だったらまだしも、こんな耄碌したジジイには荷が重い。まぁいい、ここが
ドアに手を掛けたまま、彼は刃物を引き抜いた。
いつもココナッツを割るのに使っているククリ刀を、彼は左手に握りしめた。
『おい。そこの壁の板、外せるのを知ってるな? 事が終わるまでそこで隠れてろ。――いいか、絶対に出てくるんじゃねぇぞ』
自分は言われたとおりにした。
そうして、エイハブは殺した。雪崩れ込んできた島民を、片端から殺していった。
『出てこい』
そう言ったエイハブは息を切らし、血まみれだった。大小様々な傷を負っていた。
『行くぞ。東の波止場だ。東の波止場まで行けば――』
灯台を出た瞬間、銃口を見た。エイハブが前に出た。
撃たれた。
エイハブは覆い被さった。
自分はぬかるみに座り込んだ。
島民の声が聞こえた。
「『神様』はお前をご所望だ」――聞こえたのに聞こえなかった。
「すきに…………」
エイハブの【色】が揺らぐ。
例えるなら、それは落日だった。
北の海に日が落ちていくように――エイハブの【鉛色】に黒ずんだ【赤色】が滲み、そしてゆっくりと透き通っていく。
【色】が消えていくさまを、自分はそのとき初めて見た。
「……いきたいように……しにたいように……」
エイハブは死んだ。
狂奔する雷光が、かつての殺人鬼の死に顔を照らした。
瞬間――自分は、冷水を被ったような奇妙な感覚に襲われた。
そうして、見た。
確かに見た。
自分の魂を突き破り、荒天へと躍り上がる怪物の幻覚を。
白と黒の体の――かつてエイハブと眺めた海の怪物が、自分を見た。
そうして、狂騒の中にある島民達を見た。
「――殺せばいいじゃないか」
怪物が、笑った。
異様に鋭い牙の狭間から、かすれた声が零れてきた。
どういうわけか、それは自分の声に似ている気がした。
「殺せば、いなくなるじゃないか……なんで今まで気がつかなかったんだろう……」
いつの間にか、自分の手にはエイハブのククリ刀があった。
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