Yuuto vs Yoshinori

#17 マジかよ……

 * 優斗 side目線


 Truth

 編集室


 水野を送り届け、任せておいた編集を終わらせた。

 安堵すると同時に、彼女あいつの淹れるブラックが飲みたくなり、ふと、気づく。

 彼女の誕生日を祝ってから、もうじき一年が経とうとしていることに。

 この一年は、これまでにないほど忙しく、充実していた。それによって、自分の誕生日さえ忘れるほどだったが……。


(今年もまた、祝ってやるか。)


 そんなことを思いながら、去年よりも確実に彼女への想いが強くなっていることに気づかされる。ただ、俺に対する想いは、『ただの上司』以外に無いわけで。


『……好きです。中村さんのこと』

『え……』

『あ、あの……その、これはつまり……違うんです!! 中村さんのことを、尊敬しているという意味ですから! 誤解のないように。いつか伝えたかったというか! だから、その……紛らわしいこと言っちゃってすみませんでした!』


(……あー、やめだ。こんなん考えてもしょうがない。)


 思わず漏れ出た溜息に苦笑した。その時、科野さんから呼び出され階下へ向かう。

 何かと思えば、松永プロデューサーからの依頼に応えることは出来ないだろうか。と、いう例のものだった。

「モデルだっけ? 引き受けてくれないかな」

 苦笑交じりに言う科野さんに、俺は大きな溜息をついた。

「いいえ。絶対に断ってやりますから」

「まぁ、やりたくない気持ちは分かるんだけどさ。今回も、お世話になるわけだろう?聴かないわけにはいかないじゃないか」

「なら、科野さんがやればいい」

「どーしても、お前がいいんだって聞かないんだよ」

 そう言って、お手上げだとばかりに両手を軽く上げてみせる。

 まったく困ったものだ。このままでは、本来やるべき仕事が出来なくなる。

「とにかく、もう少し考えて返答してくれ。社の命運はお前にかかってるんだからな」

 言いながら、科野さんはそそくさとオフィスを後にした。


(ったく、どいつもこいつも……)


 一人、また一人と帰宅していくなか。そこへ、今まさに話題になっていた張本人から電話を貰う。


(マジかよ……)


 まぁいいか。今、はっきりと断ってやる。

 そんな思いで通話に出る。と、酔っているのか、少し呂律が回っていない。しかも、周りが煩くて何を話したいのか聞き取れず、軽く苛立ちを覚えた。次の瞬間、「ごめんね、中村くん。俺だけど」と、今度は吉沢さんの声がして、俺は通話を切りたい衝動に駆られながらも、丁寧に受け答えようと努めた。

 飲みの誘いを即断りたかったが、先ほどの科野さんの言葉を思い出し、仕方なく頷いた。


 ・

 ・

 ・


 都内 

 PM 8:56


 あれからすぐにタクシーを呼び、吉沢さんから聞いていたBARへと向かった。

 これまた、高級そうな雰囲気のビル地下にある店へと階段を降り始めて、ふと、スマホが繋がらない可能性を考慮し、水野へ連絡を入れてみる。

「……でねぇな」

 寝ているのだろう。と、割り切り、スマホをバッグにしまいながら階段を降りきって、重圧感のある玄関ドア前に来て間もなく。どういうわけか、カチャリという音と共にドアが開いた。

 そこは、例のごとく貸し切り状態だった。

 有名俳優やら、歌手から、お笑い芸人まで幅広く勢ぞろいしていて、開口一番に松永から抱きつかれ、また溜息が漏れてしまう。

「来てくれたんですねー。嬉しい!」

「で、何か用ですか?」

 視線を逸らしながら尋ねる俺に、松永は寂しそうに瞳を潤ませた。

 仕事以外のパーティーといったところか。胸元が大きく開いた、黒いラップVネックリブシャツに、同色ミニスカートという大胆な格好は、モデル体型の松永を前に、男なら誰もが見入ってしまうほど似合いすぎている。

「なんで、いつもそんなふうに素っ気ないの?」

「酔いが冷めたら話します」

 俺は、出来るだけ遠慮がちに言いながら、腰元にある彼女の両腕を持ち距離を置く。と、今度は吉沢さんから二人だけで話がしたいからと、別の部屋へ誘われた。

 吉沢さんの方も、長身を活かした茶系スリーピース・スーツに、これまた高そうな黒の革靴で揃えられている。


 連れられてやってきたそこは、少し離れた角部屋で、誰にも聞かれたくない話をするにはもってこいな個室だった。

「じつは、ちょっと訊きたいことがあってね」

「何でしょう」

「中村くんって、結婚とかしてるの?」

「まだ独身ですけど」

「じゃあ、好きな子とかは?」

「………」


(何なんだ。いきなり……)


