第33話 ゴミ拾い

 夕方マンションに戻ったアスターはテレビを点けた。チャンネルを次々に切り替えると、政府の発信するCMに目が留まった。画面は官邸前で繰り広げられる激しい銃撃戦の様子を映し出していた。

「あの忌まわしい異能者のクーデターから六年経ちました。皆さん、異能者は社会を脅かす危険分子です。見付けたら速やかに通報して下さい。明るい未来のために……」

アスターはテレビを消して、リモコンを放り投げた。

「気持ちは分かるがな、リモコンを投げるな」

ミゲルが床に落ちたリモコンを拾う。

「このクーデターを起こした異能者達はどうなったの?」

今まで口を閉ざしていたリタがミゲルに質問した。

「その場で軍に殺されたそうだよ」

「全員?」

「そうらしいな。それ以来、異能者は見つけ次第強制連行らしい」

「普通人だって犯罪を犯す奴等はごまんと居るのに、どうして異能者だけ何もしてなくても即連行なんだよ?」

「……怖いんだろうさ。人間てのは、自分とは異質なものに恐怖するものさ。それが力を持っているとなれば尚更だ」

「バカバカしい! 俺達はクーデターなんか考えていないのに」

アスターは天井を見上げた。

「それはそうと父さん、俺、今日の夜はブランカと出掛けるから」

「出掛けるって、何処へ行くんだ?」

「ビーチさ。ゴミを拾うんだ」

ミゲルはしばらく考え込むと、大きく一つ溜め息をついた。

「……気を付けてな」

「うん」


 真夜中のビーチ。アスターとブランカは狭い砂浜を眺めていた。人気もなく静まり返った暗い砂浜のそこら中に、捨てられたままの空き缶やらペットボトルやらが鈍い光を放っている。

「始めるか」

アスターは隣に佇んだブランカの顔を見ずに声をかけた。

「うん。あそこのゴミ集積所の前に集めよう」

「よし。俺は右の端からやるから、お前は左側の端から頼む」


 アスターはビーチの右端まで行くと、サイコキネシスで大きなワイパーの様なエネルギーフィールドを作り、ゴミを中央へ集め始めた。ブランカも空圧波でゴミを吹き飛ばす。元より世のため人のためになる行為であるし、何より思い切り異能力を使えるというのは楽しいことであった。タラゴンに居た頃は、何時だって好きに異能力を使ってきたのだ。普通人が誰の許可を得るでもなく手足を使うように、アスター達にとってそれは言わば本能的な自然な事だった。

 

 半分ほどゴミを集めた頃である。微かに人の気配を感じてアスターは叫んだ。

「ブランカ! 止めろ!」

「どうしたんだ?」

「……誰か来る」

アスターとブランカは浜の入口に目を凝らした。背後に薄暗い街灯の明かりを受けて、男の姿が浮かび上がった。

 

「誰かいるのかね?」

男は言いながら二人の元へヨロヨロとおぼつかない足取りで歩み寄った。ボロボロのカーキ色のカーゴパンツに汚れたグレーのTシャツ。あの男だ! ゲームセンターの帰りに会ったホームレスだ。

「何だ。この間の学生さんかね」

男はニヤッと黄色い歯を見せて笑った。

「こんな時間にどうしたんですか? ええと……」

ブランカが男に尋ねる。

「俺はザンってんだ。散歩がてら浜まで来たのさ。それより聞きたいのはこっちの方だよ。あんたらこそこんな時間にこんな所で何やってるんだね?」

「えっと……僕らはそのう……。ゴミ拾いを」

「……異能力でかね?」

ザンは声をひそめて二人の顔を覗き込んだ。

「…………」

アスターとブランカは硬直して押し黙った。どうする? アスターは頭をフル回転させる。ばれてしまっては仕方がない、この男をここで始末するか? この男にはこれっぽっちだって恨みは無いが、自分達の身の安全のためには致し方ない。サイコキネシスで男を天高く放り投げれば事は済む――。

「フフフ。何、誰か浜に居るなと思って物陰から見てたのさ。そう怖がらんでも良い。誰にも言わんよ。俺は政府の役人でも、警官でもないからな。約束するよ」

「そうしてもらえると助かります」

アスターはホッと溜め息をついた。

「しかし、なんでまたゴミ拾いなんかを?」

「ええ。僕ら、昼間にこのビーチに遊びに来たんです。想像の中では綺麗な砂浜に青い海が広がって……って思っていたんですけど、実際来てみたらゴミだらけで。予算の都合か何か分からないけど、やっぱり海は綺麗な方が良いじゃないですか。異能力を使えば早く片付けられるけど、人目に付くと不味いんで」

ブランカは頭を掻いた。

「それで真夜中にここへ来たのかい。見上げたもんだね。よし、俺じゃ大した力にはならんだろうが、手伝わせてもらうよ。とっとと片付けようや!」

 

 ザンはそう言って豪快に笑うと、砂浜からペットボトルを拾い上げた。アスターとブランカは再び異能力でダイナミックにゴミを集める。ゴミをすっかり集積所の前に積み上げると、三人は思い切り砂浜に寝転んだ。

「やったな! こんな俺でも世の中の役に立てて嬉しいぜ。まあ、ほとんどあんたらがやったんだけどな!」

ザンは荒い息をしながら空を見詰めた。

「見てみろ。お月様も喜んでくれてるぜ」

漆黒の夏の空に、大気汚染で歪んだ月が明々と輝いていた。

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