第35話 大聖堂

「何か御用ですか?」

アスターの気配に気がついた司祭が振り向いた。卵形の温厚そうな顔に深い皺が刻まれて、それがある種の深みを演出している。

「お尋ねしたいことがあるんです。俺は信者ではありませんし、信仰とは関係ない話ですが」

「ほう……どんな事でしょう?」

「貴方はいわゆる異能者についてお詳しいとか」

「何故そんな事が訊きたいんです?」

司祭は少しだけ顔を曇らせた。警戒の表情だった。アスターは質問には答えなかった。

「司祭は異能者についてはどう思われますか? 異能者である事、それ自体が罪ですか?」

司祭は落ち窪んだ目で静かにアスターの目を見つめた。

「……付いて来なさい」

司祭はそう告げると祭壇の脇の通路から奥へと向かった。アスターは図書室に通された。


「座りなさい」

大きなマホガニーのテーブルを挟んで、アスターは司祭の向かいに座った。壁面には膨大な量の書物が棚一杯に並べられている。

「異能者であることが罪ではない。むしろ異能者であることは神の祝福を受けている様なものです」

司祭の口から飛び出た思いがけない言葉を聞いて、アスターは驚いた。

「では、何故中央政府は異能者を毛嫌いするんです? クーデターを起こそうとしたからですか? でも、異能者でなくとも過去にその様な事を企てた人だって居た筈ですよね? だからと言って普通人はすぐに連行等という扱いを受けてはいません。何故異能者だけが見つけ次第連行なんです?」

「政府は怖がっているのですよ。自分達が築き上げて来た社会秩序が脅かされると……。それだけの力が異能者にはあるのです。現政府だけではない、過去の権力者達は皆、異能者を怖れてきました――そして異能者を排除してきた」

「何故です?」

「イエス・キリストを知っていますか? 彼もまた異能者でした。異能力を使って苦しむ人々を癒し、救ってきました。そして、時の権力者に立ち向かったのです。即ち、人は皆平等であると説いたのです。その様な発想は当時の社会においては危険思想でした。権力構造の根幹を揺るがすのですからね。キリストはゴルゴダで処刑されましたが、彼の教えは残りました。彼の後にも異能者は現れました。聖人と呼ばれた者達です。やはり彼等はその時々の人々にインスピレーションを与えてきました。より人間らしく生きるためのね。その度に時の権力者に潰されてきたのです。我々宗教家の立場では、そういった異能者達は神の使いだと認識しています」

「俺は――俺はとある星の話を知っています。そこは太古の地球の様な環境で、動植物に溢れていました。そこでは大きな月の力によって、異能者が産まれるんです。そして人々は異能力によって環境に適応し、自然に溶け込んで助け合いながら生きていたんです。狩りで獲れた獲物や畑で作った野菜は一人で溜め込んだってやがては腐ってしまうから皆で分け合います。美しいものが見たければ大自然があるし。俺はそんな暮らしこそが人間の真の幸せなんじゃないかと思うんですが、違いますか? クーデターを起こそうとした奴等も、きっとそんな事が言いたかったんじゃないかと思うんです」

「そんな星があれば、正に理想的でしょうね……エデンの園の様にね。文明が発達するにつれて、人々は神から――真の幸福から遠ざかりました。残されたのは慰めの娯楽だけです。悲しい事ですがこのまま文明の発展だけを目指していれば、いずれは崩壊するでしょうね」

司祭は大きく息を吐くと立ち上がった。

「お茶でもお持ちしましょう」

 

 ティーポットとカップをのせた盆を持って司祭は戻って来た。来客用のエレガントなカップに熱い紅茶が注がれてゆく。ふくよかで優雅な香りが部屋に充満した。

「しかし、私は嬉しいですよ」

カップをアスターの前に起きながら司祭が微笑む。

「何がです?」

「貴方の様に若い方がその様な事に興味を持ってくれる事がです。お名前をうかがっても?」

「アスターです。俺、俺は――」

アスターはカップを見詰めた。真実を話すべきだろうか? 自分が異能者である事を告げるべきかどうか、アスターは迷っていた。

「紅茶をお上がりなさい、アスター」

貴方の事は全てお見通しですよ、とでも言いたげな視線で、司祭は紅茶を勧めた。それは優しい眼差しだった。

「異能者の事についてもっと知りたいなら、例のクーデター騒ぎで死亡した異能者の母親を知っています。会って話を聞いてみたら如何です?」

アスターはガチャリ、とカップを置いた。

「何処に行けば会えますか?」

「お待ちなさい。今、住所を書きますよ」

司祭は紙に住所を書き込むと、アスターに渡した。

「貴方が行く事は、私から連絡しておきましょう」

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