Ⅲ.バテンカイトスに至るまで

1.ホワイトアウト

 考えるよりも早くキーラは動いた。

 銃口が向けられた瞬間に、バッグから引き出したものを男めがけ投擲する。


「らぁあああああッ!」


 バンダナ男は素直に引き金を引いた。

 高い銃声とともに、先ほど厨房からくすねたヴォトカが空中で砕け散った。その隙に、キーラは泣きだすオーレリアを大きな観葉植物のほうへと押し込む。


「な、なんで、なんでこんな……」

「いいから頭抱えて。姿勢も低くして」


 バンダナ男へと注意を向けつつ、キーラは大きな鉢の陰にオーレリアを隠す。

 途端、オーレリアを半透明のヴェールに似たクラゲが包んだ。


「ひっ、オマモリディープスタリア……!」


 どうやらオーレリアの使い魔のようだ。

 とりあえず彼女をクラゲに任せ、キーラは観葉植物の陰からバンダナ男の様子をうかがう。


「どこだ! どこだよ、ほら! でーてーこーいーよー!」


 バンダナ男は狂ったように笑いながら、四方八方に引き金を引いている。

【淀んだ茶褐色】【濁った鉛色】……銃口が火を引くたび、視界にそんな【色】の幕がかかる。

 かちっ。尖った歯を鳴らして、キーラは姿勢を低くして動く。

 一階は全体的に薄暗い。そのせいでバンダナ男は視界がろくに効いていないようだ。大階段の上から動かずに乱射しているのもそれが理由だろう。

 バンダナ男自体は大したことはない。体格は貧弱で、銃の扱いは見るからに素人だ。

 しかし――玄人の殺し屋よりも、狂った素人の方が時としては面倒だ。

 キーラは水音も立てずに、ロビーからフロントの方へと移動する。その間も銃声が何度となく響き、死体やら調度品らやらに風穴を穿った。

 まずは、バンダナ男の注意をオーレリアの隠れている場所から逸らしたい。

 そうして間髪入れずに接近して拘束。素性について尋問を――。


 ――かん、と異音が聞こえた。


 思考が中断する。フロントのカウンター越しに、キーラは様子をうかがう。

 大階段の前に、黒い缶のようなものが落ちていた。

 バンダナ男が笑った。


「ばぁーん」


 フラッシュバンが炸裂した。

 強烈な光と凄まじい音とが薄闇を灼き、一階を真昼のように照らした。

 大階段の真上で、バンダナ男がめちゃくちゃに銃を撃ちながらけたたましい声で笑う。

 倒れる観葉植物の陰で、クラゲに包まれたオーレリアが泣き叫ぶ。


 そして――再び、闇が戻ってきた。

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