#25 成瀬くんの優しさ①


 千葉県 廃学校撮影スタジオ


 AM 10:24


 翌朝。

 秋晴れの空が青く澄み渡り、そよ風がとても心地良い。

 私は、広い運動場脇に駐車されているロケバス前で、近くのパーキングに車を駐車させに行っている中村さんと裕樹くんを待っている。

 今日は、学校にて光輝と朱莉と冬夜の高校時代の撮影のみを予定。

 ここは、撮影用に残された廃校で、今も生徒たちの声が聴こえて来そうなほど綺麗に整備されていた。

「なんか思い出すよな、高校の頃を。こんな感じだったじゃん」

 ヘアメイクを終え、ロケバスから降りて来た学生服姿の成瀬くんが、校舎を見ながらしみじみと言った。

 成瀬くんに続き、次々と役者さんたちが同様に降りてくる。

 他にも劇団やエキストラさんの出演も兼ねているので、かなりな時間を要するはずだ。

「似合ってるね。学生服学ラン

 成瀬くんの隣、私は素直な感想を伝えた。

「え、マジで? まだ俺、ギリ学生に見える?」

「うん。全然大丈夫だよ」

「メイクさんの腕がいいからってのもあるんだけどさ、水野から言われて初めて安心出来た感じする」

 成瀬くんが柔和に微笑む。と、そこへ別のロケバスから、同じくヘアメイクを終えて降りてきた乙葉さんが、私たちに挨拶をくれた。

 乙葉さんも、高校生らしく膝上スカートに、白ワイシャツ&紺色のベスト姿という衣装が最高に可愛くて似合っている。

「成瀬さん、学ラン姿もかっこいいですね」

「そっちこそ、なんか現役みたい」

「ちょっと、恥ずかしいんですけどね……」

「あ、それ分かる。俺もさっきまではそう思ってた」

 二人は微笑み合うと、私に一声かけて最初の撮影場所である教室へと移動を始める。だから、私も同様に声をかけて、その仲良さそうな背中を見送った。


(本当に高校生に見える……二人とも)


 昨夜、中村さんと一緒にタクシーで帰宅してからすぐに、ありさに電話で報告を済ませた。

 そこには、裕樹くんもいて、二人から予想以上の祝福を受けたのだけれど、裕樹くん曰く、中村さんの彼女になったという重圧みたいなものが、どうしたって圧し掛かって来る。と、いうこと。

 社内だけでも数名。一番の強敵である松永さんは勿論のこと、私の知らないところでも中村さんは常にモテまくっているのだから。

 二人との会話を終え、成瀬くんのところにもLIMEで知らせたところ、まだ起きていたみたいで、すぐに折り返しの電話が返ってきた。

 いつものように、成瀬くんなりの言葉で頑張った私を労ってくれて、これまで通り何かあった際は、『友達』として遠慮なく頼って欲しい。との言葉を貰うことが出来た。

 中村さんなら、しょうがないな。と、いう一言も、何となく耳に残ってしまっている。

「こっちも天気良くて助かったよな」

 パーキングから戻ってきた裕樹くんが、青空を見遣り言った。その後から、中村さんもやって来て、私たちも二階にある指定された教室の方へと向かう。

 その最中、今日のロケ弁のメニューを中村さんに手渡し、裕樹くんにも渡そうとして遮られる。

「え、要らないの?」

 私からの問いかけに、裕樹くんは、「弁当持って来たから」と、言ってニヤリと微笑んだ。

「と、いうことは、ありさの手作り?」

「そ。なんか分からないけど、作ってくれるようになったんだよね」

 更に、ニッと微笑む裕樹くんの笑顔がとても幸せそうで、そこからありさの想いも伝わってくる。

 一週間ほど前から、裕樹くんのマンションにて、とりあえずの同棲生活を送るようになった二人。

 最近は、またそれぞれが忙しくて会うことが難しくなっているから、改まった話が出来ないままなのだけれど、きっと、なんだかんだと口喧嘩が絶えないながらも、二人らしい時間を過ごしているに違いない。

「だから、俺のはパスしておいて」

 裕樹くんは、私にそう言って足早に玄関の方へと歩いていく。

 次いで、中村さんが遠くなる裕樹くんを見遣り、「あいつら、順調みたいだな」と、言って薄らと微笑んだ。

 聞くと、斉藤さん同様、裕樹くんからありさとのことで相談されていたらしい。それに対して、中村さんはというと、『成るようになる。だから、思った通りに行動しろ』と、常にアドバイスしてきたという。

