第36話 異能者の母

 司祭に言われたとおり、アスターは異能者の母親の家へ向かった。地下鉄に揺られながら、アスターはこの乗客達の中にも異能者は居るだろうか? と辺りを見回した。仕事帰りの乗客達で、車内はごった返している。もしかしたら居るのかも知れない。この街にだって、人知れずひっそり暮らしている異能者が。司祭から聞いた異能者の母親もそうなのだろうか?

 

 郊外の住宅街に着いたアスターは、目印の白い家を探した。周辺の家を見る限り、この辺りは余り裕福とは言えない地域らしかった。木製の板張りの壁に錆びたトタンの屋根が並んでいる。あばら家よりは少しマシといった出で立ちである。お目当ての白い家を見つけると、アスターは玄関ポーチの前で立ち止まった。司祭からアスターが立ち寄る事は連絡が行っている筈だ。アスターは躊躇ためらい勝ちに玄関のインターホンを鳴らした。パタパタと廊下を走る音が聞こえ、インターホンに老婆が出た。

「……はい?」

「あの、司祭から聞いていると思いますが、アスターと言います。お会いしてお話を伺いたくて来ました」

「ええ、聞いているわ」

老婆はそう言うとドアを開けた。白髪を後ろで束ね、小花模様の茶色いワンピースを着た、地域には相応しくない上品そうな女性だった。

老婆はアスターの顔を確認すると、

「良くいらしたわね。取り敢えず、上がって頂戴」

と中へ促した。

 

 中も外から見た時と同様にわびしいものだった。古びた板張りの壁に節穴だらけの板張りの床。可愛らしい黒猫の模様のクリーム色の布張りのソファーに、アスターは座った。プラスチックのピーコックグリーンのコーヒーテーブルは所どころ欠けていた。

「今お茶をお持ちするわ。楽にしていてね」

そう告げると老婆はキッチンへ消えていった。壁に写真が数枚飾られているのが目についた。アスターは立ち上がって近づくと、写真を眺める。ヤンチャそうな男の子、学生時代とおぼしき友人とのスナップショット、恋人と抱き合う様子……。

 

「それは息子の写真よ」

紅茶の入ったポットとティーカップを持ってリビングへ現れた老婆はそう言うと、テーブルへポットとカップを置いた。

「息子さんは異能者だったと聞きましたが」

老婆はしばらく黙って紅茶を注いでいたが、注ぎ終わると

「ええ」

とだけ言った。アスターはソファーへ戻ると、紅茶には手をつけずに、

「どんな息子さんでしたか?」

と訊いた。老婆は向かいのソファーへ座ると身体を深く埋めて深呼吸する。

「小さな頃から元気な子だったわ。子供の頃に既に普通の子には無い能力がある事が分かっていたわ……」

「どんな能力です?」

「読心術とテレパシーよ。あの子は人の心を読んだり、人の脳に自分の言葉を送る事が出来たの。そのお陰で、小さい頃は周りから不気味がられたりしたけど、当時は異能者排除法は無かったし、それなりにやっていたわ」

「では、貴方も異能者ですか?」

「紅茶をどうぞ……」

老婆は静かにアスターに紅茶を勧めた。

「私は違うわ。でも、あの子の父親がそうだったわ。スプーンを曲げたりとか、念力で木を割ったり出来たわ」

「ご主人は今……?」

「死んだわ。いいえ、正確に言えば殺されたのよ」

「殺された?」

「ええ」

老婆は遠くを見つめる目をして続けた。

「息子はある時から、『他の異能者の願いが聞こえる』と言い出したの。あの子は異能者達と感応出来たのよ」

「願いとは?」

「地球の環境は末期に差し掛かっている。このまま文明の肥大化だけを推し進めていけば、いずれ人類は滅亡する。それを防ぐには、一度地球を原始に近い状態まで戻して、自給自足の素朴な暮らしに立ち返るべきだ。大いなる自然を取り戻そう――まあこういった内容ね」

老婆は皺だらけの顔に更に皺を作って微笑んだ。

「それでクーデターを起こそうとした?」

「初めのうちは、仲間を見つけ出してグループを作り、人々に啓蒙活動をしていたわ。でも政府に目をつけられてね。政府にも啓蒙内容を上申したけど、突っぱねられたわ。その上、活動を縮小するように圧力をかけられたのよ。圧迫されればされるほど、息子達の活動は激しくなっていったわ。異能者以外にも、息子達の趣旨に賛同してくれる人が現れたわ。皆、これ以上待てない、といった思いだったわ。ある時、仲間で結束して、官邸を占拠しようとしたのよ……。結果は知っているでしょう?」

「ええ。それでご主人も?」

「いいえ、あの人は活動には直接参加していなかったわ。でも、あの後……息子達が殺された後、政府の役人が家へ来て、あの人を連れていったわ――」

老婆の頬に涙が伝った。

「新しく法律が出来た、異能者は社会から排除しなければならない、と言ってね。そして処刑されたわ」

アスターは何と言うべきか迷っていた。今更慰めの言葉をたった今出会ったばかりの者から聞いたところで、彼女の安らぎにはなるまい。

「俺も……異能者なんです」

老婆は一瞬泣き止み、表情を硬直させたが、次の瞬間

「ああ!」

と叫んでアスターの手を握りしめた。

「誰にも言っては駄目よ。能力を隠して、ひっそり生きるのよ……でないと殺されてしまうわ!」

「俺には息子さん達の気持ちが分かります」

「貴方もまさか、政府と戦おうなんて思っているのじゃ無いでしょうね?」

「俺は、そうは思ってはいません……今のところは。話して下さって有り難うございました」

「気をつけるのよ。政府は異能者と見れば容赦しないわ」

「ええ、そうします。じゃあ、俺はこれで失礼します」

アスターは再び写真を一瞥すると家を後にした。

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