#18 オレも、マジですから

 *由規 side目線


「成瀬くんじゃん! 会いたかったよー」

 開口一番、先月まで一緒だったシンガーソングライターの立花裕理たちばなゆうりさんから声をかけられ、俺は思ったよりも集まっている人の多さに嬉しくなり、負けじと大袈裟に返す。

「俺もっすー!」

 水野の見舞いに行っていたから、誘われていた事に気づかなかったけれど、佑哉さんの飲み会では、いろんな職種の人に会えるから行かないことはほとんどない。

 驚いたのは、あの松永さんが早くも酔っているということだった。

「私も会いたかったよー、成瀬くーん」

「松永さん……もう、酔ってるの?」

「今日は無礼講なんだからいーの! とことんつき合わせるから、覚悟しといてよ」

「……はいはい」

 言いながら、少し横にずれる松永さんの隣に腰掛けた。

 普段は、知的な感じが表立つ人だけれど、何かあった時など、こんなふうに年相応の可愛さで弱さを曝け出す時がある。けれど、無理にお酒などを強要してくるわけではなく、普段とのギャップが親しみやすさを感じさせる。

「何か、いいことでもあったんすか?」

 尋ねると、松永さんは俺のうなじに両手を回し、項垂れるようにして俯いた。

「好きな人がね……来てくれたのよね」

「へぇー。松永さんの好きな人って?」

「……あれ? そういえば、いつの間にかいなくなっちゃってる。やっぱ、なんとも思われてないから素っ気ないのよね……」

 と、今度は子供のように拗ねてみせる。

「よく分からないけど、松永さんは十分魅力的なんだから」

 俺は、さらに縋り付くようにして腕を絡ませてくる松永さんにそう言うと、生ビールを持ってやってきたウエイターに、ウーロン茶を注文した。

「はぁぁ。ちょっと飲みすぎちゃった」

「たまにはいいんじゃないっすか? そういう、砕けた感じの松永さん、俺好きっす」

「えー、そんなこと軽々しく言っちゃっていいの? ほんとにつき合わせるわよ」

「今日もまた車で来てるんで、酒は飲めないっすけど」

 笑い合った。その時、背後から俺を呼ぶ佑哉さんの声がして振り返る。と、その後ろから不機嫌そうな長身の男性が現れた。


(どこかで見たことあるような。今回の映画のスタッフさんだったかな……)


 立ち上がり、こちらへやってくる佑哉さんたちに挨拶をする。と、男性は少し躊躇いがちに口を開いた。

「今回、『反魂香』の音響担当を任された、中村です」


(えっ……?)


「と、いうことは……」

 思わず、そう呟いてしまってから、すぐに佑哉さんと目が合う。

「来月から、本格的にお世話になるから、声をかけさせて貰ったんだよね……」

 明らかに動揺している様子の佑哉さんと、真顔でこちらへ名刺を差し出してくる中村さんを交互に見遣り、俺は引き攣る笑顔をなんとか不自然に見えないように取り繕った。


(どーなってんだ、これ……)


 名刺を受け取りながら、内心、そんなことを思ってしまったけれど、次の松永さんの言葉で納得する。

「中村さん! どこ行ってたんですか? せっかく来てくれたんだから、こっち来て座って」

 そう言いながら、松永さんはおぼつかない足取りで中村さんに歩み寄り、中村さんの腕を取って近場のソファーに勢いよく座らせた。

「今夜は絶対に逃がしませんから。モデルの話、引き受けてくれるまでは」

 その一言で、俺は確信した。

 他の誰にも見せたことのないような、艶めいた、いつくしむような眼差しが、中村さんだけに向けられている。


(そっか。松永さんの好きな人って中村さんだったのか……)



