Reunion <再会>

#13 再会からのぉ…えっ?!

 イベントホール控室


 AM 11:25


「中村さん、真部さん。そろそろゲネが始まりますので、舞台の方へお願いします」

 舞台監督さんの呼びかけの後、中村さんと裕樹くんは、浮かない顔で立ち上がり、控え室を後にした。

 去年の秋から始まったこのプロジェクト。編集作業も、この日の為の打ち合わせも無事に済み、多少の達成感はあるものの、今日の完成披露試写会イベントを無事に終えるまでは、気の抜けない時間を過ごして来た。

 それでも、今日が終われば私達の役目も終わるので、私も最後の気力を振り絞って、中村さん達のサポートに務めようと気を引き締め直す。

「ゲネとはいえ、緊張するなぁ……」

 階段にて、一階から二階にある舞台へ向かう最中、裕樹くんが自信なさげにぽつりと呟いた。すると、松永さんは安心させるように、両手で裕樹くんの背中を優しく押していく。

「ほぼ、原稿通りに読めばいいだけでしょう?中村さんの分もお願いしますね」

「りょ、了解です……」

 結局、上司である科野さえのさんが、今回の音響全般を担うはずだった中村さんの代わりを務めることになり。裕樹くんが大半の詳細を説明する役割を担い、中村さんはほんの一言だけ、でも一番伝えなければならない事柄を話すのみとなった。

 その最大の理由は、やはり何度試してもぎこちない笑顔が不自然だからだ。


 その後、吉沢さんを迎え入れてからも、何度か話し合いを重ねた結果、吉沢さんからの質問に裕樹くんや中村さんが答えてゆく。と、いうやり方が良いだろうという結論に至った。そのほうが、中村さんと裕樹くんの負担も減るだろうから。という配慮もあるようだ。

 あの、突然告白をしてしまった夜から一週間。あの時、上手く誤魔化せたのか。それとも、いつもの事として受け取ってくれただけなのか。複雑な気持ちは否めないけれど、中村さんが普段と変わらずに接してくれているので、私も変に緊張しないように努めている。

 そして、いよいよ本番同様に進行されるゲネプロというものが始まった。

 私をはじめ、各マネージャーさんたちは、いったん客席へと移動して、全体と舞台背後の壁に設置された大スクリーンを観ながら、お客様の目線で見守る。

 まずは、吉沢さんが所定の場所で軽めの挨拶をし、本番同様のヘアメイクと衣装を纏った出演者たちを呼び込む。次に、それぞれの話が終わったと仮定して、舞台袖へと戻る出演者たちと入れ替わるようにして、スタッフさんたちが、素早くドラムやスタンドマイクのセッティングをし始める。

 準備が整った後、主題歌を担当しているPeaceという5人組の超人気バンドが、舞台上へとやってきた。

 次に、吉沢さんが彼らの紹介を済ませて上手かみてにはけると、テストを兼ねた演奏が始まった。

 控えめながらも存在感のあるイントロ。そして、ボーカルの、少し幼いような高めの、それでいて力強い歌声がホールに響き渡る。

 演奏が終わると、今度こそ中村さんたちの出番となる。

 打ち合わせ通り、吉沢さんから迎え入れられた中村さんたちは、指定の位置に並んで立つと、客席に向かって説明していく。

 ほとんどが、吉沢さんと裕樹くんのやり取りで進むなか。最後に、一言だけこの作品の見どころを尋ねられた中村さんが、少し緊張した面持ちで簡潔に語り始めた。

「やっぱり、中村さんは喋らないほうがいいかもなぁ……」

 私が思わず溜息交じりに呟くと、

「ほんと、イメージはピッタリなんだけど……」

 と、松永さんも腕組みをしながら呆れ顔を浮かべた。

 そして、顔を見合せて同時に苦笑する。

 約半年もの間、同じ仕事に携わって気付いたことが沢山あった。

 プロデューサーというお仕事は、私が思っていた以上に労力を使い、誰よりも優れた能力を十分に発揮出来る人でないと難しいということ。

 ズバッと言いたい放題で、時に、そこまで言うかぁぁ!と、思った事もある。けれど、常に周りをシビアに見つめ、価値あるものを見い出していく才能が無ければ勤まらないもの。一風変わって見えても仕方がないのかもしれない。

 そして、もう一つ。

 松永さんは、知性の塊みたいな人で、外見だけでなく、内面も美しい秀才であると、認めざるおえない。

 なんて言うか、やっぱり、中村さんには松永さんのような女性ひとがお似合いなのだと思わされた。

 中村さんの好きなタイプがどんな人なのかは分からないけれど、きっと、松永さんのような『出来る女性』に違いない。

 そんなふうに少し落ち込みながらも、この後迎える本番が上手く行くように願っていた。


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 時刻は17時を過ぎた頃だろうか。無事、完成披露試写会イベントを終えることが出来た私たちは、軽めの打ち上げに参加した。

 その後は、吉沢さんの提案で二次会をすることになり、他の現場に行くという中村さんと裕樹くんの代わりとして、私のみお付き合いすることとなった。


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 たどり着いたお店は、これまた吉沢さん行きつけのBARで、VIP感がそこら中に感じられる、会員制のお忍びOKらしい。

