5.エッグベネディクトを作ろう!
二階には、二つのカフェと二つのレストランが存在する。
キーラが選んだのはそのうちの一つ――『グランド・レイク』だ。この店は二階にある他の店よりもずっと広く、パーティーにも使われることがあったらしい。
それだけあって、厨房もなかなかに広い。しかし、そこに人間の痕跡はなかった。
人間がいるなら、食糧を求めて厨房にまで来そうなものだ。
それがないということは、本当にキーラ達のほかに無事な人間はいないのかもしれない。
そう考えつつも、キーラは調理を開始した。
「君にも手伝ってもらうよ」
言いながら、キーラは湯の入った大きなボウルにもう一つのボウルを重ねる。
重ねた方のボウルには卵黄、レモン汁、白ワインビネガーを入れ、ハーブも振りかけた。
それらをかき混ぜ始めたキーラを、オーレリアは困惑の目で見つめた。
「……一体、何を作っているの?」
「エッグベネディクト」
「エッグベネティクト……!」オーレリアが絶句した。
キーラはうなずき、ボウルの中身に少しずつ溶かしたバターを加えていった。
「通常はベーコンを使うところだけど、確認したらここの冷蔵庫にスモークサーモンがあってね。もったいないし、なにより私はサーモンが大好物だからこれを使うよ」
「そ、そんな難しい料理を、この状況で作るなんて……!」
「難しくはないよ。手間がちょっとだけかかるだけ。――ほら、かき混ぜて」
全てのバターを加えきった後、キーラは二つのボウルをオーレリアに押しつけた。
「もっと簡単な……め、目玉焼きとかじゃ駄目なの……?」
「ダメ。それ、冷えないように気をつけて。もし、冷やしたら――」
「……冷やしたら?」
ボウルを抱え、青い顔のオーレリアが聞き返す。
キーラは、すぐには答えなかった。一瞬だけ、【色】がうっすらと見えたからだ。
「冷やしたら……そうだな……」
キーラは首を傾げ、はっきりとは見えない【色】を探ろうと視線を周囲に向ける。
しかしオーレリアは何を思ったのか、必死でかき混ぜ始めた。
「冷やさない……! 絶対冷やしちゃ駄目よオーレリア……! も、もしも、もしも、ひ、冷やしたら、こ、ここころ、ころ、こここころされ……!」
「……いや、冷えたらすぐに固まっちゃうって言おうとしたんだけどね」
【色】は、すぐに見えなくなった。
恐らく二階のどこかの音が原因だ。しかし音自体が小さくて、色彩も形状もはっきりとしなかった。ただ、なにか鳥の羽音に近い【色】をしていた気がする。
「私はクラゲ……たまたまシャチの背びれに引っかかっただけのクラゲ……! 思い上がっちゃダメ、失敗したらすぐ、すぐ……!」
「材料はまだあるから、多少失敗しても大丈夫だよ」
言葉も耳に入っていない様子で、オーレリアは死に物狂いで混ぜている。頭にのっかっているクラゲも、まるで応援するように触手をふりふりと動かしていた。
そんな彼女を見つめ、キーラは唇に触れた。
「……まぁ、いいか。これで私は玉子に集中できる」
肩をすくめると、キーラは沸騰する鍋に卵を割り入れようとした。
【蛍光色】の波紋――キーラは動きを止めた。
「……オーレリア。それを持って、そこの掃除用具入れに隠れていて」
「えっ……?」
オーレリアがきょとんとした顔でキーラを見る。その間も、手は休めていない。
青い紋様の光る包丁を、キーラは台の上から取り上げた。
「先に少し片付ける」
けたたましい音を立てて、厨房の扉がぶち破られた。
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