第34話 疑問

 しばらく沈黙が流れた。ビーチには寄せては返す波の音だけが響き渡っている。薄汚れた大都会の片隅に、その波の音は神聖な空間を作り出していた。静寂を破ったのはザンだ。

 

「なあ、あんたらが異能者だってのは分かったが、何時からそうなんだい? 産まれた時からかい?」

ザンは寝転んだまま聞いた。

「父さんの話では、生後半年位かららしい」

アスターは砂の上に座り込んだ。

「ふうん……。でも何で異能力が備わったんだろうな?」

「タラゴンの月のせいさ」

「タラゴン?」

「俺達の親は、昔中央政府の命令で人類が生存可能な星を探しに宇宙船で地球を飛び立ったんだ。惑星タラゴンが候補地だった。途中で宇宙海賊に襲われて船のエンジンがやられて、タラゴンに不時着したんだ。それで地球へ帰ることは諦めて、親父達は結婚して俺達が産まれたんだ。タラゴンの月には不思議な力があって、タラゴンで産まれる子供に異能力を授けるらしいよ。俺達はずっとタラゴンで暮らしていたけど、ある時地球から迎えが来て、それで皆で地球へ来たのさ」

「タラゴンてのはどんな星だい?」

「原始時代の地球にそっくりさ。俺達はサバンナで狩りをしたり、野菜を育てたりして暮らしていたんだ」

 

 ザンはムクリと起き上がった。

「俺なら地球へは帰って来ないね」

「どうしてです?」

ブランカが不思議そうな顔をして聞いた。

「聞く限りじゃ、タラゴンは良い環境じゃないか。自然豊かな星なんだろう? 金と欺瞞ぎまんあふれた街も無い。原始生活じゃ、格差も生まれようが無いしな。だが何故月が異能力を授けるのかなあ?」

「タラゴンに適応するためだと思うよ」

「ふむ……。なるほどな。でも地球でもたまに異能者が産まれるよな?」

アスターは考え込んだ。

「地球でも大昔は原始的な環境で生き抜くためにもっと沢山の異能者が居たのかも知れない。文明の発達と共に能力が失われていって少なくなったけど、昔の名残でたまに産まれるのかも」

「文明が発達すると異能力を失うのかね?」

「それとも普通人との争いで殲滅されたとか」

アスターは砂を一掴み握りしめた。テレビで見た政府のCMの映像が頭を巡った。

 

「ザンは俺達が怖くないの?」

「俺は社会のドン底まで落ちた身だからね。世間にそっぽを向かれ、疎まれながら残飯を漁る生活に比べたら、大抵の事は怖くないさね……。さて、もう遅い。そろそろ帰った方が良いんじゃないか?」

「うん。話せて良かったよ」

「フフ。俺もさ。じゃあな」

ザンは立ち上がって砂を払うと、夜の闇へ消えていった。

 

「良い人だったな」

ブランカが呟く。

「そうだな。ところで、タイガのおじさんはどうしてる? 最近姿を見ないけど」

「ああ、なんでも長距離実習があるとかで、その準備に追われているらしい。ずっと訓練学校に泊まり込みさ」

「長距離実習?」

「惑星間を宇宙船で航行する訓練にパイロット候補生達を連れて行くんだそうだよ」

「じゃあ、その実習が始まったらしばらく会えなくなるな」

「そうだね」

「よし、帰るか」

「うん」

 

 昼休み、クラスメイト達は皆一斉に食堂へと向かったが、アスターは教室で座ったまま考え込んでいた。文明の発達した世界において、異能者とは何なのか? 昔から居たのだろうか? 居たとすれば、彼等はどんな人生を送ったのだろう? ロック中佐は異能者は人類の奇形だと言っていたっけ。異能者である事はそんなにおかしな事なのだろうか?

 

「まだこんなところに居たのね」

ナナミが戻って来て声をかけた。背後にマリンとカイも控えている。

「ランチ食べないの?」

「うん……。ちょっと考え事さ」

「考え事? どんな?」

ナナミが身を乗り出す。

「……異能者って居るだろう? クーデターを起こそうとして以来政府からは憎まれているようだけれど、昔から少数ではあるが異能者は存在していたわけだろう? クーデターを起こさず大人しくしていれば異能者でも存在を認められたのか、そもそも異能者であることそれ自体が問題なのか、どうなんだろうな?」

アスターは頭の後ろで手を組んだ。

「分からないわ。何だってそんな事を?」

ナナミが怪訝そうな顔をする。

「ただの好奇心さ」

「ヘッ。異能者なんて、存在自体が悪に決まってらあ!」

カイが叫んだ。

「そうだろうか?」

「そうさ。大体、悪い奴等で無いなら、何だって官邸を襲ったりするんだよ!?」

「そういう事なら、セント・パトリック大聖堂へ行って聞いてみたら良いわ」

マリンが割って入る。

「大聖堂?」

「ええ。あそこの司祭様は確かそういう事に詳しいっていう噂よ」

「ふーん」

アスターは再び考え込んだ。司祭か……。地球の宗教の事などサッパリ分からないが、何か関係があるのだろうか?

 

 放課後、アスターは一人でセント・パトリック大聖堂へ向かった。高層ビルの谷間に、大きな薔薇窓の付いた、ネオ・ゴシック調の灰色の重厚な建物が周囲を威圧している。夕暮れ時のオレンジの光がビルの谷間から差し込んでいた。荘厳という言葉がピッタリだった。アスターはもちろんカトリック信者ではないが、長い時を経てもなお信者を集める大聖堂が存在しているという事は、それなりに意味があることなのだろうと思った。

 

 中へ入るとやはり石造りの重厚な円柱が左右に並び、高い天井を支えていた。重々しくおごそかな空間をゆっくり進んで行く。二十人程の信者が木製の長椅子に座って祈りを捧げていた。奥の祭壇で、司祭が燃え尽きた蝋燭を片付けている姿が目に入る。アスターは自分がひどく場違いな場所に足を踏み入れている気がして立ち止まった。そもそも俺には神への信仰など無いのに。それらしきものがあるとすればそれはタラゴンの月への慕情である。だがそんな事は今はどうでも良い。異能者について少しでも詳しい奴が居るなら、そいつの話を聞いてみたい。アスターは再び歩き出して、こちらに背を向けている神父の背後に立った。

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