 どれだけ詳しいんですか?と、心の中でツッコミを入れたことは言うまでもない……。

 店内は広く開放感があり、窓際にこれまた高級そうな黒ソファーのボックス席を二箇所ほど確保されていた。

 今回は、舞台スタッフさんたちも数名参加しているし、吉沢さんの声がけで急遽駆けつけた、人気若手俳優の成瀬由規なるせよしのりくんも加わり、美味しいお酒と料理を楽しみながら、これまでの苦労話などで盛り上がっている。

 じつは、成瀬くんは、高校の時の同級生であり、当時片思いをしていた男性ひとだったりする。

 あの頃からの目標だった、役者になるという夢を実現させたことは知っていたけれど、こうして会うのは高校卒業以来だった。

 本名、成瀬翔太なるせ しょうた。気さくで明るくて、頭が良くて、長身な爽やかイケメンで。バレー部の主将だった成瀬くん。

 高校卒業後は大学へ進学し、その後、すぐに今のプロダクションに所属したのだそう。

 2wayパーマの黒髪ミディアムヘアが似合っていて、オフホワイトっぽい、フード付きアウターボタンカーディガンと、ジーンズの組み合わせが、彼らしさを際立たせている。

 吉沢さんとは、デビュー当時からの付き合いらしい。

「俺も狙ってたんすよ。その主役」

 と、言ってノンアルコールビールを飲む成瀬くんに、吉沢さんは、「うんうん」と、苦笑いを返した。

「俺は、由規くんの方が断然合ってると思ったんだけどね」

「でしょう? なんで俺じゃなかったんすかね」

 成瀬くんが不貞腐れたように顔を歪める。それに対し、吉沢さんが、「大人の事情ってやつだねぇ」と、今度は少しにやりとした表情を浮かべた。

 もしかしたら、クライアントさんとか、原作者さんの要望に応えたのかもしれない。個人的にも、今回主人公を演じた俳優さんより、成瀬くんの方が演技力も上だと思えたから。

 この世界は、時に演技力よりも、人気や現在いまの旬な人を抜擢させるケースがある。しかも、ほぼ同時期に他作品でも主役を務めることは出来ないルールになっているらしい。

 そういったやり方には、首をひねることもあるけれど、やるからにはヒットさせなければならない制作側の気持ちも分かるので、仕方がないことなのかもしれない。

 俳優業にもいろいろあり、テレビや舞台を通して、ドラマや映画などで活動する人もいれば、報道番組などの司会や、ラジオパーソナリティ、ナレーション、CM、アニメや外国映画の吹き替えなど、多種多様だ。

 運や、もって生まれた天性みたいなものも含め、器用さや、努力家であることなども、稼げる役者の必須条件と言われている。

「理不尽すよねぇ~。なぁ、水野もそう思うだろ?」

 いつの間にか、私の隣にやって来ていた成瀬くんの端整な顔を間近にして、思わず身を引きながら小さく頷いた。

「確かに、そうですね……」

「ほんとにそう思ってんのかぁ?」

「お、思ってますともぉぉ!」

 今度は疑いの目で見つめられ、更に縮こまりながらも、私なりにしっかり返答する。と、そんな私を見かねてか、松永さんが私と成瀬くんの間に割って入ってきてくれた。

「そういう成瀬くんも、うちの次のプロジェクト作品の主役を務めて貰うことになってるじゃない」

 松永さんの言う通り、成瀬くんは、今秋からクランクインする映画の主役に抜擢されている。

 聞けば、1000人を超える候補者の中から選ばれたとかで、改めて、実力と人気を兼ね添えていることが窺えた。

 その作品とは、江戸時代に流行ったとされる、『反魂香はんごんこう』を題材にした人気小説を映画化したもので、いて死人の魂を呼び返し、その生前の姿が煙の中に現れる。と、いわれる想像上のお香を操る主人公を中心に、様々な人間の葛藤を描いた、現代ファンタジー系アクションスペクタクル映画なのだそう。

 その後も、暫くは成瀬くんの話を聞いたり、今回の作品の感想や苦労話などをしているうちに、気がつけば、22時を軽く過ぎていた。

 そろそろ、お開きにしましょう。と、いう松永さんの隣で、吉沢さんが会計を済ませる為、席を後にする。

 それぞれが、帰り支度を始めるなか、戻ってきた吉沢さんにより、またもや3次会を提案されたのだけれど、さすがに誰からも声が挙がることは無く、舞台監督さんに〆て貰い解散となったのだった。