 それから、どれくらい話しただろう。

 そろそろ帰宅するという中村さんを見送り、完全に飲みすぎてグッタリとする松永さんを家まで送り届ける。と、いう佑哉さんに付き添うことにした。

 松永さんを抱きかかえた佑哉さんをパーキングまで案内し、二人には後部座席に座って貰った。次に、住所を聞いてカーナビで検索し、再度確認する。

「じゃ、松永さんを送ったあと、佑哉さんちへ行きますね」

「ほんと助かったよ。由規くんも疲れてるのに、付き添ってくれてありがとう」

 佑哉さんは、自らの膝を枕代わりにして眠る松永さんの、頬にかかった髪を優しく梳きながら、「余程、好きなんだろうな」と、呟いた。

 あれから、中村さんは黙ったままで、何かを考えるかのように眉間に皺を寄せたり、酒もほとんど口にしていなかった。

 中村さんが帰った後、詳しい話を訊くことが出来たのだけれど、佑哉さん曰く、中村さんの好きな人も水野かもしれない。とのことだった。

「上手くいかないもんだね。恋愛ってものは」

 今度は、窓の外を見遣りながら言う佑哉さんに、俺は激しく同意した。

「ほんとに。松永さんにそんな過去があったなんて知らなかったから、少し驚いたけど」

「聡美ちゃんもさ、頑張り過ぎちゃうからね。俺が看ててあげないと……」

「……佑哉さん」

「言っとくけど、龍也の代わりだからね」

「何も言ってませんよ」

「あはは。そうだったね」


(ほんとにそれだけなんだろうか……)


 ナビを開始して、ゆっくりと発進させる。

 その後、20分程度で松永さんの自宅に辿り着き、なんとか無事に送り届けることが出来た。

 そして、再度車に乗り込もうとして佑哉さんから運転交代を提案される。

「ここからは、結構距離あるから俺に運転させて」

「じゃ、お願いします」

 運転席へと向かう佑哉さんを目で追いながら、助手席へと乗り込んだ。

「おー、なんかいいじゃん。運転しやすそう」

「そっすか?」

「うん。俺のと交換しない?」

「それは……ちょっと」

「冗談だよ」


(時々、冗談に聞こえないんだよな……)


 目的地をカーナビにセットし、走行し始めて間もなく。さっきの続き、とでもいうかのように佑哉さんが切り出してきた。

「でさ、そっちはどうするの? 水野ちゃんのこと」

「中村さんも、水野のこと本気なら、俺に勝ち目は無いに等しいです。けど、俺もマジなんで……」

「俺は、いつでも由規くんを応援しているよ」

 この、いつもの優しい一言に何度励まされたことか。

 初めて出会ってからというもの、仕事の話は勿論、男同士でしか話せない事柄なんかも包み隠さず伝え合ってきた。

 頼れる先輩というよりも、身内に近い存在だったりする。

「水野の想いに寄り添ってやりたい。とも、思うんすけどね」

「ほんと、由規くんはいい子過ぎるんだから」

「そんなことないっすよ。正直、俺以外の男性ひとと一緒にいて欲しくないって思ってるし……」

「その気持ちも、よーく分かるよ。でも、好きな子には幸せになって貰いたいって思っちゃうんだよね」

 こちらの視線を感じたからか、一瞬だったけれど、佑哉さんはそう言って俺に微笑んだ。

 やっぱり、さっきの松永さんへの想いは、本気だったのではないか。勝手ながらそう思って、俺は少し控えめに問いかけてみた。

「もしかして、佑哉さんも誰かに片想いしてるとか……?」

「由規くんになら話してもいいか。じつは、聡美ちゃんのことが好きなんだよね」

「やっぱり、そうだったんすね」

「最初は、龍也の代わりになれたら。と、思ってたんだけど、気が付いたらそれだけじゃなくなってた」

 松永さんのお兄さんが亡くなってから、約5年もの間、ずっと想い続けている。と、いうことだろうか。

 その間、誰とも付き合っていない訳ではないと思いながらも、その一途さに共感したことは言うまでもないわけで……。

「俺だったら、佑哉さんを選ぶけどな」

「嬉しいこといってくれるね。だけど、俺は由規くんが思っているようなイイ奴じゃないから。さっきだって、中村くんに好きな人がいるって知った時、内心ではホッとしてたし」

「そんなこと、誰でも思うでしょ」

 赤信号に捉まって、ゆっくりと車が前の車と一定間隔を置いて止まる。

 辛いねぇ、お互いに。と、またこちらに苦笑する佑哉さんに頷いて、俺は窓の外を行き交う恋人同士を目で追いかけた。

 腕を絡ませ、何かを楽し気に話しながら歩く二人を見ているうちに、ふと思うのは、やっぱり水野のことで……。

「なんで、好きな子とは上手くいかないんだろうなぁ……」

 と、思わず呟いてしまってから、またなんとなく視線を感じ、佑哉さんの方を見ようとして、右頬に何かが当たる。それは、佑哉さんの人差し指だった。

「まったまたぁ。可愛いこと言っちゃってー」

「……なんすか、この指」

「いや、なんとなく」

 青に変わり、また前の車に続く。

「そうなんだよね。これまで、何人の女の子に頭を下げてきたことか……」

「よくゆーわ。どの口が言ってんすか」

 お互いに笑い合って、さらに男同士の。いや、片想い中の俺たちの仲が深まった気がした。


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