「なんか、中村さんらしいですね。そのアドバイス」

「最終的には、押し切ったもん勝ちっつう意味も込められている」

「押し切ったもん勝ち?」

「昨日のお前みたいにな」

 少し悪戯っぽい、澄ましたような視線と目が合い、私はすぐに恥ずかしくなって俯いた。

「なんですかぁー。急にそんな小っ恥ずかしいこと言って……」

「照れてんじゃねーよ。今さら」

 中村さんの、端整な顔が間近に迫ってきていて、どうしたって焦ってしまう。


 昨夜、タクシーを待たせたまま、エントランス前まで付き添ってくれた中村さんに、いつもの、「今日もお疲れ様でした」と、いう挨拶を言った後……。

『明日は一応、真部を拾った後、8時くらいに迎えに来る』

『了解です』

『寝坊すんなよ』

『す、するわけないじゃないですかぁぁ』

 いつもの会話を交わす中で、特別になれたことを確認したかったのだと思う。

 タクシーへ戻ろうとする中村さんの袖口を掴んで引き止めてしまってから、中村さんは慌てて手を離す私に苦笑しながらも、私の後ろ髪に触れ、優しく引き寄せるようにして、「おやすみ」と、囁き。右の目尻辺りにキスをくれたのだった。

「なんか思い出してんな。その顔は」

 中村さんの、からかうような笑みを受けて、私はまた思っていることが顔に出てしまっていたのかと、焦りまくってしまう。

「な、何もおぉぉー!」


(……あんなに優しくされたことなんて無かったし、普段とのギャップについていけなかったんだってばぁー!)


「な、なるべく早く教えて下さいね。お弁当、何にするのか……」

 私は、そう言いながら頭を仕事モードに切り替え、メニューを見ながら可笑しそうにしている中村さんを横目に、私も指定された教室へと急いだ。


 それから、キャストの調整待ちを終え、光輝と朱莉の高校時代の撮影が始まった。

 午後から、冬夜役の冴原真咲さえはらまさきくんを迎え入れることになっていて、冴原くんは、成瀬くんを目標にしていると聞いている。

 成瀬くんも、4つ年下の冴原くんを可愛がっていて、後輩というよりも、弟のように接しているらしい。

 まずは、光輝と朱莉の授業風景のテスト撮影からだ。

 私たちは、廊下でテレビモニターを見守ることになっていて、ここまではとりあえず、予定通りに進んでいる。

 それぞれ、台本とシャープペンシルを手に、廊下端に設置したパイプ椅子に腰かけながら、近くにあるモニターを見つめた。

 光輝たちは同じクラスという設定で、窓際席の前から三番目が朱莉の席で、光輝は朱莉の斜め後ろの席に着いている。

 英語の授業中。青木先生役の田辺寛之たなべ ひろゆきさんが教科書と睨めっこしながら、黒板にすらすらと英文を書き写していく中、頬杖をつきながら窓の外を見遣る朱莉を、光輝が柔和な瞳で見つめた。

 そんな成瀬くんの横顔がアップになり、薄らと微笑んだその表情は、穏やかで。それでいて、切なさを感じる。

 今は、光輝役を演じているのだから、別人のように見えるのは当たり前なのだけれど、この微笑みも成瀬くんの一部であるということ。

 全国の成瀬くんファンは勿論、成瀬くんを知らない人でさえ、きっと、この横顔を好きになってしまうのではないだろうか。

 と、その時だった。

 台本では、青木先生が朱莉に指名し、英文を読ませる。と、いうシーンへと続く予定だったのだけれど、急に成瀬くんが席を立ち、乙葉さんに駆け寄って何か声をかけ始めた。

 監督の、カットという声がして、私たちも立ち上がり、廊下の窓から教室内を見遣る。

 そこには、顔が土気色に変色した乙葉さんの、脇と膝裏に手を添えて抱き抱えている成瀬くんと、心配そうに声をかける田辺さんやクラスメイトたちがいた。

「そこ、通るからどいて!」

 成瀬くんは、怒鳴るようにそう言うと、気を失っているかのようにグッタリしている乙葉さんを抱えたまま、とりあえず一階にある保健室へ連れて行くことを監督に伝え、慎重に。だけど、足早に教室前の階段を下りて行く。

「貧血かな……」

 と、裕樹くんが心配そうに呟いた。

 中村さんも、「多分な」と、同様に呟いて、成瀬くんの去って行った方を見つめている。

 私は、「とりあえず、休憩入れます」と、いう助監督さんの声を聞きながらも、二人に様子を看てくることを伝え、不安そうな乙葉さんのマネージャーと共に、保健室を目指したのだった。



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