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 お店から、少し離れた所にある路上パーキング。

 場所的に、成瀬くんと同じ方向なので、私だけ成瀬くんの愛車に乗せて貰うことになった。

 外車だそうで、スポーツカーのようにシャープな見かけの割には、シートの座り心地が良く、とてもリラックスできる空間になっている。

 助手席から、車を発進させる成瀬くんを気にかけながらも、今頃はもう帰宅しているだろう中村さんのことを考えてしまっていた。

「朝までに止んでくれるといいんだけどなぁ……」

 と、成瀬くんが窓の外を見ながら溜息混じりに呟いた。

 見ると、小雨がポツポツとフロントやサイドドアの窓ガラスを掠めている。

 その理由を尋ねたところ、明日はお昼過ぎから番宣も兼ねたバラエティ番組の外ロケがあるらしく、雨だと傘をさしての撮影になるから面倒臭いのだとか。

「ところで、水野さぁ……」

「ん?」

 続きを気にかける私に、成瀬くんはこちらをちらりと見遣り、「いや、何でもない」と、言って薄く微笑んだ。

 しばらくの沈黙。

 黄色信号が赤に変わり、車がゆっくりと横断歩道手前で止まる。

「……やっぱ、言っとくわ」

「???」

 何を言われるのだろう。と、また次の言葉を待っていると、成瀬くんは、ほんの少し躊躇うように視線を泳がせ言った。

「今、フリー?」

「……フリー、とは?」

「その、フリーってことはだ……」

「あー、なるほど! 私はちゃんと音響会社に所属してるよ」

「いや、そっちじゃなくて……」

 もともと、私は鈍感な所があるし、恋愛経験が無さすぎたからなのか。その問いかけに真顔で返答していた。

 成瀬くんから、「もしも、フリーなら俺と付き合ってくれない?」と、言われるまで、気づかなかったのであります。

「え!? ちょ、急に何言っちゃってんのよ……」

 先程の二次会でも少し話題になっていた成瀬くんとの出会いは、高校一年の春。

 三年間、同じクラスになることはなかったのだけれど、私はバレー部に所属していた彼を、マネージャーとしてサポートしていた。

 彼が言うには、その頃から、何だかんだと私のことを想っていてくれたらしい。

「時間が無くて声を掛けられなかったんだけど、一度だけ、スタジオで見かけた事があったし、佑哉さんから話を聞いてから、いつか会って話したいと思ってたというか。だから、さっき電話貰った時、即答してた……」

 青信号と共に、またゆっくりと発進し始める。私は、突然告白されたことに戸惑ったまま、やっぱり、同様な返答しか出来ないでいた。

「でも、だって……高校の時からって言うけど、成瀬くんには彼女がいたじゃない」

「それは!」

 成瀬くんは、また「それは」と、呟いて困ったように微笑む。

「お前に付き合ってる奴がいたから……その、吹っ切ろうとして……」

「ええー!? 何それ……」

「失恋して落ち込んでたら、宮田から合コンに誘われてさ。覚えてるだろ?奴のこと」

「セッターやってた宮田くん?」

「そうそう。俺は乗り気じゃなかったんだけど、どーしてもっていうから断れなくて……」

 それから、成瀬くんはその合コンに参加していた隣のクラスの子から告白され、友達からお付き合いを始めたらしい。

 でも、お互いの価値観が合わなくて、半年ほどで自然消滅してしまったのだという。

 その事実に、ただ驚くしかなかった。

 あの頃、確かに仲良くしていた男友達もいたけれど、私が好きなのは成瀬くんだけだったし、誰とも付き合ってなどいなかったからだ。

 どういうことなのか、二人して分からぬじまいだけれど、その当時のことを話して聞かせると、成瀬くんは微かに項垂れるようにして大きな溜息を零した。

「ダメ元で告ってれば良かった。つーことは、お互いに誤解してたってことになるな」

「そう、だね。周りの噂に振り回されてたっていうか……」

「じゃあ、現在いまは? 彼氏とかいるの?」

「付き合ってる人はいないんだけど……」


(なんていうつもりなんだろう。私……)


 一瞬、そんなふうに考えて、『片思いしている人ならいる。』と、正直に返答した。

 すると、成瀬くんはふっと軽く息をつき、

「そっか。でも、じゃあ、あの頃みたいに友達として付き合うなら?」

「それなら……」

 私がぎこちなく頷くと、成瀬くんは満面の笑顔で言った。

「良かった。これで、また会える……」

 明日からも頑張れる。と、付け足され、照れくさいような、ちょっぴり嬉しいような。

「水野を見つけた時、全然変わってねーなぁって。高校の頃からそうだったけど、一生懸命動き回っている姿を見て、なんかこう、俺も頑張らねーとな。って、思わされたというか」


(そんなこと言っちゃってるけど、私には、人気絶頂の成瀬くんと付き合う自信なんてないし、私じゃ釣り合わないよ。絶対……)


 職業柄なのか、あの頃より強引だけれど、素直というかなんというか。そういうところは、成瀬くんのほうこそ全然変わっていない。

 私は、複雑な気持ちを抱えたまま。中村さんへの想いがさらに深まっていることに気づかされた。





✩✩✩✩あとがき(豆知識)✩✩✩✩


 ちなみに、「反魂香はんごんこう」は、マジで江戸時代に流行ったとされてます(^^ゞ

 しかも、「マジ」とか「ヤバい」という言葉は、江戸時代から普通に使われていたらしいです。

 あと、上手かみてとは、舞台上の演者から見たら左側。客席からは右側をいいます。下手しもての場合は、その逆になります✩.*˚

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