#24 カレカノ

「好きだ。俺と付き合ってくれ」

 右腕に微熱を残したまま、真正面から私だけを見つめてくれている。その眼差しから、その一言に偽りないものなのだということが感じられた。

 まるで、都合の良い夢でも見ているような気がする。

 姿勢はそのままに。中村さんは、私の腕を離すと同時に、カウンターテーブルに右肘をつき、拳で顎元を支えるようにして外を見遣った。

「先に言わせてしまったけどな……」

「これって、ほんとにほんとなんですよね?」

 自分でも何を言っているのか分かっていないような。自然とそんな言葉が零れてしまう。

 不意に、右頬に熱を感じて俯き加減だった顔を上げた。

 中村さんの、男性らしい少し無骨な指先が、私の頬を優しく包み込んでくれている。だからか、ものすごく現実味を帯びてきて、堪えていた涙が頬を掠めていく。

「これでもか?」

「でも、でもっ、さっきは彼女とかいらないって言ってたじゃないですか」

「それも本音だから」

 中村さんは、腕組みをしながら椅子の背に寄りかかり、テーブルと向き合うようにして呟いた。

「仕事優先であることは変わりない」

 それでもいい。素直にそう思える。

「だから、マジで彼氏らしいことなんてしてやれないかもしれないが、俺を選んで良かったと思って貰えるように努力する」

 また私の方を見て、眼を逸らさずにそう言ってくれる中村さんに、私はただ、「はい」と、笑顔で頷き返す。

「私も、同じ気持ちです……」


(……夢でもこんなの見たことないや)


 自分の想いが、好きな人に届いただけでも死ぬほど嬉しいのに、今、この瞬間から、お付き合いが始まった。という、夢のような展開が幸せすぎて。

 きっと、泣き顔がブサイクになっているんじゃないか。とか、そんなことを思って今度は両手で口元を覆いながら俯いた。

 その途端、中村さんの困ったような声に視線を上げる。

「おい、もう泣くな」

「え……?」

「これじゃ、別れ話でもしてるみたいに見えっだろ」

 中村さんの視線の先。真正面のガードレールに寄りかかりながら、こちらを見ているカップルらしき人たちと目が合う。

「あ、すみませんっ……」

 私は指先で涙を拭い、今度は幸せ感から、にやけ顔で冷めてしまったカフェオレを一口飲んだ。


 それから、私たちは時間の許す限りこれまでの想いを伝えあった。

 ここで判明したのだけれど、私が中村さんのことを意識し始めた頃にはもう、私のことを想ってくれていたらしい。

「でも、どうして私だったんですか?」

「……あ?」

 また、じとっとした目で見られて、私は視線を泳がせる。

「いつも、怒られてばかりだったから。私が風邪引いた時でさえ、すぐに帰れとか言われたし」

「あん時は、マジで辛そうだったからであって……」

「それに、中村さんの彼女になれる人って、松永さんみたいな人だろうなって、思ってたので」

「何で、松永あいつが出てくるんだよ」

 この期に及んで、ヤキモチを妬いている自分が嫌になる。バカだと分かっていながらも、また少し上目遣いに中村さんを見た。と、今度は呆れたような瞳と目が合う。

「だって、お二人ともすっごくお似合いなんですもん。松永さんは、私と違って大人綺麗で、スタイルも良いし、知性豊だし。私なんて、何一つ敵わないダメ人間ですから。それに、さっきスタジオで松永さんに声をかけてたじゃないですかぁ……」

 拗ねたように唇を尖らせながら言う私に、中村さんは、苦い顔を返してきた。

「飲みに誘ったのは、吉沢さんから頼まれたからであって、そこに気持ちはえから。つーか、お前自身が気づいていないだけだ。自分の良さに」

 このセリフ、どこかで聞いたことがある。

 成瀬くんだ。いつも、私が落ち込んだりした時、同じように励ましてくれていた。

「成瀬くんからも言われました。もっと自信を持てって……」

成瀬あいつも、お前に本気マジだからな」

「え、どうして……」

「吉沢さんから聞いた。聞かなくても、見てりゃあ分かる」

 熱を出した日。私を家まで送り届けてくれた後、社に戻って編集作業を終えて間もなく、吉沢さんから呼ばれて行った先で、松永さんの件を相談され、成瀬くんの想いを聞いたという。

「ということは、もしかして……」

 JIスタジオで偶然、成瀬くんと会ったあの日。急に、私に素っ気なくなったのは、成瀬くんがいたから……?