 一瞬だが、そんなことを思いながら俺はしぶしぶ答えた。

「一応、います。それが何か?」

「そっかぁ。いるのか……」


(だから、なんなんだよ。その悲しそうな表情は……)


 その理由を尋ね、正直、「勘弁してくれ」と、心の中で呟いたことは言うまでもない。

「本人からもその話を頂きましたが、はっきり言って無理ですね。というか、やりたくないんですよ」

「そこをなんとか。聡美ちゃんの喜ぶ顔が見たいんだよね。じつはさ、これには深ぁーい理由わけがあって……」

 吉沢さんが言うには、松永がまだ大学三年の秋のこと。3つ離れた実兄が、水難事故で亡くなったらしい。

 続く吉沢さんの話を聴いて、松永が俺にこだわる理由がやっと分かった気がした。

「彼女の兄である龍也たつやは、俺と同級生でね。中村くんの、そのぶっきらぼうな性格とか雰囲気が、龍也にそっくりなんだよ」


(だから、俺にこだわっていたのか……)


「聡美ちゃん、本当は翻訳家を目指していたんだけど、親父さんの跡を継ぐはずだった龍也の代わりに、本気でプロデューサーの道を究める。と、言ってきた時、俺も出来る限りのことをしてあげたいって、思うようになってさ」

 吉沢さんの、こんな真剣な顔を見たのは初だった。

 この人は、常にのほほんとしているから余計にそう感じただけかもしれないが。正直、頭を捻ってしまうような内容に困惑してしまう。

「だから、モデルが駄目なら、もう少し聡美ちゃんに優しくしてあげられないかな? 食事とか、誘ってあげて欲しいんだけど……」

 屈託のない笑顔で言われても困る。

「それも無理ですね。俺には」

「そうだよね、やっぱ好きな人がいるんじゃなぁ……」

 今度は、露骨にがっかりした表情で項垂れた。が、次の瞬間、ニヤリとする吉沢さんに、嫌な予感を感じて俺は視線を外した。

「で、中村くんの好きな人って?」


(やっぱりか。それこそ、言いたくねぇわ。)


 心の中でのみ悪態をつく。が、ここで上手く誤魔化せたとしても、いずれは言わされるに決まっている。だから、俺は当たり障りのない程度に受け答えすることにした。

「ご想像にお任せします」

「ということは、同じ社内ってことかな。俺の知ってる人?」

「知らない奴です。それに、同業者でもありません」

「と、いうことは、やっぱり同業者だね」


(違うっつってんだろーが。)


「あ! もしかして、水野ちゃんとか?」

「………」

「え、当たり??! マジで!?」

 一発で当てられた俺よりも、当てた本人の方が激しく動揺している。


(この人、マジで参るんだけど……)


「いや、でもそうなると、三角関係になっちゃうのか……」

「三角関係……?」

「おっと、いやいや何でもない!」

 その意味が分からず、ただ茫然とする俺に吉沢さんは、さらに視線を泳がし言った。

「しかし、中村くんも分かりやすいなぁ。そーか、そうだったのかぁー」

「どういう意味ですか。その三角関係って」

 訝し気に見つめ、問いただしてみる。と、吉沢さんは観念したように瞳を伏せた。

「じつはね、この際だから言っちゃうけど……」

 公開イベント後の二次会で、水野と成瀬由規が高校時からの友人だと知った吉沢さんは、例のお節介とやらで見守っていたらしい。

 そんなある日のこと。成瀬から、水野とのことを相談されたという。

「だから、二人が上手くいくようにと、思ってたんだけどね」

「……で、水野は」

「気になっちゃったりする?」

 さっきにも増してぎこちない笑みを間近に、俺は明後日の方向へ視線を遣りながら答えた。

「別に。水野はただの後輩ですから」


(……気になるに決まってんだろうが。)


「誰なのかは分からないらしいんだけど、片想いしている人がいるらしいよ」

「……」

「誰だろうね? その、片想いの相手って」

 と、吉沢さんが緩く丸めた右手を自らの口元に持ってきて、何かを考えるように言った。途端、松永たちのいるテーブル席が、どっと湧いた。

 誰かの、「成瀬くんじゃん」と、言うデカい声がして、俺たちは顔を見合わせた。

「由規くんにも声をかけてたんだよね……」


(にしても、タイミング良すぎだろ……)


「事情を知ってたら、無理に君を誘わなかったよ。ごめんねー。いろいろ引っ掻き回してしまって」


(……まったくだ。)


 いつにも増して困ったように微笑う吉沢さんに、俺はただ、深い溜息をつくほかなかった。

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