 さっき、スタジオで私の腕を取ってくれたのも、思い過ごしとかでは無かった?

「今まで、成瀬くんとのことでヤキモチ妬いてくれてたってことですか?」

「……そういう、ことになるか」

 初めて見る、少し照れたような横顔が可愛過ぎて、思わずニンマリとしてしまう。

 さっきまで、振られて落ち込む準備をしていたというのに、素直な気持ちがこれでもかってくらい溢れそうになる。

 私を現場に呼んでくれるようになったのは、そろそろ、私にも場数を踏ませたいという考えからだったそうなのだけれど、必要以上に迫って来る松永さんとの距離感を保つ為、私に声をかけてくれたらしい。

 けれど、吉沢さんから松永さんの過去を聞いてからは、自分なりに考えるようになったのだという。

「俺で、その兄貴代わりになるなら。と、今はそう思っている」

「もし私が中村さんの立場だったら、同じように考えたと思います。それに、お兄さん代わりなら、全然いいんじゃないでしょうか……それ以上だと、ちょっと嫌かもですけど」

 思ったままに想いを伝える。と、中村さんは、くっと喉を鳴らして苦笑した。

「それ以上って、なんだよ」

「だから、それ以上の気持ちってことですよ」

「アホか。んなもん、あるわけねーし」

「あのですね、この際だから言っちゃいますけど、中村さんと付き合いたいって思ってる女性ひとが他にも沢山いるって知ってました?」

「だから?」

「え……?」

 中村さんの、だから?と、いう返答に、私は間の抜けた顔で首を傾げてしまった。

「俺が付き合いたいのは、お前だけだから」

 真顔で言われ、やっぱり勝手に顔やら耳やらに急激な熱を感じ始める。


(!!……っ……な、何なんだ。今の一言は胸にズドーンと響きまくりですよぉぉ)


「確かに、お前は計画性が無いから何をするにも効率が悪い。だが、自分で受け持った仕事に誇りを持ち、それをやり遂げようとする根性がある。と、思っている」

「そう言って貰えると、素直に嬉しいですけど……」


( ぬぅぅ。彼女になっても、ズケズケ言われるのは変わらないんだなぁ。いや、むしろ、これからいっそう容赦なくなるのでは……)


「それに、お前の方こそ知らねーだろ。今回も、周りのスタッフ野郎たちから気に入られてんの」

「えぇぇ、それほんとですか?」

「はにかんだ顔が可愛い。とか、酒飲んでる時の目が色っぽい。とか、言ってるのを聞いたことがある」

「全然知りませんでした……」

「そういうのを聞かされる度に、自分でもバカみてぇに焦ってた」

 今度は、眉間に皺を寄せて少し怒ったように顔を歪める横顔を目にして、これまでとは違った意味でドキドキし始める。あの中村さんが、私と同じようにヤキモキしてくれていたなんて、と。

「俺らさえ納得していればいいんじゃねーか」

「そうですね。そうですよね」

「つーわけで、これからは遠慮しねえから」

「え……?」

「え、じゃねーよ」

 そう呆れたように言って、中村さんは固まっている私の顔を見ながら、ぶはっと吹き出すように笑った。


(やっぱり、これからはもっと手加減なくなるってことかな……)


 こうして、私たちはだいぶ遠回りをしながらも、目出度くカレカノの関係になれたのでした。

 けれど、人生ってものは、何か一つ上手くいくとまた違う試練にぶち当たるものであり。

 この後、新たな試練とでも言いますか。

 恋愛ドラマのような展開が待ち受けていた事など、この時の私たちは知る由もなかったのであります。


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